グラス小隊始動する

第52話 倉庫の隅のポンプ


 朝、食事の後、サリーのところに様子を見に行ってから、やることがないので基地内を散歩していた。

 丁度、シバ中尉の工兵大隊が管理している大型倉庫の前まで来たら、昨日までジャングル探検をご一緒していたマキアさんが、何やら一生懸命倉庫の中と外を行ったり来たりしていた。

 彼女は、1週間前に墜落現場まで再調査に行くとき、共和国製の司令車の面倒を見るためにサカキ中佐が俺たちの部隊に付けてくれた15歳の二等兵だった。

 何でも、昨年14歳で入隊し、直ぐにシバ中尉の下で技術者として鍛えられ、やっと先月あたりから工具を使わせてもらえるようになったらしく、俺たちとの仕事が技術者としての初仕事だったとか。そのため、本当に一生懸命仕事をしてくれた。

 彼女に面倒を見てもらっていた俺たちの使っていた車は、共和国製で、しかも鉄砲水に流されたところを俺たちが勝手にいじり倒し、基地まで乗ってきたものだ。

 尤も、いじっていたのも技術者の素養のあるクランシー機長と彼女の部下のキョウ機関通信士だったので、デタラメとは言えなかったが、川原にあるものを無理やり使っての応急措置だったので、普通に使える状態に持っていくのは大変だっただろう。

 そんな車の整備を担当してもらい、なおかつ、ほかの仕事も嫌な顔一つせずに手伝ってもらった。

 昨日、基地に帰還して、彼女は元の隊に戻ったが、まだ、シバ中尉たちは戻っては来ておらず、彼女は一人倉庫で作業中のようだ。


 ちょこまかちょこまかとリスのように動き回っている姿は、ちょっと可愛い。

 なんだか癒される。

 中年男性が美少女をぼ~っと見ている図は、自分でも思うがなんだか怪しい。

 不審者として警察に通報される前に、声をかけた。

「マキアさ~ん。何しているの?」

「あ、少尉。おはようございます」

「あ、おはよう。ところで、さっきから、倉庫の中と外を行ったり来たりいているけど何していたの?」

「あ、これですか。今日辺りに、隊長達が川原から戻ってくるそうなので、倉庫の整理をしていました。ここのトラック総出で行ったので、持ち帰り品もたくさんになりそうだったから、少しでも、倉庫に入るように整理をしていました」

「マキアさんは働き者だな。自主的に整理をするなんて、偉いな~」

「そうじゃありません。ちっとも偉くなんかありません。うちの隊は、サカキ中佐から厳しく鍛えられたシバ中尉が仕切っております。そのため、サカキ中佐の教えが徹底していまして、分かりきった仕事は言われる前にしないとダメなんです」

「そういえば、前にシバ中尉も同じことを行っていたな。本当によく鍛えられているな。流石サカキ中佐にシバ中尉。俺にはとてもできそうにないな」

「何ができそうにないのですか、グラス少尉。おはようございます」

 いつの間にか、傍まで来ていたアプリコット准尉が声をかけてきた。

「あ、おはよう、マーリンさん。いや~、今、マキアさんと話していたのだけれど、サカキ中佐やシバ中尉はすごいな。きちんと部下をまとめて、指導しているな、と感心していたのだよ」

「サカキ中佐はすごい人です。帝国軍人でその存在を知らない人はいないでしょう。サカキ中佐のようにできなくとも、もう少し、少尉は軍人として隊を面倒見てもらわないと困ります。食堂に行ったと思ったら、すぐに行方をくらまし、少しは探す人のことも考えてください」

「え、俺のこと探していたの?基地内待機のはずだけど、何か仕事でもあったっけ?」

「あったっけ?…じゃありません!報告書の類は私の方で作りますが、少尉の承認が必要です。明日辺りに旅団長が戻ってきますので、それまでに報告書を完成させなければならないのに、それで探していたのです。それに、少尉は小隊長です。小隊長として、部下をまとめなければなりません。待機中はお休みではありません。部下を鍛え、直ぐにでも活動できる状態を保たなければならないのに」

