第74話 元老院議員の逮捕劇


 その頃のクリリンは、皇太子府の財政担当者と一緒に元老院へ向かい、予算委員会のメンバーに対して、サクラ旅団の現地でのナイナイづくしの苦労話を詳細に伝え、皇太子府経由での財政面及び補給面の全面的な協力を要請した。

 予算委員の一部からは、『軍の関連なのだから、本来は軍から、正確には第三作戦軍から要求が出されるのがルールだ。』と当たり前のことを正面から云われ、返答に困っていると、強力な助っ人が現れた。

 元老院に現れたのは、副侍従長兼皇太子府侍従頭であるフェルマンであった。

 彼は、貴族監察官室の職員を連れていた。

 彼らは、執拗にクリリン達の邪魔をしていた委員に対し、昨今帝都で問題になっているスキャンダルの件で拘束するために来たのだ。

 拘束された彼は、元老院における急進攻勢派のメンバーで、最近の皇太子府の動きとジャングル内でのサクラ旅団の働きが気に入らなかった。

 もっとも、昨今のスキャンダル騒ぎの発端がサクラ旅団がらみなので、サクラ旅団を敵視するのもあたりまえではあった。

「私は正当な貴族議員であり、最も崇高な予算委員会のメンバーである。私には不逮捕特権があるはずだ。私の拘束は明らかに違法行為だ。速やかにやめたまえ」と先ほどの議員が慌てだした。

 確かに、帝国における皇帝の権限は強力であるが、前の帝国の崩壊を教訓に、元老院を皇帝の暴走を抑える楔として機能させるため、議員に対して不逮捕特権が与えられている。

 最近では、一部議員がその不逮捕特権の意味を誤解して増長し、皇帝ではなく議員の暴走が問題視された。

 そこで、15年ほど前から元老院が自主的に規制を実施している。具体的には、貴族監察官室での正統なる捜査に基づくことが証明できれば、元老院議長が発議し元老院風紀委員会の常務委員の過半数の賛成をもって、不逮捕特権の停止を認めている。

 最も、この特例での逮捕はこの15年間で僅か2例であり、目の前で繰り広げられているのが3例目であった。

 まだ、先ほどの議員は騒いで抵抗を繰り広げているが、フェルマン副侍従長は連れてきた貴族監察官に合図を送った。

 監察官は懐から1枚の紙を広げて見せ、「元老院議長の権限により、あなたに与えられている不逮捕特権の停止を発令しました。常務委員長のサインもありますので、この書類は正式に効力を発します。よって、貴族監察官室の権限によりあなたを拘束します」

 その宣言を聞いた先ほどの議員はまだ暴れているが、一緒に騒いでいた彼のシンパは一斉に自分たちの不利を悟り、沈黙した。

 先ほどの議員が、両脇を監察官に取り押さえられながら連行されていくのを見ていたシンパたち議員は、騒ぎが収まったのと同時に自分たちもそそくさと予算委員会室を逃げるように出て行った。

 その数およそ全委員の1/3で、今、予算委員会室には委員会メンバーの2/3が残った。

 帝国の法律では、委員会の開催は登録メンバーの2/3以上の参加で正式な開催が出来、参加メンバーの過半数の賛成で成立することになっている。

 既に予算委員会は開かれているので、途中退出者は投票権を棄権したことになるので全く問題はないが、仮に外部からのクレームがあっても、2/3の委員の参加があるのでこの委員会の開催については法的に全くの瑕疵はない。

 よって、今この委員会での決定事項は法的に拘束力を持つことになる。

 一連の騒ぎが終わり、去り際にフェルマン副侍従長は、「皆さん、お騒がせしました。

 会議をお続けください。クリリンさん、あとはよろしくお願いしますね」と言って去っていった。

 その後予算委員会は再開され、殿下の思惑通りに進み、概ね殿下の希望が通った。

 しかし、この殿下の希望はサクラたちに果てしない絶望を届けた。

 早い話、ブラック職場に予算の裏付けのある仕事をてんこ盛りで届けたのであった。

 後に共犯者扱いされたクリリンであったが、この時にはまだ気づいていないのが救いであった。

 その後の会議はスムーズに進み、クリリンのここでの仕事はなくなった。

 急に時間が余ったクリリンは、帝都にある古巣の海軍陸戦隊第一空挺団の司令部に遊びに行った。

 そこでクリリンは昔の仲間から大歓迎をうけた。

 現場での騒ぎを聞きつけた空挺団団長がクリリンを呼びつけた。

「よく来てくれた、レッドベリー大尉。楽にしてくれ」と言って、応接用のソファーにクリリンを促した。

 そこで、帝都での政治状況やサクラ旅団の現状などを話し合ったが、最後に団長から、帝都にいるうちに海軍省を尋ねるよう要請を受けた。

 クリリンは空挺団を出るとその足ですぐそばにある海軍省へ移動した。

 海軍省に着くとクリリンはすぐに海軍省長官室に連れて行かれ、4~5分の会談の後、そのまま長官に連れて行かれるように皇太子府に戻ってきた。

 皇太子府には既にサクラたちも戻ってきており、今後の対応について殿下と話し合っていた。

 クリリンに連れられた長官は(実態は逆なのだが)そのままクリリンと一緒に殿下のいる会議室に案内されてきた。

 殿下に海軍省長官、侍従頭、サクラ旅団長のトップ会談が始まり、今後の方策について各方面から検討がなされ、近いうちに海軍陸戦隊のジャングルでの作戦参加が決まった。

 クリリンは、急な話の展開についていけず、ただただその場で呆然としているしかなかった。

 唯一クリリンにもわかったことは、今後、ジャングルのローカル勢力と接触し、彼の地の勢力と共同して共和国をジャングルから追い出す方針だということであった。

 そのための下準備に、かなり大掛かりな対応をすることになるのだろうとしか、クリリンにはわからなかった。

 会議の終了間際に、殿下がサクラ旅団長に『近々外交調査団を現地に派遣するので受け入れる準備をしておいて欲しい。』と要請してきた。

 サクラ旅団長はかなりギリギリまで粘っていたようだが、最後には肩を落として、要請を受け入れていたようだった。

 これで我々も帰れると、先に分かれたレイラ中佐やマーガレット副官のいない皇太子府から出る準備を始めた。

「結局、また、仕事をもらってしまったわね。でも、やるしかないのだから、諦めて、全力を尽くしましょう」と、なんだかツッコミどころ満載の感想をこぼした旅団長を、ここにいる全員が慰めるようにその提案??に同意したのだった。

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