第64話 デスマーチな職場


 サクラ旅団の基地にある司令部、そこはまさに修羅場だった。

 そこは戦場だった、まさに、デスマーチ職場そのものだった。

 鳴り止まぬ電話のベルの音、ひっきりなしに飛び込んでくる伝令、どんどん積み上がっていく書類の山、腱鞘炎になっても辞めることのできない書類作成、そこに詰めている人間は奴隷だった。

 原因は、仕事を振る上司が全く現場の状況を知らず、希望を無責任に押し付ける、そこらじゅうのデスマーチ職場でよく見かけるありきたりで典型的なものだった。

 そもそも、ここ旧第13連隊駐屯地は、その補給性の悪さから、運用開始寸前に連隊の駐屯が中止になり、作りかけで放置され、出来上がった建屋の維持管理のために定員に満たない中隊が、捨て猫同然に駐屯していた場所であった。

 口の悪い人間に言わせると、軍が作った人材の墓場だと云われ、軍で困った人間、曰く付きの人間、派閥の論理で負けた側の人間を送り込むのに都合が良い場所だった。

 そのため、中隊を維持してはきたが、常に定員に満たない状況で推移してきた。

 当然、基地のキャパシティもそれに合わせたものになり、中隊以上の軍が来たら簡単にパンクするのが自明の理であった。

 しかしながら、現場を知らない帝都のエリートたちからは、違った見え方をしていた。

 連隊の駐屯地を何らかの理由により利用していなかったが、中隊が基地機能を維持しており、すぐにでも連隊を駐屯できうるものと思われていた。

 第13連隊が駐屯寸前に中止になったことは記録上きちんと明記されており、連隊が駐屯可能であると裏付けがされているものと判断することは、軍人以外の人にはある意味やむを得ない事柄であった。

 サクラたちの不幸の始まりは、先に挙げた『軍人以外』に殿下やそのシンパが含まれることであり、彼らの勢力が利用できるリソースに、そこしか該当する施設がなかったことであった。

 しかし、いかなる理由であれ、現場でまさに死にそうになっているサクラたちにとっては、どうでもいいことである。

 このデスマーチから抜け出すヒントでもあれば、それ以外は些事であり無視できる、サクラたち首脳陣はまさにそのような状況にあった。

 レイラ中佐は目の下に隈を作り、虚ろな目をしながら書類とにらめっこをし、あの気丈なサカキ中佐をしても、時折意識を飛ばしながら仕事を片付けているのである。

 元気があり余り、若さ全開といったクリリン秘書官もあっという間に魂を抜かれ、ゾンビのように基地内を書類を持って徘徊している。

 サクラ旅団長はというと、軽く開けた口から今まさに魂が抜け出そうとしていたところを、入ってきたマーガレット副官により魂を戻された。

 一緒に入ってきたシバ中尉がサカキ中佐のもとに書類を持って報告にやってきた。

「基地内の木炭を全部使ってしまったが、木炭の補充はどうした」

「おやっさん、大丈夫です。グラス少尉が作ってくれた窯で、山猫の皆さんに手伝ってもらって、次々に作っていますので、既に、木炭には困らない状況にまでなりました」

 グラス少尉という言葉にサクラ旅団長とレイラ中佐が少し反応を示した。

「で、この書類にある新たな施設の設置は、なんだ?また、木炭用の窯でも作るのか?木炭は十分だと聞いたばかりだが」

「いえ、木炭は十分です。窯は別のものを作ります。グラス少尉が、自分たちが生活する施設がいつまでもテントやプレハブだと嫌だとか、せめて自分たち用にレンガで家を作りたいのでレンガを焼く窯を作り始めまして。初めは、木炭用の窯を利用して実験をしていたようでしたが、うまくいったので、専用の窯を作りたいと始めました。我々としても、レンガの施設は作りたいので協力して窯を作りましたが、まずかったですか?」

「相変わらず、面白いことばかりするあんちゃんだな。問題はない。出来たら、工兵隊でもレンガを大量に作り、施設の充実を図ろう」

「グラス少尉も同じことを言っていました。まず、実験的に自分たちの宿泊施設を作ってみるとかで、今一生懸命土から型抜きしてレンガを作っています。彼の部下の山猫たちも楽しそうに彼に協力して一緒になって作っていますから、直にレンガ施設も出来ると思います」

 シバ中尉とサカキ中佐の会話を聞いてサクラが反応した。

「…あのバカ、今度はレンガ作りだと?ここをどこだと思っているんだ。我々が死ぬ思いで仕事をしているのにDIYを楽しんでいるのか。何考えているんだ」

 サクラはかなり怒っていた。

「でも、旅団長、旅団長の指示で、手隙の隊員全員に対して、自分たちで出来る範囲で基地の整備に協力せよと通達が出ていますが…」

「ム……」

 鋭い目で睨まれたシバ中尉は、地雷を踏んだことを察し、「おやっさん、報告は以上ですので、現場に戻ります」

「あんちゃんによろしく言っておいてくれ」

「了解しました」と、そそくさと司令部を出て行った。

「お嬢、何怒っているんだかしらないが、まずは落ちつけ」

「でも、あいつは士官なんですよ。今基地内は修羅場のように全てがゴタゴタしているのに、新兵1000名の処遇だって決まらずにいるのに、士官が率先して遊んでいるのなんて許せない。呼び出して、あいつを営倉にぶち込んでやる。マーガレット、あいつを呼び出して」

「待て待て、何度も言ったが営倉は無理だ。今回の件もお嬢からの通達に沿ったものだしな」

「だれも、あの通達で、レンガから作って、施設を作ろうなんて考えませんよ。何考えているんだ、あいつは~」

「サカキ中佐の言うとおりですよ。落ち着いてください、旅団長。遊んでいるように見えますが……実際に遊んでいるのでしょうけど、結果的に基地のためになっています。木炭窯だって、今作っているレンガ用の窯だって、補給の難しいこの基地にとって自給率の向上こそ重要な課題だったはずです」

「そうです。マーガレット副官のおっしゃるように、レンガはかさばるので、自給できるのならそれに越したことはないと思います」

 死んだ目をしたクリリン秘書官も同意してきた。

 レイラもサクラをとりなして、どうにか落ち着かせた。

「どちらにしても、新兵の件は、大鉈を振るう必要があるわね。基地全体で、隊の再編成でもしないことには収まりがつかないわね。たたき台を作るから、士官全員を集めて、基地の再編成をしましょう」

「そうね、花園連隊もいじる必要があるわね」

「どちらにしても、この計画が成功しないことには、帝国そのものもなくなるおそれがあるのだから。帝国がなくなったら、花園連隊が残っても意味はないから、工兵と花園の士官を一部新兵のための組織に当てる必要があるわ」

「分かったわ、マーガレット、あなたも今の仕事を全部凍結してレイラに協力して、明日までにたたき台を作ってね」

「「え!? 明日まで?」」

「この基地の状況では、待てるはずないのは理解しているわね。明日中に新兵問題は片付けるわよ。よろしくね」

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