第102話 貴重な平穏
今回の騒動も、グラス少尉宛ての感謝状が来たのなら規定に沿って処理すれば良いだけで、確かにここのところの政治状況の中では不気味ではあるが、トラブルが起きないことを心配し、先取りして大騒ぎを起こす必要性は全くなかったのだ。
本当に心配でどうしようもなかったのならば、その真意を正式に問いただせば済むことで、それも憚れるのならば、この基地の強みであるクリリンの持つ海軍への人脈を頼りに問い合わせるだけでここまで問題をお祭りにする必要はなかったのである。
帝都においては、サクラ大佐は全女性軍人のあこがれであり、また、人気実力容姿において人気を二分するレイラ中佐もいるこの司令部の幕僚たちにおいては、上官の二人はすでにあこがれでも目標でもないある意味かわいそうな人に成り掛けているのであった。
以前から盲目的に従っていた副官のマーガレットやサクラ大佐やレイラ中佐にあこがれを持って軍に入隊した秘書官のクリリンは先の騒動の折、何かと理由をつけて司令部から逃げ出していたくらいであるから、二人の評価はこの司令部においては、グラス少尉が配属されてからというものダダ下がりであった。
偶像的に崇拝されていた二人の人間的な部分を身近にみることができる幕僚たちはある意味貴重な体験をしているのであるが、決してうらやましいことではないと思えてしまう。
そんな司令部も、おじ様ことサカキ中佐の報告で、やっとあの嫌な雰囲気を脱し、通常の状態に戻っていった。
本来どこの基地でもある通常の状態が、なぜかこの基地では極めてまれな状態となっているのも、デスマーチでないと訳のわからないお祭り騒ぎを起こしてしまう二人にも責任があると思えてしまうのはなぜなんだろう。
そんな司令部も貴重な平常状態になり、あの二人にも戻ってきた。
だいたい、副官も秘書官も使えるべき人のそばから逃げるってどういうこと当事者である二人も感じていたことであった。
「おはようございます、旅団長」
「おはよう、あら、あなたたち今日はここの勤務だったの?」
「す、すみませんでした。他に仕事があったとはいえ、長く御傍を離れて、ご不自由をおかけして、申し訳ありませんでした。他の仕事は一段落しましたので、通常通り、お傍でお仕えします」
決して、仕事が済んで、もう傍から離れないとは宣言しないのだなと言葉尻をとらえるとそう感じてしまうのだが、あながち本心が隠れているのやら、
「ブル、それくらいで、許してあげたら。じゃないと、大切な副官が本当に逃げ出すかもしれないから。それに、先の感謝状の件は我々に非があったのだし、大丈夫よ、マーガレット、ブルは寂しかったのよ、あなたたちが傍にいなくて、それに私も少しあの時はおかしかったから、なおさらね」
「ありがとうございます、レイラ中佐」
本当に、久しぶりに和やかな司令部であった。
「それで、何か聞いている、あいつらのことは」
「は?、あいつら……あ~、グラス少尉のことですね」
「は~、ブル、また寝た子を起こす様なことを…」
レイラ中佐は大きなため息をつき、愚痴をこぼした。
「あ、大丈夫です。さきほど、シノブ大尉から今建設中の司令部について報告を受けましたが、グラス少尉にも設計に協力してもらっていると合わせて報告をもらっております。残りの小隊員も訓練等に出ており、いつも通りに戻っているようです」
確かに、グラス少尉は以前のようにシノブ大尉たちと基地のリニューアルに関して一緒になって楽しんでいた。
メーリカなどは新兵たちを連れて、日々変化をしている例の訓練場で訓練に勤しんでいた。
しかし、いつも通りに戻らなかったメンバーも存在した。
今、時折目に涙を浮かべながら、司令部に出す報告書を一生懸命に作っているアプリコットとジーナであった。
よっぽどレイラ中佐からの聞き取りという名の尋問が怖かったようで、今でもおびえた表情を浮かべながら、絶対に次は受けなくともいいように自分たちが作っている報告書の不備を徹底的に探している。
彼女たちには可哀そうなことをしたな、とその様子を見ているグラス少尉であった。
なぜ、彼女たちだけがトラウマになったのか、なぜグラス少尉はいつもと変わらないのか。
それは、グラス少尉が青草と名乗っていた自分の記憶で、お客様サービス部当時にクレームをつけるお客様から受けたあらゆる罵声により免疫が付き、あの程度なら割と大丈夫な心臓を持っていた。
やたらヘタレなくせに不思議なことだと周りから訝しがられたが、やはり経験とは偉大だということか。
なので、彼は、後輩の指導でも時折見せる、メンタル面での指導を彼女たちに時折している。
ある意味よくできた上司であった。
もっとも、その原因を作ったのも彼なのだが、彼には全くの自覚がない。
それでも、基地は平和に通常とも言える状態で機能をしていた。
「おはようございます」と言って、秘書官のクリリンも司令部に戻ってきた。
さすがにクリリンもばつが悪そうにしていたが、サクラはマーガレットに皮肉を言って気分が晴れたのか優しく挨拶を返した。
「おはよう、クリリン。あら、手の持っているファイルは何かしら。また、問題でも連絡があったの」
「あ、いえ、帝都の皇太子府からの定時連絡です。帝都の騒ぎもまだ落ち着きは見えないそうですが、一定の方向性が見てて来て、皇太子府の負荷も減るそうなのだとか。手が空き次第、これからのことについての方向性を決めるために視察を兼ねた人を送るのでその時はよろしくともありました」
「え、それは、あまりうれしくない情報よね。また、厄介ごとが帝都より来ると同じだものね」
「ブル、気をつけなさいよ。不敬罪にもとられかねないわよ」
「わかっているわ、ここだけの話だからね」
「はい、存じております。それ以外は、これと言ってありませんね。あ、これは古巣からの情報ですが、ドラゴンポートの鎮守府がよくないようです。港がパンク状態で、この先はオフレコで、この場限りで外には出せないことですが…」
「大丈夫よ、誓うわ。それにここには秘密情報のプロフェッショナルのレイラもいるから、で、なんなのその情報は」
「はい、港が海軍の作戦行動に支障が来ており、特に潜水艦艦隊の補給に致命的な状況だそうです。そのため、近々、割と傍に新たな潜水艦専用に補給基地を作るそうです。その際には、皇太子府経由で、この基地に協力要請が出そうなのです。その時のために私に根回しを頼まれました」
「それじゃ~、決定事項なのね。わかったわよ、その時には、大好きなものつくりができるのだもの、うちのとっておきの部隊を貸し出すわよ。もう、感謝状なんかで、おたつかないから、大丈夫よ」
「またですか、でも、それが一番いいかもしれませんね。あそこの隊長もそういうことが好きそうだから、喜んで仕事をしてくれそうですね。分かりました、海軍には、そのように返事をしておきます」
司令部は、和やかに時間が過ぎていった。
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