第82話 平穏な日常

 ジャングル内にあるサクラ旅団にとっては、比較的平穏な時期を過ごせたのかもしれない。

 俺はというと、相変わらず、特殊大隊の連中とつるんで色々とこさえている。

 時々、ハメを外して、旅団長やらレイラ中佐からイヤミを云われ、うちの可愛い准尉たちから、正座させられての御叱りを受けることも度々あった。

 先日、やっと訓練施設の第1期分が完成し、ドック少佐に引き渡した。

 その際に、ドック少佐から訓練施設近くに詰所が欲しいとこぼされたが、これは今は聞かなかったことにしたい。

 つい今しがた正座から解放され、まだ足が痺れているのに、またやらかしたら今度は一晩中詰所前で立たされる羽目になる。

あのアプリコットたちの目は、マジで怒っていた。

 少しは反省したのである。

 で、今は、完成したばかりの施設で訓練しているはずの、うちの可愛い新兵ちゃんたちの視察に向かう途中である。

「そろそろ、うちの小隊編成を考えなければなりませんね」と、アプリコットが俺に訴えてくる。

「俺にどうしろというのだ。俺は、全くわからないぞ。全部任すから、そっちでやってくれるとかは…ナシ…そうですよね。どうすればいいかご教授願いませんか、マーリン先生」

「ふざけないで、聞いてください」

「ふざけてはいないのだが…、本当にどうすればいいかわからないのだけど。マーリンさんはどうしたい?」

「私にも、今の状況でどうしたらいいのかわからないので、少尉に相談しているのですが…」

 アプリコットも最後は小声になり、自信なさげだ。

 それで、俺にどうしろと言うのだ?

 でも、彼女の説明では、60名近くのそれも慣れない兵士を連れて、いきなりジャングル内の移動は難しいとのことだった。

 この問題は、新兵の訓練で解決させるはずだったのだが、ベテランの兵士でも、きちんと統制が取れていない状態では、慣れない地形での移動は難しく、ましてや作戦行動など、まずできないとのことだ。

 俺らの仕事は、基地の施設建築のはずだったが……、ごめん、俺の趣味だった。

 俺らの仕事は、大方、ジャングル内で色々と無理な作戦行動を要求されることだった。

 今までも、余った人員の一時的な退避のために、夜間のジャングル移動をさせられたり、ジャングル内で新たなルート検索をさせられたりと、かなり便利にこき使われている。

 それでいて、上からの受けは悪いときている。

 最近は、基地内で、かなりゆっくりさせてもらっているが、そろそろ、また、旅団長からの無理難題が降ってきそうだとアプリコットは言うのだ。

「でも、全くのノーアイデアだぜ。どうしよう?これから向かう訓練施設で、相席する他の隊のお偉いさんと相談してみるよ。全くもって、帝国軍は何を考えているんだか…ズブの素人に新兵を預けるだけではなく、その上、無理な指令を出すんだものな……、ま~、ブラックな職場は今に始まったわけじゃないから、言われたらどうにかするけれども、全くのノーヒントでは、ちょっときつい。マーリンさん、ジーナさんあたりに聞いてみた?彼女、昨年度の首席卒業なんでしょ。秀才とか天才の部類なんでしょ、何かアイデアを持っているかも」

「彼女たちと今まで散々相談して、苦渋の選択で少尉に相談してみることになったのです。

 彼女たちも私と同じです。そもそも、こんな状況、士官学校では教えてくれません。我々士官は、軍の命令で、機能している隊を率いることを要求されると教えられています。機能していない隊の存在など全く考えられていません。……それにしても、なんで私たちもこんな目に遭わなければならないのかしらね。それもこれも、少尉のせいかもしれないのですよ。 毎回毎回、あっちこっちで騒ぎを起こすから、上から睨まれるのですから、もう少し反省してください」

「ヤレヤレ、とばっちりだ。まず、メーリカさんにでも、聞いてみよう。どちらにしても、新兵の仕上がり具合を聞かなければならないからね」

「そうですね、我々も、朝の訓練以外では、ほとんど詰所で事務仕事ばかりでしたので、新兵の様子がよく掴めていません。私たちも、そろそろ、新兵たちと一緒に訓練しなければと思っています」

「思い立ったが吉日だと言うぞ。明日からでも始めてくれ。マーリンさんが言ったからってわけじゃないけれど、俺も、何かいやな予感がする。そろそろ、また無理難題が降ってきそうだ。早めに準備しよう」

「そうですね、少尉がもう少し詰所で書類仕事をしていただけるのを条件に明日から始めます」

「とんだやぶへびだ~。そ~だ、メーリカさ~ん。新兵ちゃんたちの様子はどうですか~?」

 訓練施設に近づき、アプリコットとの会話で居心地が悪くなってきたので、話を誤魔化すために施設で新兵の訓練にあたっているメーリカに、新兵の訓練状況を尋ねた。


 その頃、サクラ旅団司令部に通信文を携えたレイラが入って来た。

「ブル、もう聞いた?」

「なんのこと?」

「始まったらしいよ。東部正面軍がついに共和国軍と始めたらしいよ。全軍に通達が入ったわ」

「ついに始めたのね。お隣さんだから、こちらまで戦闘に巻き込まれなければいいんだけれどもね」

「それは、大丈夫じゃないの。お隣といっても、その間には軍では越えられない、登山家だって苦労しそうな山脈があるから。それよりも、応援要請とか、補給とかに何か出るかもね」

「それはそれで、とっても困る。また、今までのような戦闘以外での地獄は味わいたくはないわよ。軍に入った時から戦闘での死ぬほど辛いことは覚悟していたけれど、この基地に配属されてからの地獄のような仕事は想定外よ。あんなのはないわよ、どこでも、誰も教えてくれてなかったわよ」

「そうよね、それにしても、よく乗り切れたわよね。あんなのありえないことのオンパレードだったから。まだ、新兵の練度の問題があるけれど、それ以外は落ち着きを見せてきたから、少しは楽できるけれどね」

「全く、信じられないわよ。新兵だけで大隊規模の人数を全く外界からのサポートも受けられないジャングルに送ってくる上層部の神経を疑うわよ。それより、共和国との本格的な戦闘が勃発したのなら、そろそろ、帝都の殿下あたりから、注文がきそうよね。今度はどんな無理を言ってくるかが心配なのよ」

「そうよね。そうなる前に、基地のハード面の整備だけは済ませたいわね」

 サクラとレイラの会話が続いているところに、通信兵がジャングル辺境方面軍司令部からの通信を持ってきた。

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