第73話 捕虜交換


 レイラが、マーガレットを連れて皇太子府を出てから、最初に向かったのは帝都の宮殿脇にある人事院陸軍人事局であった。

 まずそこで、共和国から解放される兵士たちについての軍籍について説明を受け、軍籍停止解除の手続きのための事前準備を行った。

 通常の捕虜交換の場合には、交換された兵士たちは、まず帝都の人事院で必要な手続きを済ませ、その後に新たな配属先に向かうか、除隊するかのどちらかだったが、今回はすべての兵士が、サクラ旅団に配属が決まっており、交換後すぐにジャングル内のサクラ旅団基地への移動となるための手続きの確認だった。

 次に人事院陸軍人事局員を伴って向かったのが、行政執行部内にある外交執行部捕虜交換事務局であった。

 レイラたちはそこで思わぬ人物たちと再開した。

 以前保護した共和国の士官であるマーガレット・キャスター少佐とアンリ・トンプソン 少尉の両名であった。

「お久しぶりです、少佐」

「レイラ中佐だったかしら、お久しぶりです」

「まさか、ここでお会いするとは思いませんでした」とレイラがキャスター少佐と挨拶をしていると、外交執行部で今回の捕虜交換の担当官が説明してくれた。

「お二人だけは、戦闘により捕獲された捕虜でなく、人道的配慮からの救助による捕虜待遇であり、その身柄の管轄がここ外交執行部にあったため、ここから、交換場所まで移動してもらうことになりました。レイラ中佐とマーガレット中尉には、交換される兵士の引取りと今回一緒に移動する共和国士官の護衛というか付き添いをしてもらうわけです。事前に軍政部捕虜問題総括局には連絡を入れてありましたが、やはり現場には情報が降りていませんでしたか。いつものことですが、驚かせて申し訳ありません。というか、私から謝罪を入れてもなんの足しにもなりませんが、気持ちだけでも汲んでいただければと思います」

「連絡なしのことなど慣れておりますので、お気になさらないでください。それでは、これからおふたりは我々とご一緒に希望の回廊にある捕虜交換場所までいかれるわけですね。また、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「でも、お二人の解放は、殊のほか早かったですね。何やら、いろいろ噂はありましたが、早く母国に帰れてよかったですね。最も、我々帝国側からすれば、敵の英雄の帰還を手放しでは喜べません。私としては、戦場であなたには会いたくありません。強敵は一人でも少ないほうが我々としては楽できますから」

 『そうでなくとも、うちには余計な仕事ばかりこさえるのが一人いますから。少しでも楽したい。』とは、さすがに思っていても口にはしなかった。

「我々も、こんなに早急の解放は想像しておりませんでした」

「解放につきましては、帝国は過去の慣例を遵守しております。武人である方が、戦闘以外での身柄の拘束いわゆる捕虜待遇の場合には、早急な解放を行うことは、約半世紀前の両国で交わした約束事ですから。成文化はなされておりませんが慣例として我々帝国は一貫して守ってきております。今回の場合も、その慣例によるものだとご理解ください」

「それでも驚きです。我が国の場合には、その慣例がどこまで守られているか、甚だ疑問がありますが、ひとまず帝国にお礼を申し上げます。でも、レイラ中佐のご懸念には及びません」

「は?」

「共和国では、一度捕虜となった高官は信用が著しく下がり、第一線では活躍ができません。政治将校ならともかく、私は、上層部に疎まれていた節もあり、今後前線で指揮を執ることはないでしょう。もし、戦場でお会いする場合には、私は弾除け替わりに使われているでしょうから、レイラ中佐のご懸念には及ばないと申したわけです」

 レイラとキャスター少佐が話し込んでいると、外交執行部の担当官が、「輸送機の準備が整ったそうです。軍の飛行場に向かいましょう」と言って、みんなを連れて飛行場へ向かわせた。

 輸送機の中ではレイラとキャスターはかなり打ち解けて、まるで旧知の間柄のようなある種の親近感を両者が持った。

 共に優れた軍人であるため、軍規に触れるようなことはもちろん、今後の作戦において不利益の出るようなことは、一言も漏らさなかったが、主に私生活や軍内部での女性の扱われ方など、共通の事柄について楽しそうに話し込んでいた。

 第一作戦軍司令部に一行が到着し、幕僚たちに会った時、周りの空気に緊張が走った。

 周囲のキャスター少佐を見る目が、厳しくなっていた。

 それもやむを得ないことであった。

 先の大戦で、第一作戦軍がほとんど勝利を手にしていたところを、彼女が全てぶち壊したようなものだったから、その場にいた幕僚たちには、自分たちの勝利を邪魔した彼女が解放されることに異様なまでの警戒感があった。

「私の解放に賛成でない方が多そうよね」

「私も賛成ではありませんよ。強敵は誰も喜びませんから。それだけ私たちは、あなたが恐ろしいのですよ」

「そんな心配は杞憂に終わることになるのに。いずれわかりますよ」

「他の捕虜の方と合流し、交換会場に向かいます」

 担当官の説明が入り、今回交換される共和国兵士と合流し、陸路で希望の回廊の中間地点にある交換場所へ向かった。

 捕虜の交換は驚く程早く終わった。

 しかし、それからが大変だった。

 捕虜の交換が終わるまでは、マーガレットもレイラも自身が驚く程のんびりさせてもらっていた。でも、交換終了と同時に、自分たちの職場がブラックだったことを思い出さされた。

 交換された兵士全員が、一旦第一作戦軍司令部まで移送されたが、そこで、随行してきた人事院陸軍人事局の職員により復職の手続きがなされ、手続きが済んだものから順次サクラ旅団長に代わり、レイラが編入手続きを行った。

 その後、人事書類をまとめ、一人一人に面接を行い、捕虜になる前の状況の聞き取りと、捕虜時代の状況の確認を行い、共和国側のスパイの侵入の阻止を行った。

 過去に何度も捕虜時代に共和国側に取り込まれ、帝国に復職後に共和国のスパイとなった兵士がいた。

 レイラは、情報部時代に何度もそれらの取り締まりや逆に共和国兵士の帝国への協力要請を行っており、そういった事柄についての専門家であったので、今回の任務となった。

 マーガレットはそんなレイラの補助として働き、また、自身が帝都で成功しなかった人材の確保について、この帰還兵をあてがうために、資料の作成を行っていた。

 二人共いつもの多忙が戻ってきた。

 二人が一息つけたのは、全員が大型輸送機に乗り込んだ時であった。

 それは、輸送機に乗る寸前まで、休まることはなかったことを意味していた。

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