第83話 補給の危機
「旅団長、第3作戦軍全体に通達がはいってきております。また、ジャングル方面軍司令部の補給担当幕僚から、連絡事項を預かってきております」と言って、通信担当は、サクラ旅団長に通信文を入れたファイルを2通手渡した。
そのうち1通は、先ほどレイラからも連絡のあった、共和国軍との戦闘開始を告げる東部正面軍からの通達であった。
レイラから得た情報以外の、これといって追加される情報は、全くなかった。
このファイルは、直ぐにサインを入れて処理済みの箱へと放り投げ、もう一通の通信ファイルを確認した。
「え、何この内容?何を言っているのかよくわからないのだけれど。レイラは何か知っている?」
「どれどれ、『東部正面軍の補給ルート変更に伴い、ローリングストリングスでの補給に影響が出るおそれが有り、今後の補給について検討を要請する。』だって。これのどこがわからないの?」
「だって、うちの旅団は第3作戦軍、ジャングル方面軍傘下の部隊だよ。建前だけれど、傘下部隊の補給責任は、その所属する軍団本部が受け持つはずだよね。なのになぜ、補給ルートの変更の検討をこちらに投げてくるの?本部で命令を出すだけで済む話じゃないの。どういうこと?」
「だったら、考えられるのは1つしかないじゃないの。本部からの命令1つで解決出来る話じゃなくなってきてるってことかしらね」
「え、どういうこと?」
「だから、東部正面軍の補給ルート変更に伴い、タッツーからローリングストリングス経由がキャパを超えちゃうから、こちらへの補給ができなくなるってことじゃないの?下手をすると、自分たちジャングル方面軍への補給も滞り始めているのかしらね」
「え~、どういうことよ、それ?そもそも、東部正面軍への補給責任は、第3作戦軍の補給担当部署が受け持たなきゃならないことでしょ。それを、ジャングル方面軍へ押し付けるから、おかしなことになっているんじゃないの。正規ルートに戻せば済むことでしょ、なぜなのよ?」
「だから、それができなくなってきてるんじゃないかしら」
「レイラが何を言っているかよくわからないわ。というより、分かりたくないかも」
「だから、第3作戦軍のメイン補給ルートは、西部正面軍管轄で、今だと、西部正面軍本部が置かれているローデシアからの陸揚げが全体の6割、最も帝国に近いストロングポートが3割、タッツーのフェニックスポートが残り1割だったわ。さしずめ、ローデシアで何かあったか、そうでなければ海軍さん関連で何かあったかね。だから、ローリングストリングスを使うことにでもなったのよ。ストロングポートからだと、補給線が長すぎて、戦闘が長引けば使えないわ。ルートのインフラが貧弱すぎて、あれだけの部隊を支えることは難しいわね」
「タッツーだって無理じゃないの。私たちの引越しで簡単に渋滞を引き起こす脆弱な港よ。私たちだけならともかく、2個方面軍の補給を受け持つことなんてできやしないわ。それに、この文面、『ごめん、こちらでは無理だから、そっちで勝手にやって』って読み取れるのは私だけなの?」
「大丈夫よ、ブル。私もそう読み取ったから」
「ちっとも大丈夫じゃないわよ。どうするのよ、ただでさえ、まだ、基地が完成していないのよ。まだまだ、補給が通常時より多く必要になる時に。今までの補給ルートだって、こっちが開拓したんじゃないの。今までだって、まともに面倒を見てくれてないのに、物資も出せませんとはどういう了見なのよ」
「そのルートが問題なんじゃないかしら。今まで片道2~4日かかっていたルートだと、補給の間隔も空き、補給の量も自ずと制限がかかって、どうにか物資も融通できてたけれど、今のルートだと頻繁に大量に物資を要求されるから、あちらがパンクしたんじゃないの? あっちの事務能力、こっちより低そうだったから、ま~無理もないかな」
「そんな~!そんな悠長なこと言ってる場合じゃないでしょ。どうするのよ?また、地獄のような日々の再来なの?」
「直ぐにどうこうなるわけじゃないけど、どちらにしても、対策は必要になるわね」
レイラとサクラの会話を横で聞いているサカキ中佐のところに、彼の部下であるシバ中尉が報告にやってきた。
「おやっさん、今戻りました」
「で、どうだった?頼んだものは手に入ったか?」
