第84話 直談判

 司令部に向かう途中、アプリコットは色々とブツブツ言いながら、俺の手を取り引きずるように連れて行った。

 最近かなり溜まっていたようだ。

 できる限り怒らせないようにしようと決心した。

 司令部に入ると、閑散としていて少し驚いた。

 いつもは幕僚たちがそこかしこに走り回り、かなりバタバタした印象があったが、今日に限って、落ちついた雰囲気を漂わせている。

 わかった。いつもバタバタしている幕僚が、一人も詰めていないからだ。

 これは、おかしい。俺は、何やら嫌な予感を感じた。

「マーリンさん、肝心な人たちが誰もいませんよ。ここはひとつ出直しませんか?お偉いさんたちは、きっと忙しいだろうから、邪魔をしたら怒られますよ」

「え! 何ですか、少尉? 何か言いましたか?」

「いえ、誰もいないので、出直さないかと……「何かいいましたか?」……いえ、何でもないです」

 俺は、アプリコットの異様なまでの迫力に負けて、黙らざるを得なかった。

 直ぐに、アプリコットは、司令部に詰めている兵士の一人を捕まえて、旅団長たちの行方を聞いた。

 今、隣の会議室で緊急の打ち合わせ中とのことだった。

「ほら、旅団長たちは忙しいみたいだよ。何かトラブルでもあったのかな?出直そうよ。なんだか嫌な予感がするんだな、これが」

「いいえ、待たせてもらいます」と言って、先ほど尋ねた兵士にお願いし、ここで旅団長たちを待たせてもらうことにした。

 アプリコットが俺に話しかけてきた。

 顔が真剣さを通り越してちょっと怖いのだけれど、「少尉、少尉の言うようにトラブルか何か不都合なことがあったようですね」

「だから、出直したほうがいいよ。きっと旅団長たちも機嫌が悪いよ。そうでなくとも、旅団長は俺の顔を見ると、苦虫を噛んだような表情を浮かべるんだから、雷の1つ2つじゃ済まないかも知れないよ」

「だからですよ。もし、基地外部関連の件でのトラブルなら、今までの経緯から絶対にこちらに飛び火してきます。命令が出される前に、こちらの要望を伝えないと、そのままジャングルで戦闘ってことになるかもしれませんよ」

「もし、そうなりそうだったら、俺は行かないよ。俺が営倉にでも入れば良いだけだったらそうするよ」

「それじゃ、私たちが困るのですよ。隊長が上からの命令を無視して営倉入りでもしたら、その隊に所属している兵士たちはどうなりますか」

「どうなるの?新しい隊長でも来るんじゃないの」

「新しい隊長は来ません。そもそも、山猫の隊長のなり手がいませんから。それに、もし、新しい隊長が来て、ジャングルに連れて行かれたら、それこそ絶望的でしょ。仲間に犠牲が出ます。それでも、少尉は自分だけが安全ならいいんですか?」

「さすがに、犠牲が出るのはヤダな。いざ戦闘になったら、直ぐに両手を挙げて、降参するのはどう?」

「は~~~~~。少尉は、今の共和国の噂を聞いていないのですか?」

「噂、なにそれ?」

「新たに配属されてきたベテランさん達は、ちょっと前まで共和国の捕虜収容所にいたのですよ。彼女たちが解放された理由が、収容所での乱暴騒ぎのもみ消しの為だったそうですよ」

「乱暴騒ぎ、なにそれ?」

「共和国のゲスたちが、若い女性捕虜たちに乱暴しているそうです。その件がバレそうになって、慌てて、関係者全員を帝国に返してきたそうですよ。ゲスのほとんどが、いわゆる政治将校と言われる人たちだそうです」

「なにそれ、ひどい話だね。でも、それが俺たちに何の関係があるの?」

「少尉は簡単に捕虜になりそうだけれど、一緒の私たちはどうなります。少尉は、私たちが政治将校に乱暴されてもいいとおっしゃるのですか?。それとも、ヤツらと一緒になって、私たちに乱暴でもしたいのですか?」

