第72話 派閥争い


 殿下との会食は、和やかなうちに終えることができた。

 今朝の朝食は以前のような豪華さはなかったが、本当に美味しかった。

 前の朝食も、このように美味しかったのだろうと思うと、なんだかとっても腹が立ってきた。

「ブル、なんで急に機嫌が悪くなっているんだ?」

「レイラ、私の機嫌は悪くはないわ。ただ以前の朝食の時を思い出して、惜しいことをしたなと。あの時も、もう少し味わって食べたかったと思っただけよ」

「でも、よかったじゃないか。今朝は殿下も何も無理は言ってきていない。この分なら、今回の出張は無事に済みそうだね」

「あいつが何か仕出かさない限りは、という条件付きだけどね。ところで、レイラはこのあと直ぐに出発でしょ。捕虜交換の件、よろしくお願いね。彼女たちを連れて、できる限り早く基地に戻って、あいつらの監視をお願いね」

「わかったわ。もう、少々のことなら起こっても大丈夫だと思うけれど、あいつらは我々が予想していることの斜め上をやらかすから、用心するに越したことはないわね。サカキ中佐と一緒に注意しておくわ」

「は~、そのサカキのおじさまも心配なのよね。なぜかあいつを気に入っているようだから。さすがに一緒になって何かしでかすような真似はしないと思うけれど、そっちも気にかけておいてね」

「ブルも心配性だな。でもしょうがないか。わかったわ、ブルも残りを頑張って」

 ひと時、気のおけないレイラとの会話で、心の平静を取り戻したサクラは、気持ちを仕事モードに切り替え、シノブ大尉を連れて帝都へ向かった。

 一緒に来ていたサクラの幕僚たちは、朝食前の打ち合わせに従い、手分けして各地に散っていった。

 基地への帰還は、みんなバラバラになりそうだった。

 秘書官のクリリンは、皇太子府の職員を伴って元老院へ現状の説明に向かい、レイラは、マーガレット副官を伴い希望の回廊で行われる捕虜交換の件で、担当する第一作戦軍司令部に向かった。

 捕虜交換が済み次第、そこから大型の輸送機を使って、捕虜だった彼女たちを連れて基地へ戻る予定だった。

 サクラとシノブ大尉は、ノートン課長補佐と一緒に帝都の国土交通局へ訪問し、その後の対応を検討することになっていた。

 その頃、帝都にある一室では急進攻勢派の面々が集まって、深刻な顔で打ち合わせをしていた。

「トラピスト伯爵、昨日、シーフリー男爵のところの執事が貴族監察官室の連中に身柄を拘束されました。シーフリー男爵の身柄拘束も時間の問題かと思われます」

「こちらの方がより深刻な問題だぞ。今朝早くに軍監察官室の連中が、いきなり兵器整備部のところに押しかけ、関係資料をごっそり押収していったぞ。次は陸軍航空司令部あたりに乗り込むつもりだぞ。さすがに、この時期に統合作戦本部までは乗り込んでこないと思うが、色々なところに押しかけ、我々の仲間の身柄を拘束していかれそうだ」

「このままだと、我々の派閥が壊滅するぞ」

「いっそ、帝都に戒厳令でも発令するか」

「我々には発令の権限がない。悔しいが、近衛侍従しか発令権限がない」

「では、いっそ実力行使で軍を投入して帝都を抑えるか」

「できるもんか。帝都では陸軍の実力は、たかがしれている。圧倒的に近衛の方が上だ。反乱罪で直ぐに我々が潰される」

「あの程度の汚職など、どこでもやっているのだがな。なぜ、この時期に航空関連だけを狙い撃ちにしてくるのかわからない」

 今、帝都で問題になっているスキャンダル事件は、先に墜落した輸送機『ゴルドバ』の審議中に発覚した輸送機払い下げに関する一大汚職事件であった。

 これは、軍が所有する輸送機が古くなり、廃棄処分にされるところを、書類上は廃棄にしておき、軍の取り巻き機関である団体に輸送機を売却することで、その費用を着服するといった、汚職事件にありがちな構図であった。

 中でも、発端となった『ゴルドバ』は実に10回も転売されており、それを調べていた官憲は呆れ果てていた。

 今回の輸送機関連では、おもに急進攻勢派の貴族が関わり、自分たちの活動資金に当てていたことで、今回の摘発で一番影響を受けていた。

 そもそも、先の政変では輸送船での同じような事件をきっかけに穏健内政派の連中を失脚させてきただけに、急進攻勢派の幹部は相応の危機感を持っている。

 『今度は自分たちが失脚するのでは?』と、戦々恐々である。

 彼らが何より恐れていることは、今絶対の権勢を誇り、帝国の政治を牛耳って共和国との決戦に向けて準備しているのに、その計画に大きく齟齬が生じることであった。

 何より、今回の騒動でがっちり抑えていた陸軍ですら、抑えに緩みが生じてきている。

 長く自分たち派閥の中心だった陸軍航空総合司令部の長が、先の帝都での騒乱騒ぎの責任を取って近く更迭されるのに、今回のスキャンダルの影響で、自分たちの派閥に有利な人材を当てることが難しくなっていた。

 このまま推移していけば、少なくともこの部署はライバルである穏健内政派に持っていかれる、そんな危機感を全員が持っていた。

「とりあえず、派閥内の引き締めが最優先だ。摘発された者の救出は、派閥が落ち着いてからだ」

「そうだ、そうだ。とにかくこの場を乗り切れ」

「穏健内政派にもダメージを出させないとまずい」

「最近手に入れた、新型輸送船開発に関する汚職の証拠を出すか」

「あれは切り札じゃなかったのかね」

「そんな悠長なことを言っていられない。とにかく、我々が持っている弾を全部吐き出してでも穏健内政派を抑えるぞ」

 急進攻勢派は派閥全体が完全に戦闘モードになっていった。

 一方、穏健内政派は、急進攻勢派のスキャンダルを喜んでいたが、打って出るだけの余力がなく、帝都内は以前の暴発する寸前の殺伐した雰囲気はなかったが、何やら心地の悪いドロドロとした感じの空気が漂っていた。

「何やら帝都の雰囲気が変わったような気がします」

「気じゃなくて、変わったのですよ。例の輸送機墜落事件から、また、派閥争いが始まりました。殿下は喜んでいましたが……」

「なぜ、殿下が喜ぶの?」

「急進攻勢派の関心が帝都内だけになりますので、ジャングル関係で色々動きやすいそうです。何より、元老院を使って予算関係で大幅な譲歩を勝ち取ったとか。ま~、政治には色々あるようです。私の口からはこれ以上の詳しいことは言えません」

「それもそうよね。私も、長く帝都にいましたが、こんなに雰囲気が悪くなっているのは、先の政変の時くらいだったわ。私自身、政治には関わりたくなかったしね。早く、こんな帝都を出たいわね」

 そんな会話をしながら、サクラたちは国土交通開発局庁舎に入っていった。

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