「それが、言い訳するわけじゃないのですが、ダメですね。食料はどうにか要求通り貰えましたし、弾薬類は、もともと要求そのものが少なかったから直ぐに貰えましたが、それ以外は全然ですね。特にガソリンなどが渋いのなんの。要求の半分もいかなかったです。我々じゃ、無理ですね。向こうの補給担当者との交渉は、素人の我々じゃ歯が立たないです。ちょうど居合わせた東部正面軍の補給担当者との交渉を横で見ましたけれど、あれは、交渉じゃないですね。喧嘩ですよ。我々じゃ太刀打ちできません。次あたりからは、専門家でも派遣しないと、ガソリンは全く貰えないかもしれませんよ」
「だ、そうだ。お嬢、そんなに時間がないかもしれないな。どうにかせんと」
シバ中尉には、基地の整備に目処が見えてきたこともあって、時々、基地の補給のため、隊のトラックを率いて、ジャングル方面軍司令部まで、物資の引取りに行ってもらっていた。
彼らの会話から、ローリングストリングスの状況が、サクラやレイラが予想したよりも格段に早く悪くなってきているようだった。
その時、サクラは閃いた。
「補給担当、直ぐにタッツーに飛んでちょうだい。ジャングル方面軍に物資が入る前に、我々の必要分を直接抜いてくるのよ。向こうで海軍担当者と、直に交渉を行ってちょうだい。 クリリンから紹介状を書かせるから、それを持っていけば、門前払いはされないでしょう。 我々の生死がかかっているんだから、わかっているわね。直ぐによ、よろしく」
それを聞いた補給幕僚は、青くなっていたが、さすがに今まで鍛えられてきてはいない。直ぐに立ち直り、要求をまとめタッツーに移動していった。
「タッツーとは、途中まで今のルートが使えるからいいけど、それでも1日は余分にかかるわね。しょうがないか。レイラ、幕僚を集めて、対策を協議しましょう」
サクラは、幕僚たちを率いて隣の会議室に入っていった。
その頃、グラス小隊の面々はというと、新兵たちを訓練施設で鍛える傍ら、メーリカさんと今後について相談していった。
「そうですね。60名近くを一つでまとめて運用していく方法もなくはないのですが、私には経験がありません。いくつかの分隊に分けて回したほうがジャングルではより簡単かな」
「そ~だよね、今まで2回のジャングル探査も、形は2つの分隊として回していたものね」
「マーリンさん、分隊って、作るのは簡単?俺に、分隊って作れるの?」
「小隊内の運用については、小隊長にかなりの裁量が認められていますが、少尉から司令部に発案という形を取れば、すぐにでも認められるかと思います。旅団長たちは仕事が早いので、待たされることはないかと」
「でも、分隊の規模は、今の我々のが最大だぞ。1個分隊で12名、本体に人を振り分けるとして4個分隊くらいは作りたいかな。でも、そうすると、分隊長のなり手が足らないよ。アプリコット准尉にも分隊を持たせると、誰が隊長のお守りをするんだ?」
オイオイ、『お守り』とは何だ。ちょっとばかり失礼ではないか。
「そうですね。隊長のお守りがいなくなると、かなり心配ですね」
オイ、ジーナ、君までもそうなのか、君も裏切るんだな。
「私は、当面は分隊は持てません。予備役から軍隊復帰の条件として、少尉のお守りがありましたから、私が責任をもってお守りします。しかし、そうなると分隊長のなり手がね……」
もう、諦めた、どうとでもしてくれ。
それはそうと、そういうことならば俺が交渉するしかないか。
「俺が、掛け合ってくるよ。山猫さんたちを全員昇格させてもらってくる。その上で、ステアとドミニクを軍曹まで上げてもらい、彼女たちに任せたい。残りは、悪いけれど、各分隊に均等に割り振りだ。新兵のお守りを頼む」
「わたしたちは、それでもいいけど、そんなことできるのか?自慢じゃないけれど、我々全員がかなり上の方から目を付けられているのだが」
「それは、俺も同じだ。とにかく、分隊を作らないとジャングルに入れないんじゃしょうがない。それを条件に交渉してくる」
「大丈夫ですか?」
「何、大丈夫だよ。できなければ、行かなきゃいいだけだから。命令不服従で営倉にでも入ってくるよ。別に俺はそれでもいいから。むしろ、ジャングルで虫を食べるくらいなら、そっちのほうがいいかも」
「「「………」」」
「心配です。交渉には、私も同行します。私が交渉にあたりますので、少尉は隣で、一言も話さないでください。行きますよ、少尉」
俺は、アプリコットに引きずられるように、司令部に向かった。
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