第85話 サクラの溜息

 サクラは、グラスたちが頭を下げてお願いした内容を、自身の中でゆっくり吟味して、レイラの方を見た。

 レイラも同様に、お願いについて考えていたようだった。

「ブル、依頼の内容はすごくもっともなことだよ。それに、山猫たちは、本来ならとっくに全員が2階級くらい昇進していても不思議じゃないくらいの功績を挙げている。上についたボンクラたちのせいで昇進が見送られているのだからな」

「旅団長、下士官及び下級士官の戦地昇進については、指揮官の権限において実施して全く問題ありません。この場合、旅団長の裁可があれば、すぐにでも昇進できます」

「帝都のボンクラ貴族たちが、横槍を入れてこないかしらね?我々に理があるから無視してもいいんだけれど、色々言ってくると鬱陶しくてね」

 すると、クリリンが、「帝都の方は大丈夫かと思います。今、帝都では両陣営が、スキャンダルの暴露合戦をやっている最中です。有名人のグラス少尉とアプリコット准尉の昇進でもなければ、彼らには情報は行きません。ただでさえ不便なジャングルの辺境の地ですので、些細なこととして、大方人事院の処理済みの箱に連絡書が放り込まれて終わりです。 後で知られても、それこそ後の祭りですので、大丈夫です。旅団長のお心次第かと思います」

「あなたたち全員が、この件に賛成なのね。わかったわ、グラス少尉の提案を受け入れます。山猫全員の昇進を認めます。メーリカ軍曹の准尉への昇進、スティア、ドミニクの両名の軍曹への昇進も合わせて了承しました」

「お嬢、ちょっといいか?」

「はい、何か問題でもありましたか?サカキ中佐」

「いや、問題はない。子猫ちゃんたちの昇進にも文句など全くない。うちの隊の話なんだ。 こっちからも人事関連のお願いがあるのだが、いいだろうか?」

「え??、人事関連?なんのことですか」

「あんちゃんのところに、うちの若いのを預けたいのだが、かまわないか?」

「誰です、それは」

「ちょくちょく、あんちゃんと連んでいるシバのところの2等兵のマキアだ。彼女をあんちゃんのところの小隊に異動させたいのだが。そのほうが彼女も成長できそうなんでな。それに、これからあんちゃんたちがジャングルに入る都度、こちらから整備兵を貸し出すのが鬱陶しくてな」

「それもそうね。いちいちその度に、兵士を動かすのもめんどくさいわね。うちもキツイけれど、この際だから、うちの兵士も預けるわ。今まで、ジーナ准尉たちの面倒を見てもらっていたベテランの兵士6名を付けるわ。それで、グラス少尉の要望にあったベテラン兵士の件は片付くのよね」

「レイラ、大丈夫なの。そっちもベテランをそんなに出して」

「きついけれど、大丈夫よ。それに計画が次の段階に入れば、情報部からの増援もあるしね」

「レイラがいいのなら、このベテラン兵士の異動の件も了承しました。マーガレット、直ぐに手続きをお願いね」

「分かりました。夕方には辞令を出せます」

「え、そんなに、回していただけるのですか。大変助かります。これなら、問題なく小隊内の編成ができます。ありがとうございます」

「ありがとうございました。これで、メーリカさんたちに怒られなくて済みます。この際だからついでで、この場にてお願いしていいものか悩みますが、ダメ元でのお願いということで聞いていただけますか?」

「少尉、何も今言わなくても…」と、あわててアプリコットが静止を掛けてきた。

「ん?、なんのことかしら。いいわよ、ついでだから聞いてあげるけれど、十分にあなたたちのお願いを聞いた後だから、期待はしないでちょうだい」

「ありがとうございます。そもそも、ダメ元のつもりですので。その、お願いなのですが、今、基地で保護しているサリーについてなのです。彼女が我々とずっと一緒にいたいというのですよ。アプリコットやジーナがいうには、『それならば、軍属として我々の小隊が雇う形にすれば可能だ』ということなので、その件も合わせてお願いしたいのです」

「ちょっと待って、サリーは保護したのよ。現地の人間を保護したのであって、敵を捕虜としたわけじゃないのだから、我々がきちんと彼女を仲間のところまで送らなければならないのよ。その点をわかっていますか、少尉」と、レイラ中佐がお願いの内容そのものがおかしいと声を挙げた。