「チョットチョット、それは言いすぎでしょ。確かに君たちは全員魅力的だけれど、嫌がる女性に乱暴する趣味はないから」

「わかっていましたよ、少尉はヘタレでしたもの」

「なにそれ。でも、君たちが乱暴されるのは嫌だな。方針変更、捕虜はナシの方向で行こう」

「でしょう。だから、無理な命令でも、どうにか対応できる方向で小隊を変えていかないと。そのための交渉です」

 二人で話し込んでいると、となりが騒がしくなってきた。

 すぐに、会議室から幕僚たちが出てきた。

 打ち合わせが長引きそうだったので、一旦休憩を入れるのだそうだ。

「あら、これは珍しいわね。グラス少尉が呼ばれてもないのに、司令部に顔を出すなんて」

「ハイ、旅団長。本日は小隊の運営について、お願いに参りました。要望書だけでは、うまく説明ができそうもないので、直接お伺いして、お話をさせていただきたく、参上しました。

 少しお時間をいただけないでしょうか?」

「そうなの、ちょうど良かった。このあとの打ち合わせの結果によっては、また、困難な仕事を頼まなければと思っていたし、わかったわ。レイラ、おじ様、それにあなたたち、一緒に応接に来て頂戴。グラス少尉と少し面談します」

 サクラにレイラやサカキ、それにマーガレットとクリリンの5人は、俺ら2人を連れて応接に入っていった。

 応接に入り、落ち着くと直ぐにアプリコットが、口火を切った。

「貴重なお時間を頂き、ありがとうございます。早速、お願いの儀について説明させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「構わないわ。時間もないし、説明はアプリコット准尉がしてくれるのね。直ぐに始めて頂戴」

「ありがとうございます。では、早速始めさせていただきます。現在の我々、グラス小隊の編成についてはご存知かと思いますが、1個分隊12名と小隊長付きが副官である私、衛生兵2名を含めて35名で、全員が新人ばかりです。軍務経験の豊富な士官下士官は、山猫に所属する下士官が2名の極めて変則的で、かつ、実働に耐え得る事のできない編成です。この基地にあって、ドック少佐率いる大隊と同様に、本来ならば教育隊となるのならばそれでも構わないのですが、先ほどの旅団長のお言葉にもあった困難な命令を、こなすだけの実力はありません。このような状況は、ここいる幕僚の方々も認識は同じと考えております」

「え、それじゃ~、あなたたちは、しばらく、実戦命令は受け付けないと宣言に来たのかしら?」

 サクラの言葉を受けて、マーガレットが焦って、「准尉、少し言葉が過ぎるぞ、慎め」

 なんだか、おかしな方向に話が行きそうになったので、アプリコットは黙ってろと言っていたが、そこは、言い訳の専門家たる俺が、事情を噛み砕いてというか、ぶっちゃけて説明した。

「イヤイヤ、そうじゃなくて。このままの1分隊編成では、さすがにメーリカさんも、無理、面倒を見きれないというので、彼女たちと検討した結果、分隊を増やさないと、本当に先ほど旅団長のおっしゃった命令を実践できなくなってしまいますので、増やすためにお願いにきました」

「あら、小隊内の編成は小隊長であるあなたにかなりの権限が移譲されているので、あなたの意思で自由にしても、大丈夫なはずよ。そのことなら、アプリコットたちも知っているはずでしょ」とレイラ中佐が言ってきた。

「はい、存じております。でも、作れないのです。先程も話した通り、我が小隊には、士官下士官が足りません。数も絶対数が足りませんが、経験が絶望的に足りません」

「ベテランの兵士を含め、士官下士官はこの基地全体で足りませんよ。既に准尉3名を配属させているのだから、もう、回せないわよ。特にベテランになると、どこでも取り合いなの。あなたたちだけ優遇するわけには行かないわね」

「状況は理解しているつもりです」

「じゃ~、なにかしら?」

 ちょっと回りくどくなってきたので、俺が、また、ぶっちゃけて、「ほかから無理なのはわかっているから、山猫のみんなを当てたいので、山猫全員を1階級昇進させていただきたい。その中でも、特によくメーリカさんの代わりをしてくれているステアとドミニク両名は、軍曹まで昇進させ、分隊長の権限を与えてください。そうすると、分隊を4つ作れるから、その上で、山猫を解散させ、各分隊に均等に猫さんたちを割り振り、4つの分隊をメーリカさんに面倒を見てもらうつもりです。その為にお願いに来ました。できれば数名のベテランの兵士が欲しいですけど、少なくとも山猫の昇進は欠かせません」

「山猫の方々の昇進が成されれば分隊編成ができ、辛うじてジャングル内の移動をさせることができるだろうというのが、我小隊共通の認識です。少なくとも、山猫達の昇進だけは、新たな命令が出される前にお願いします」と言って、俺とアプリコットは旅団長たちに頭を下げた。

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