第56話 溢れる前に



「シバ、わかってるだろうな?寄り道せずに直ぐに戻ってこい。この基地には、やることがまだまだてんこ盛りだから、遊んでいる暇はない」

「わかっていますよ、おやっさん。一度通った道ですので、4日もあれば戻れます。方面軍司令部に話は通っているのだから、準備は出来ているでしょう。着いたら荷を積み込んで、すぐに戻ってきます」

「シバ中尉、気を付けて。こちらは、中尉が戻ってくるまでに水槽用の穴を掘り終えておきます」

「グラス少尉、悪いね。本来は工兵隊の仕事なのに手伝ってもらって。すぐに戻ってきますので、よろしくお願いします。ついでに俺がいない間、置いていきますのでマキアを鍛え直してやってください。少尉なら任せておいても大丈夫です」

「分かりました、中尉が戻るまで、マキアさんに俺の知っていることを教えておきます。行ってらっしゃい」と言って、倉庫前で2台の軍用トラックに乗り込んだシバ中尉達を、居残りの工兵隊と俺らが見送った。

 シバ中尉は、ジャングルを来た道を戻って、ジャングル方面軍司令部に浄化槽建設のための資材を取りに行った。

 来るときには1週間かかった道のりも、ルートがわかっているので2日もあれば着くそうだ。

 往復で4日の予定で資材を取りに行く。

 基地の整備は待ったなしの状態で、どこもかしこも作業が行われているが、下水の問題が急浮上したため、工兵隊総出で下水処理の件を先に片付けることになった。

 シバ中尉が資材を取りに行っている間も、出来る作業を行うため、残りの工兵隊をサカキ中佐が直々に面倒見ることになったが、あの人はこの基地の中心的な人物でとても忙しいため、なぜか俺が残りの工兵隊を指揮して、浄化槽を作る羽目になった。

 というのも、シバ中尉の上官である中隊長のシノブ大尉は、今朝早く第27場外発着場から、新しくサクラ旅団長の秘書官となったクリリン大尉とともに帝都へ出張していった。

 工兵隊にはあと一人士官がいるが、この士官は土木作業が専門外で、別の場所で基地整備に当たっており、工兵隊を使って土木作業をする士官が不在となる。

 なぜかサカキ中佐に気に入られたようで、俺がシバ中尉のいない4日間限定で工兵隊を指揮して、作業をすることを今朝早くサクラ旅団長から命じられたのだ。

 書類作業などで忙しい俺の副官のアプリコットは、そのまま書類作業をしてもらい、暇を持て余している山猫の皆さんには手伝ってもらって、浄化槽用の水槽を作るための穴掘り作業をすることとなった。

「縦横5mで深さ5mの穴をここに掘ります。建機がないので皆さん人力でお願いします」

「建機って何ですか」

俺は工兵から質問を受けたが面倒なので適当に答えておいた。

「さ~、文句を言わず頑張りましょう。水槽は全部で3つ作りますが、残りは建機も使えるでしょう。今は、みんなで協力して作りましょう」

 基地に残った工兵隊と山猫の総出で穴を掘り始めた。

 工兵隊は土木作業に慣れているので、驚きもしなかったが、女性の山猫の皆さんも様になって穴を掘っているのには驚いた。

 なんでも前線ではしょっちゅう塹壕を掘らされたとかで、穴掘りには慣れているのだとか。俺よりも様になっているので、こちらは現場監督に徹した。

 もとより体力もない俺が掘ればみんなの邪魔になるので、こればかりはしょうがない。それにここでは浄化槽の作り方を知る人間が俺しかいないので、ちょうど良かったのかも知れない。

 後で、アプリコットさんに話したら、呆れた顔をして、『士官は塹壕掘りなどしません。

 少尉が一緒になってやらなくて良かった。』と言っていた。

 つくづく体力のない俺としては、一般兵士にされなくて良かったと思った。

 そうでなければ、今ごろ筋肉痛で死んでいただろう。

 結局3日で2つの水槽を人力で掘り上げた。

 4日目の昼前にシバ中尉達が戻ってきた。

 でも、おかしい。

 行くときには2台の軍用トラックで司令部のあるロールストリングスに向かったはずの一行が、なぜ戻ってくると増えているのだ?


 それも、ものすごい台数で基地に入ってきた。


 これ全部入りきれるのか?

 数えてみると、トラック30台、機銃のついている軽車両25台、指揮車両10台の大名行列が基地に入ってきた。

 司令部前広場に全車両が止まり全員が降車して整列した。

 あ、シバ中尉たちのトラック2台は、そのまま倉庫前まで走らせていた。

 サクラ旅団長をはじめ基地のお偉いさん全員が広場に来ており、降車した兵士を出迎えた。

 サクラたち基地の首脳陣前で車列は止まり、全員が降車した。

 その数約1000名、大隊1つが新たに到着した。

「近衛第7連隊第13大隊 一人の欠員なく到着しました。これより、勅任特別旅団に着任します」

 超美人の女性士官がサクラ旅団長に報告をしていた。

「着任を認めます。ここまで、よく来てくれたわね。今までいた帝都にある基地とは全く違うことで驚いたでしょう。でも、本当の驚きはこれからよ。見ての通り、今基地全体で整備を行っている最中なの。あなた方の入る場所すらないのが現状よ。あなたたちの最初の仕事は自分たちの寝る場所の確保から始めてもらいます。あとは、マーガレットが案内しますので、指示に従って頂戴。マーガレット、後よろしくね。では、一旦解散します。あ~、ナターシャは私に付いてきてね、これからのことを相談したいから」

 そう話していたサクラ旅団長は、何やら悪巧みをしているかのような人の悪い笑顔を浮かべていた。

 あれ、あの顔は、俺も知っている。

 『お前も犠牲者となるんだよ』と悪魔に生贄を捧げる時の顔だ。

 この基地には、ろくなことはない。

 あの美人もかわいそうに、きっと胃に穴が開くことだろう。

 何しろ、美人ばかりとは言え1000名もの面倒を見なければならないのだから。

 美人ばかりだけれど、俺はパス。俺の周りにも美少女をはじめ美人がいるので、別に惜しくもなんともない。できることなら面倒に関わりたくないと思ってしまった。

 サクラたちが知れば『お前がその面倒ばかりを起こすのだろう』と顔を真っ赤にして怒りそうなことを考えていたのであった。

 さ~て、俺としては、シバ中尉も帰ってきたことだし、さっさと浄化槽を作り上げるとしよう。

 でないと、本当に下水が溢れる。

 新たに1000名も加わったのだから、待ったなしの状態だ。

「シバ中尉、早速で悪いのだけれど、コンクリートを作って、水槽を仕上げましょう」

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