「わかっています。でも、彼女がいうのには、もう彼女の仲間はいないとのことなのです」

 俺の返答を聞いて、今度はサクラが聞いてきた。

「どういうことなの、現地の勢力はないとでも言うの?」

「いえ、彼女の集落以外にも、たくさんの集落がジャングル内に点在しているそうです。しかし、彼女の集落は存在しないそうなのです」とアプリコットが説明を始めた。

「存在しないって、どういうことなの」

「いや、彼女とすっかり仲良くなったので、色々聞いてみたのですが、俺らが保護した少し前に、彼女のいた集落が共和国兵士によって壊滅したそうなんです。男は全員殺され、女性もかなりの数が乱暴された挙句に殺されたそうです。幾人かは、そのあとジャングルの奥地に連れて行かれたそうです。サリーは連れて行かれる途中で、ほら、例の鉄砲水の騒ぎがあった時に川に流され、奇跡的に助かったというわけだそうです」

 サクラは、今、知らされた情報がとんでもないことだと理解し始め、聞きたくない素振りを始めたが、レイラ中佐が先を促した。

「それじゃ~、もう、彼女には身内はいないということかしら?」

「いいえ、レイラ中佐。サリーには5つ離れた姉がおり、彼女はジャングル内のいくつかのグループで構成されている女性だけの戦闘集団に所属していて、共和国に集落が襲われた時は、どこかに遠征していたそうなのです。多分、サリーの身内は彼女だけだと思います」

「え、え、え、そんな情報は聞いていないわよ。情報部でも彼女には話を聞いたのでしょ。 何にも情報がなかったじゃないの、どうして?」

「ブル、落ち着いて。情報部が話を聞いたのは保護されて割と直ぐなの。サリーも混乱しているようだったし。それに、今の話を聞いて納得したわ。我々を信じていなかったのよね、あの時には。今は、山猫さんたちと仲良くしているようだし、心を開いてくれて教えてくれたんだわ。そうよね、少尉」

「はい、サリーの姉のアマゾネスの件は、割と重要で、集落でも秘密扱いになっているようなのです」

「じゃ~、どうしてあなたたちに教えてくれたのよ?」

「それは、先程レイラ中佐がおっしゃったように、保護されたサリーを送り返すことについて話した時に、身内について教えてくれたのです。その上で、サリーから一緒にいたいとお願いされ、どうしようかと話し合って、軍属採用があると教えてもらいました。ただ、これについては予算が絡むために、上の了承が必要だと言われたので、今回お願いした次第です」

 ここまで説明を聞いてレイラが、「一緒にいる件については、わかったわ。軍属採用の件も、予算のあてがつけばOKよ、それでいいわねブル」

「え~、構わないわよ。でも、この件って……」

「そうよね。聞いてしまった以上、無視はできないわよ。少なくとも、私は情報部に報告を上げないと、それこそ、服務規程違反で営倉入りしそうなのよ」

「情報部へはわかったわよ。でも、殿下への報告はしたくないのだけれど……」

「旅団長~、それは無理ですよ。こちらから、報告しなくとも、情報部から絶対に入ります。どんなに情報セキュリティーレベルを上げても、殿下への閲覧制限はかけられません。諦めてください」

「レイラ~、でも、この件って、あれだよね。また、計画が勝手に進むってやつだよね」

「多分、そうなるわね。今回は、そうなる前にわかっただけよかったじゃないの。殿下から指示が出るまで、少しゆっくりしましょ。直ぐに以前の再来のように忙しくなるから」

 サクラ旅団長とレイラ中佐との会話が、一体なんのことなんだか、俺には全くわからなかった。

 多分居合わせたクリリン秘書官にもわからなかったようで、マーガレット副官にこっそり聞いていた。

 マーガレット副官の説明によると、この旅団の設立された理由、そして、そこにサクラ大佐があてがわれた理由が、まさにこのことに集約されているらしい。

 つまり、サクラ大佐には、ここジャングルにおいての共和国の動静や、共和国と現地勢力との関わり、それに現地勢力の実力部隊の有無の調査が命ぜられていた。

 そのため、サクラは今まで、死にそうになりながらも、調査が行えるようにするため、基地の整備に全力を挙げて取り組んできた。

 そう、情報を得る前段階の更に前段階である基地の整備を行ってきたのであって、情報入手のためのアクションは、全く取れていなかったのであった。

 裏が取れていないが、今もたらされた情報の取得は、まさにサクラに課せられた使命の一つであった。

 あとは裏取りさえできれば、今度は帝国上げての対応となるはずであったが、今の段階でもたらされてしまったので、このあとどう転ぶかは、ここにいる全員が見当もつかない。

「わかったわよ。は~~~~~~~~」

 残るのは、サクラのため息ばかりであった。

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