 もう完全にお約束になってしまった准尉の少尉に対するお小言が始まった。

「お、何やら楽しそうなこと始めているな」と言ってメーリカさんが山猫の皆さんを連れてやってきた。

「楽しそうな事とはなんですか、軍曹。軍曹こそなにをしていたのですか?」

「何か仕事でもあったのか?待機任務中だと思っていたが。俺たちは、いつもの日課である朝のトレーニングをしていたが、まずかったかな」

「軍曹、あなたたちには上官の隊長がおりますので、隊長の指示に従う義務があります」

「そんなこと言ってもな~。昨日、隊長に聞いたら、別命があるまで、適当に時間を潰していてくれと言ってたから、これって、隊長の指示だよな。ね~、隊長」

「あ~、昨日な、俺になんか聞かれても、指示の出しようがなかったから、そう言ったけどまずかったかな?学校でもらった手帳にも禁止事項として書いてなかったのだけれど」

「あ~!」と言ってアプリコットは頭をおさえた。

「でも、隊のみなさんは訓練をしていたのですよね。自主的にそれができるのがせめてもの救いです」

「じゃ~、このままで、お願いね。上からの別命があるまで、山猫の面倒は引き続きメーリカさんが見ていてね。何かあったら、マーリンさん…違った…アプリコット准尉に相談してね」

「も~、分かりました。私は、旅団長に提出する報告書を作って持ってきますので、絶対に、内容をきちんと確認して、承認してください。分かりましたか? 少尉!」

「わかった、わかった、そんなに怒らなくてもいいのに。きちんと確認するから、報告書、よろしくね」

「ところで、少尉はなにしていたのかな?」

「いや~、マキアさんが一人で大変だなと思って、手伝おうかなと考えていたのだが。ほれ、『袖振り合うも多生の縁』と言うだろ。今まで面倒を見てもらったこともあるし、これからも整備の皆さんには色々ご迷惑をかけるしな。協力できることはしたいと思っていたから。それに、ほら、俺軍関係の仕事はからっきしダメだから。基地内では出来ること少ないし、出来ることやりたいしな」

「そういうことなら、俺たちも手伝うよ。な、みんな」

「「「分かりました」」」

「え~、手伝ってくださるのですか!でも、いいのですか?准尉から怒られませんか?」

「何もやらせないと、何しでかすか分かりませんから、ご迷惑でなければ手伝わせてください。その方が、あとで少尉を探すのに苦労しませんから」と、かなり酷いことをアプリコットは言い放って、事務所の方へ行ってしまった。

「良かった。本当は一人で困っていたのですよ。それじゃ~、奥から、邪魔なポンプを外に出すのを手伝ってください。大きすぎて一人では動かすこともできなかったから」といって、みんなを倉庫の中に案内していった。

 そこには、大きなポンプが複数台あった。

「あ~、これ懐かしいな。ここで、使われていたのかな」

「少尉、これご存知でしたのですか?」

「このポンプは、ボロロン社製PK-2で、このポンプ、業界内ではかなりの名器で迷機として有名だったから。俺も、かなりこれの面倒を見ていたしな。でも、使いこなせればこれほど便利でお得なポンプはないよ。まだ、十分に使えそうだしな」

「え~、でも、これ、隊長が廃棄すると言っていましたよ。これは、いじるなとも言っていましたから」

「それな、わかるよ。このポンプは別命『技術者潰し』とも言われているから、下手にいじって自信を無くさないように言われていたのじゃないかな」

「どういうことなの?」

「このポンプはいわゆる技術者の世界の常識が通じないものだから。論より証拠じゃないけれど、俺が教えてあげるよ。どうせ捨てるのだろ?外に出して、俺が整備してみるから横で見ていなよ。それじゃ~、みんなで外にだそう」と言って、一台のポンプを倉庫前まで運んでいった。

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