第63話 非常識な訪問
本当に2時間で着いてしまった。
休憩を取った野営ポイントを午後8時に出た我々は、以前通ったルートでジャングル方面軍司令部に向かった。
アプリコットは2時間で着くと言ったけど、さすがにもう少しかかるだろうと考えていたが、彼女の予想通りたった2時間で着いてしまった。
途中休憩を1時間入れたが、それを込みでも、基地からここまで6時間で着く。
今まで、シバ中尉が2日かけていたのは何だったのだろう?
現在時刻は午後10時、ジャングル方面軍司令部は、まだ煌々と電気を灯しており、仕事をしているようだった。
「こんな時間にアポもなく訪問しても大丈夫でしょうか?」
確かにアポもなく午後10時の訪問とは『どんだけ常識知らずだよ』と怒られそうだが、基地に入るときにあれだけ念入りに調べられたのだから、入口の警備担当から連絡くらいいっているよ。このまま訪問しないと、テロか泥棒か何か犯罪の関係者と間違われるから、非常識と罵られそうだが、訪問するしか選択肢は残されていないよ。みんなは、ここで待機ね。今回は残念だけれど、休憩スペース行きはなしでお願いね。さ~、マーリンさんは俺と一緒だ。貧乏くじだが諦めてくれ」
「そんなの、いつものことじゃないですか」とアプリコットは独り言を小さな声で言ってきた。
当然、俺にも聞こえたが、それこそいつものことなのでスルーした。
今回、受付はいなかったが、警戒をしている基地関係者に訪問の趣旨を伝えたら、すぐに人事担当者がやってきた。
外の方からは、全力疾走かと思われるくらいの勢いで、新兵の責任者のドック・ヤールセン少佐がやってきた。
こんなにすぐに来られるのなら、前回待たされた30分は何だったのだろう?
「随分、急なお越しじゃないですか。え~と?」
「グラス少尉です。それと私はアプリコットと申します、少佐。夜分に到着して申し訳ありませんでした」
「すまない、え~と、まずこんな時間での訪問に何か意味でもあったのかね?申し訳ないが、説明を願えないか、少尉」
「私から、説明させていただきます、少佐。まず、このような夜間に訪問したこと、お詫びいたします。我々は、来たるべき敵との戦いに備えて、ジャングル内での活動に精通するべく夜間での訓練を命じられました。大隊規模での夜間ジャングル内移動が出来るかどうかの実験を、今回の新兵引き取りを利用して実施するよう、サクラ旅団長から命じられました。 しかし、我々の全てが、前提条件に大きな誤認をしていました」
「誤認? その誤認とは何だね?」
「はい、ジャングル方面軍司令部と旧第13連隊駐屯地、現在のサクラ旅団本部との時間距離であります。ごく最近、工兵隊のシバ中尉の率いる隊が、基地まで2日をかけて移動しております。先日、新ルートが発見されて大幅な時間短縮が行われましたが、我々も含めた関係者の誰もが、わずか6時間でここまで来られるとは考えておりませんでした」
「え~!、6時間であそこから来たのか?」
「はい、正確に申せば、途中1時間の休憩を入れておりますので、移動は5時間強かと。 我々は、前回の訪問時のように小規模でありましたら、街で1泊して明朝一番に訪問しましたが、今回はトラック35台での移動でしたので、それを断念してこの時間での訪問になりました。ゲートでかなり怪しまれましたので、駐車場で朝まで待機することなく、まずは到着の報告に上がりました」
「確かにトラック35台が基地内に入って来ているのに、なんにも報告がないのは不気味だな。今回の件は理解した。我々としても、速やかな新兵たち1000名の移動は大歓迎なのだから、すぐにでもと行きたいが、さすがにそれは無理だ。ドック・ヤールセン少佐、あす朝一番での移動は可能ですか?」
「可能です、そのように準備させます。では、明朝5時に出発できるよう駐車場に集合させます。明日は、皆さんに挨拶できませんが、今までのご配慮を感謝します」
「了解しました、明朝の移動については私から基地首脳に連絡をしておきます。あちらでのご活躍を期待しております。で、君たちだが、申し訳ないが、こんな時間だから宿泊所の手配ができないのだが、どうするね?」
「我々にはお構いなく。乗ってきたトラックで明日まで待機しておきます」
「せめて朝食くらいは用意しよう。あす朝4時に食堂に朝食を用意させるから利用してくれ」
「ご配慮、感謝致します」
さすがに、午後10時にいきなり50名近くの人間を泊めてくれと言われても無理だわな。
ビジネスホテルでも50名は無理だ。
元々夜間訓練中だったし、トラックでの野宿はしょうがない。
朝食にありつけるだけましだ。
さ~皆のところに戻って仮眠でも取らせるか。
明日は早いぞ。
「では、我々はこれで。色々ご配慮ありがとうございました。ヤールセン少佐、あす5時に駐車場にてお待ちしております」といって、トラックまで戻り、明日に備えた。
新兵とはいえ、さすがにヤールセン少佐が厳しく鍛えているだけあって、5時前には全員乗車しており、5時にはジャングル方面軍司令部を出発出来た。
「少佐、ゆっくりしておいてください。朝食も摂っておりますので、このまま休憩を挟まず基地に向かいます。
途中運転手の交代で5分くらいの停車時間は取りますが、それ以外はノンストップで走りますのでご了承ください」
「あい、わかった」と言ったきりヤールセン少佐は我々に干渉してこなかった。
かれこれ5時間走ってきて、もうすぐ10時になろうかという時間で、「どうしますか」 と通信担当者が聞いてきた。
「報連相は基本中の基本だからな、定時の連絡は入れておこう。例え基地が見える位置に来ていてもだ」
「分かりました、入れておきます。現在位置基地手前5kmと無線しました」
基地に入り、司令部前の広場にトラックを止めると、そこには目の下にありありと隈を作ったサクラ旅団長とレイラ中佐が出迎えてくれた。
「あなたたち、一体どうしたの?」と驚いたように大声でサクラ旅団長が聞いてきた。
すると、トラック後方から大声で『全員、降車』とヤールセン少佐の声が聞こえると、一斉にトラックから、新兵1000名が降車しその場にて整列した。
「サクラ旅団長、新兵1000名、他、花園連隊からの応援部隊、無事到着しました」
「もう着いたの?何故真っ暗のジャングル内で迷わないの?これじゃ、訓練にならないじゃない」と声を震わせながらサクラ旅団長が愚痴を言ってきた。
「優秀さは認めるけれど。本当にあなたたちは無駄に優秀なのね。せめて、こちらの命令の裏まで読み取れるくらい優秀なら助かるのだけれど……いえ、そこまで読み取った上で帰ってきたのね。誰だってジャングルでの野宿は嫌だものね、命令がなければしょうがないか。それにしても早かったわね」
レイラ中佐も呆れと諦めの気持ちを込めてぼやいていた。
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