急進攻性派の暴発
第101話 おじさまの帰還
司令部は、異様な雰囲気の中にあった。
一言でいうと、ただひたすらに悶々とした空気が漂っているのである。
今回は、なぜかいつもと違う。
今までよくあったケースでは、切れかかったサクラ大佐をレイラ中佐がなだめていたが、今回ばかりは、いささか趣が異なり、サクラ大佐は悶々とした気分をどうすることもできず、いつもは横でサポートしていたレイラ中佐が今回ばかりはその横で、ただ落ち込んでいるのだった。
事の発端は、1通の感謝状であった。
この感謝状は、今やゴンドワナ大陸内に展開しているすべての軍の補給線の要となっているドラゴンポート鎮守府の実質的なトップであるゴードン准将から、サクラの配下であるグラス少尉宛てであった。
サクラを含む旅団司令部の首脳陣は、この感謝状がなぜ発行されたのは全く分からなかった。
なぜならば、現在、陸軍と海軍との関係は最低最悪である。
この感謝状の発行者の所属している鎮守府も例外でなく、むしろ軍全体の雰囲気からはさらに悪くしたようなものだった。
その理由は、現在の鎮守府を取り巻く状況が芳しくないため、補給の要をいやいやながら演じているけれども、これは軍上層部、ひいては陛下のために一時の感情を押さえて黙々と作業をこなしているのであった。
そもそもこのような、無理な状況に追い込まれたのも、ゴンドワナ大陸に展開している軍への補給経路が西部正面軍のお粗末な対応により、最大の補給港を軍自身で使えなくしたのが原因であった。
それでなくとも、帝都では陸軍が無理な要求を一方的に海軍に押し付け、あわや帝都で騒乱かとまで緊張を高めてしまったのである。
そして、一連の悪感情の下地にあるのが、急進攻勢派が完全に抑え込んでいる陸軍を使って、まだ、完全に自派閥に取り込んでいない海軍を相手に、勢いに任せ格下を扱うがごとく要求を突きつけたことにある。
そのため、今や、海軍は一つにまとまり、急進攻勢派に対して一切の妥協はしない姿勢であった。
当然、海軍内にも急進攻勢派はいたが、彼らの存在も今の状況に拍車をかけてしまっている。
ゴンドワナ大陸に駐留している急進攻勢派に連なる海軍の連中は、補給港が破損して使えなくなったと知るや、大陸に駐屯している海軍基地から、一斉に資材と人員を無理やり引き抜き港の修理に向かった。
そのため、ゴンドワナ大陸にあるまだ機能していた港が、機能低下を起こしてしまった。
しかも、補給経路の変更で、ドラゴンポートの港に多大な負荷がかかってしまい、さらに状況を悪くした。
さしずめ、サクラたちがすぐ前に経験したデスマーチの海軍版だと思えば判り易いだろう。
現状の打開を図るため、鎮守府長が自ら帝都に乗り込んで、対応にあたっているのを知らない軍人は、ゴンドワナ大陸にいない。
いや、一人いた。グラス少尉を除く軍人にはいないのである。
そこまで、関係が悪化していることを知っている司令部の連中は、今の実質的なトップからの感謝状をどうしても素直に受けとるわけにはいかなかったのである。
感謝状が届いても、肝心の本人はジャングル内で彼の大好きな工作に夢中で(サクラたちが命じた範囲内のことであるが、彼女たちはすっかりそのことが頭から抜け落ちている。)、一向に司令部に報告を上げてこないので、彼が帰るまでこの件は意味不明のまま放置された。
そのためいつまでたっても悶々とした空気が司令部に漂っていたのであった。
やっと彼が基地に帰還したので、この件は解消されるやに思われたが、彼の報告が一向に的を得ず、さらに状況を不明にさせてしまった。
今まで、この悶々とした雰囲気に耐えていた司令部の全員が、一気にこの件を片付けたく、関係者に対して、尋問を始めたのを誰も止めなかった。
どこの世界に味方を尋問する軍隊があるんだと思いたいが、今の司令部には余裕がなかった。
情報部出身の元エースであるレイラ中佐が直々に彼らを尋問したが、成果は得られなかった。
