第103話 バカが起こすろくでもないこと

 ジャングルの中にあるサクラ大佐率いる旅団の司令部は、何事もなく穏やかに時間が過ぎていくが、帝国の軍全てがこのような穏やかな時間を持っているわけではなかった。

 とりわけ、ゴンドワナ大陸に展開しているジャングル方面軍以外の軍では、日に日に緊張を高めており、ついにその緊張は最高潮に達していた。

 東部に展開している東部正面軍では、既に共和国との戦端が開かれており、その司令部は日に日に伝えられる戦況と犠牲の情報の処理に追われていた。

 また、つい先日東部正面軍の隣に展開している中部正面軍でも戦端が開かれ、ここゴンドワナ大陸において共和国との全面対決に入りそうな勢いだった。

 そのため、ゴンドワナ大陸に展開している軍を統括している第3作戦軍司令部では、各方面軍から入ってくる情報の処理に追われていた。

「くそ~、なんでこんな時期に戦端を開くんだよ。あいつらは、馬鹿か?」

「ぼやくなぼやくな。いつものことだろ、先のことは何も考えずに突込むのは」

「こういうのを2正面作戦とでも呼べばいいのか、帝都で海軍との喧嘩をしながら、ここで、共和国との戦争をするのなんて、正気の沙汰じゃないな」

「よせよ、余計な事を言うんじゃないぞ。いくらここ最近のスキャンダル騒ぎで勢いを落としていると言ったって、ここじゃほかの追随を許さないくらいの勢力があるんだ。飛ばされるぞ。ここが急進攻勢派の牙城なのを知らないわけじゃないだろ」

「大丈夫だよ、俺らのような下っ端には目もくれないさ。そんな余裕は既にないよ。どうするんだよ、今の弾を撃ち尽くしたら、補給が追いつかないぜ。おまけに海軍の協力は望めないし。こんな時期に戦争する奴が俺には信じられないのさ」

 実務を担当している一般の兵士たちは、怨嗟に近い文句をこぼしながら業務をしているので、士気がやたらと低い。

 しかし、状況は共和国も同じであって、ここゴンドワナ大陸の覇権は絶対に欲しい。

 その為、帝国に先駆けてかなりの数を送り込み、部隊の補強を行ってきた。

 共和国の本音としては、帝国の勢力が小さいうちに大勢力を持って一気にゴンドワナ大陸を占拠する計画であったのだが、時期はやや遅れたものの、帝国の急進攻勢派も同様なことを考え、展開する部隊の大幅な補強を行ったため、希望の回廊と同じような緊張に包まれたにらみ合いの状況を作ってしまった。

 希望の回廊と違う点は、ここゴンドワナ大陸は良くも悪くも僻地である事である。

 帝国にとって、いや、共和国も同様に僻地であるがため、長らく軍を展開させていたわりに、インフラの整備は必要最低限しかなされておらず、部隊の増強により両軍共に補給関係の部署に大幅な負荷がかかっていたのである。

 更に、事態を複雑にしているのが、にらみ合いの場所がゴンドワナ大陸中央部で、両国にとって一番補給しづらい場所での戦闘となっている点である。

 はっきり言えることは、両国ともに、展開までは耐えられたが、大量の物資を必要とされる戦闘の継続は物理的に無理なのだ。

 大陸に展開している両国の軍首脳陣は、自軍の事しか見えてはいない。

 いや、自軍の事すら半分も見えていれば良い方なのかもしれない。

 もし、完全に把握していれは、先の兵士の文句じゃないが今の時期には絶対に戦端を開かない。

 言い換えよう。開けないのだ、まともな判断のできる人間ならば。

 共和国の事情は分からないが、帝国の、第3作戦軍首脳部の考えそうなことは分かる。

 今、どんどん勢いを落としている急進攻勢派が、今までかかって準備してきたことが、先の帝都におけるスキャンダル合戦の影響で、状況をヒックリ返されることを恐れているのである。

