第98話 私、不安なんですけど
俺たちは、リーサ中尉に連れられて、廃船処理場横にある廃材置き場まで来ていた。
「これなら、探せばいろいろ出てきそうですね」
俺の横で嬉しそうにマキアさんが言ってきたが、それを聞いていたアプリコットやジーナはとたんに嫌な顔をして、「ここを漁るのですか」と聞いてきた。
俺はすかさず、「もちろん。でも、分からない者が漁っても怪我をするだけだから、ここは俺とマキアさんだけでいいよ」とも答えておいた。
ジーナとメーリカさんは喜んでいたが、真面目なアプリコットは、「でも、人手があったほうが良いのでは」と更に聞いてきたので、俺は彼女たちに、「探して処理をするから、今しばらくの時間がかかるので、悪いけど、マキアさんを残して残りのみんなは子猫さんたちの面倒をお願いできるかな」
ここまで連れてきてくれたリーサ中尉は俺の言った『子猫』がなんのことかわからなそうにして、近くにいたジーナに聞いていた。
メーリカさんは、「そうだね、力仕事ならお役に立てそうだが、機械の修理は流石に無理だわ。子猫の面倒あたりがちょうどいいかもね。で、隊長、どれくらいかかりそうなんだ」
「見つけるのに小一時間もあればいいが、そこから修理か改造となると、少なく見積もっても3~4時間はかかりそうだな。5時間以上かかりそうならば諦めるとしよう。悪いけれど、それまでよろしく」
「リーサ中尉、私たち部外者が、これくらいのお時間をここで作業していても大丈夫ですか」
「もちろん大丈夫ですよ。お噂でお聞きしております、有名なグラス少尉が、いろいろユニークな活動をしておられるのを見られるのですから、ある意味歓迎です」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
それを聞いていたジーナがメーリカさんに「ユニークな活動だって…」
「アハハハ…」
「少尉がいつもしでかすから、基地から外に変な噂が広がったのですよ」とアプリコットが俺にすかさず、お小言を言ってきた。
「では、少尉、よろしくお願いしますよ。いいですね、ここは海軍基地ですから、私たちの基地ではないので、くれぐれも、いいですね。よろしくですからね」
語尾をきつく言ってくるアプリコットを訝しそうにリーサ中尉が見ていたのが印象的でした。
それでも、宝の山を前にしたマキアさんは、我関せずで、はしゃいでいた。
「隊長、隊長、あれなんかよさそうですよ。あそこに行って見てみましょうよ」
「リーサ中尉、あれはなんですか?まだ、新しそうなのですが」
「あれですか。あれは、一週間前にここの沖合で触雷を受けて大破の後自沈した海防艦『エイトクラウド』の緊急避難艇です。あれも、触雷時の火災で大破しておりましたが、だましだましでここまで乗組員を運んできて、ここで沈没したのを引き上げて処分するためにここにあります」
「あれから、部品を頂いても差し支えありませんか?」
「大丈夫です。ここでの処理の基本は全て『くず鉄』になりますので、問題はありません」
「では、早速我らは作業させて頂きます」
俺とマキアさんは、作業場の詰所によって、立ち入りの許可を頂くついでに、ヘルメットや工具を借りた。
マキアさんは、嬉しそうに避難艇に飛んでいった。
目的のものがすぐに目に入ってきた。
避難艇の船首と船尾の両方に、もやいを巻き上げるウインチがついていたのだ。
俺とマキアさんはその両方を確認した。
この艇は一回沈んでいるとの事で、ウインチも海水に浸かってはいたが、海軍さんが命綱の避難艇に使っている主要部品であり、全くと言っていい程問題は無かった。
燃料関係の部品と吸気関連の部品に多少問題があっただけだった。
早速、俺らは借りてきたアセチレンバーナーで、丁寧にウインチを避難艇から外していった。
当然燃料の補給は避難艇からパイプで送られる構造になっているので、廃材置き場から適当な燃料タンクと吸気関連の部品を見つけてきて、無理やり取り付けた。
軽く整備をして、試運転に取りかかったのは、作業を始めて3時間後だった。
「思ったより早く済んだな」
「そうですね、ウインチそのものが生きていたのが大きかったですね。我々は、船からウインチを外しただけですからね」
「それもそうか。で、2台もできたが、1台は海軍さんに置いていこう」
「そうですね、元々は海軍さんのですし、お礼を兼ねてそうしましょう。で、おいていくとしたら、どちらにします?」
「マキアさんは、この2台のうちで、出来の良い方はどっちだと思う?」
「そうですね、私はこっちだと思います。では、置いていくのはそっちですか」
「いや、俺も、こっちのほうが壊れにくそうだし、整備も簡単そうだから、これを置いていこうと思っている」
「え、なぜですか?」
「な~に、簡単なことだよ。人の作った物の整備って、自分が作った物よりも難しいだろ。整備の簡単な方を残したほうが、海軍さんも使いやすいだろうからね。俺らは自分たちで作ったんだ。整備も、それほど問題にはならんだろ」
「あ~、それもそうですね。海軍さんが受け取ってくれるといいですがね」
「マリー中佐に聞いてみるよ。いろいろここまで便宜を図ってくれたお礼も兼ねてね」
俺らは作ったウインチ2台を台車に乗せて、近くの詰所に工具を返しに行き、ついでに電話を借りて、マリー中佐に再度の面会を求めるため、リーサ中尉に連絡を取った。
詰所で、俺らが借りた工具類などを片していると、庁舎のある方向から数人の人がこちらに向かってくるのが見えた。
二人の女性とひとりの男性の姿が確認できた。
すると詰所の中の空気が変わった。
何やら緊張が走ったのだ。
「どこも一緒か、お偉いさんが現場に来ると、現場が緊張するしな。さすが中佐にでもなると、なかなかここまで来ないのだろう。ここの連中に悪いことをしたな」と独り言を言っていると、現場責任者の一人が、「あんちゃん、何言っているんだ?マリー中佐ならちょくちょくとはいかないが、割とここに来るぞ。それより、初めてじゃないかな、副鎮守府長のゴードン閣下がここまで来るのは。俺は、年始の挨拶くらいしかお会いしたことがない人だが、それも庁舎内での話だ。なんで、ここまで来たのかな。畜生、緊張するぜ」
「隊長、もしかして…ですかね」
俺は、嫌な予感しかないが、「俺もそれを考えていたんだが、怒られるかな」
「それはないんじゃないですかね。一応、許可は頂いているし。でも、なんでこんな時にアプリコット准尉がいないのでしょうか。私、不安でいっぱいなんですけど」
「悪いな、俺もだ」
問題の3人は明らかにこちらに向かってくる。
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