拷問の一歩手前まで行こうかとする空気が流れたが、流石に理性が勝り、かろうじて拷問まではいかなかった。
ただ、素人のグラス少尉やまだまだひよこ扱いのアプリコット、ジーナ両准尉からも一切の情報が得られなかったことにひどくレイラ中佐が落ち込んでしまったのが、今の状況を作り出していた。
司令部のこの異様な空気に耐えられないのか、今では、マーガレットもクリリンも何かと理由をつけ司令部を逃げ出している。
当然、基地司令部であるから、逃げ出せない幕僚の方が多い。彼らは、ひたすら耐えているのだ。この雰囲気に。
「レイラ、そういえば、おじ様は今日帝都から帰ってくるのよね」
「さっき、シバ中尉が例の小隊の指揮車を借りて、場外発着場に迎えに出ていったわよ。すぐに戻ってくるわ」
「帝都あたりで、何か情報を持ってきてくれないかな~」
「それはどうかな。でも、大きな動きがあれば何か情報を掴んでくるわよ。サカキ中佐の人脈はどこに行ってもすごいものがあるから、海軍内の情報も帝都ならば簡単に得られるはずよ。でも、感謝状について何かわかるかどうかは不明なのよね~」
「この基地の補給が今まで同様にできることだけが判ればいいのよ。何かの嫌がらせでないことだけでも判ればな~」
「どっちにしても、サカキ中佐が帰ってからね。今から、気をもんでもしょうがないから。帰ったらすぐに打ち合わせをしましょう」
「準備させようにも、副官も秘書官も最近はここに近寄ろうとしないで、今もどこかに逃げているのよね。どうしてくれよう」
「ぼやかないで、待ちましょう」
そうこうしていると司令部に楽しそうにシバ中尉と話しながら向かってくるサカキ中佐の声が聞こえてきた。
司令部の扉が開き、「お嬢、戻りました。いや~、帝都の空気は悪かったな~。帝都にいるくらいなら、ここの方が断然いいよ。と、なんだか、ここも異様な感じだな。レイラ、何かあったのか?」
「何かじゃないんですが、少し打ち合わせをしたいので、お時間を取れますか?」
「お嬢に報告もせんといかんから、一緒でいいのなら、俺は別にいいよ。お、それより、聞いたか?あのあんちゃんが、また、面白いこと始めたんだって。帝都の鎮守府総司令部の技術工廠のあたりで噂されていたな」
「「なんですって、それ、何?」」
サカキ中佐の一言に、異様に食いついた二人だった。
「何って、俺も最初わからなかったが、さっき車でマキアの報告を聞いて納得がいったよ。あのあんちゃん、今度はドラゴンポートの鎮守府まで行って、そこの連中に『創意工夫』と『改善』といったか、そんな考え方を、その場で実践して見せたそうだ。それを見ていた、海軍の技術者が一斉に今までのやる気のなかった態度から、あんちゃんの言う『改善』に取り組んでいると、帝都の技術工廠の連中が驚いていたよ。全鎮守府に展開でもしたそうだったな。俺に、あんちゃんを貸せってかなりしつこく言ってきていたから、俺もわけがわからなかったので、一応は断っておいた。あの場では『改善』やら、『創意工夫』やらが何の事を言っているのかわからなかったんだが、さっき車で嬉しそうにマキアが俺にしきりにこの基地でも取り組みましょうと言ってくるんだよ。俺が、『それじゃ~分からん!』と叱ったら、きちんと鎮守府でのことを報告してきて、初めて納得がいったよ」
それを聞いたサクラは目に涙を浮かべながら、「それが、今までわからなかったのよ~。おじ様、教えて、いったい何があったのよ。この間、おじ様が帝都に出発してすぐに鎮守府のゴードン閣下からあいつ宛てに感謝状が来て、みんなで取り扱いに困っていたのよ。海軍からの新手の嫌がらせにしては度が過ぎるって、扱いに困っていたのよね~」
「なに、先方もかなり喜んでいたようだったし、その感謝状をあんちゃんに渡せば済むんじゃね~の?別に返信の必要もないんだろ」
「「良かった~、終わったわね」」
サカキ中佐の一言で、二人はその場で脱力していった。
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