 自分たち急進攻勢派が失脚することを恐れ、今こそ絶対に負けないくらいの功績を立てるべく、いや、今を逃すと、逆に戦端を開くことができなくなるので、『多少の無理を押してでも』と、無理矢理に戦端を開いたのだった。

 これには、第3作戦軍司令部の高級幕僚たちの保身も多分に影響をしている。

 今、第3作戦軍全体での補給が危機的状況をきたしているのには、はっきりとした理由があった。

 ここゴンドワナ大陸最大の補給港を、何年もかけて大陸中央西部に整備してきた。

 第3作戦軍が大幅に部隊を増強できたのも、この港のおかげであり、補給の要となっていたのであった。

 しかし、その重要な港でつい先日軍は大失態を演じてしまったのである。

 戦争をしている両国にとって、工作員の潜入は自明の理である。

 工作員の活動によって被害を被るのも、ある意味やむを得ない部分はある。

 特に辺境のゴンドワナ大陸においては、多少の工作による被害を皆無とすることは対費用効果の点で難しく、必要経費と考えざるを得ない部分もある。

 当然、両国とも、日頃から工作員の取締を行って、少しでも工作による被害の軽減に勤めていくしかない。

 そこで、今回の問題であるが、共和国の工作員が補給の混乱を目的として、例の港に大量に潜入してきた。

 その情報を掴んだ第3作戦軍司令部は、ポイントの稼ぎとばかりに出しゃばり、司令部直属の軍警察の全部隊投入を決め港に送り込んだ。

 西部方面軍司令部の幕僚たちは面白くない。

 自分たちの功績を横取りされると危機感を持って、共和国の哨戒にあたっている軍を除く全ての軍を投入して工作員の捕獲に乗り出した。

 はっきり言って、狭い地域に素人が大量に武器を持って乗り込み、好き勝手をやらかせば事故が起こらない訳はない。

 当然のごとく、工作員も足掻くため、あちこちで施設が破壊され、港があっという間に使い物にならなくなってしまった。

 工作員は兵士たちとの戦闘により、ほぼ全員が戦死したが、その時の戦闘により付近の施設をしっかり破壊していた。

 多数の工作員の犠牲を払ったが、共和国としては目的の港を、計画以上に破壊することに成功した。

 帝国軍人の手を借りて。

 なんと、施設を最も破壊したのは帝国軍の一般兵士だった。

 後の調査によれば、破壊された施設は全施設の9割にも及び、ほぼ壊滅の状態だった。

 そのうち、7割が西部正面軍正規軍による攻撃によるもので、2割5分が派遣されてきた軍警察の攻撃によるものだ。

 敵工作員に因るものと判断されたのは僅かに5分弱で、1割の半分にも満たないものだったそうだ。

 大体、一般の兵士が戦闘行為をする場合、施設は弾除けにしかならず、敵が利用しているとなると躊躇なく破壊が原則だ。

 自分たちの命に関わるので、やむを得ない。

 そもそも一般の兵士に武器を持たせて、戦闘単位で工作員の駆除を命じればこうなることぐらい簡単に想像できるのに、なぜ、情報が上がった段階で地元警察と協力するなり、帝国情報部の協力を仰ぐなりしなかったのか、理解に苦しむ。

 それでなくとも、帝都の情報部はこの工作の情報を掴んでおり、防諜のスペシャリストを1個大隊の規模で移動中であった。

 少し待てば、ほとんど犠牲を払わずにこの問題は処理されたのだが、自分たちの保身しか考えていないと全体が見えない事の典型でしかない。

 この大失態は、すぐさま軍首脳が知ることとなり、事態の打開を第3作戦軍に命じたのが今回の戦端が開いた原因となる。

 聞く所によると、共和国も同じようなものだそうだ。

 一度の作戦で大量の優秀な工作員を失った責任を問われているそうで、こちらから戦端を開かなくとも敵から戦端を開かされることになっただろうと言うのが情報部が掴んだ情報による分析の結果だ。

 今回の騒動は両国にとって、バカが一カ所に集まるとろくなことが起きないという貴重な教訓?を残しただけだった。

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