第51話 サクラの帰還


「殿下、明日私は基地に帰ります。殿下の期待に添えるよう現地の整備にあたります」

「そうか、わかった。よろしく頼むよ。困ったことがあったら遠慮なく相談してくれ。こちらで私の出来ることならば協力は惜しまないから」

 殿下のこの言葉を聞いたサクラは、一瞬悪い顔をして、『殿下も、一緒に地獄を見るといいよね』と不敬なことを考えたのか、

「それなれば、殿下に折り入ってお願いがございます」

「なんだね、出来ることならば、全力で協力を惜しまないから、言ってみるといい」

「はい。現在、私の拝命した旅団は、旅団として機能できるよう全力で整備に当たっております。軍の各地から、お約束通り、人員が転属されてきますが、それにより非常に困った事態に陥っております。現在船で移動中の1000名の新兵の件ですが、旅団の整備も儘ならない現状では、新兵1000名を受け入れることができません。受け入れ先がないのです。当然、私には受け入れ先の隊を作る権限が与えられておりますので、作ればいいのですが、作れません。理由は、隊をまとめる士官が不足しているからです。いや、不足ではなく、士官がいません。現在いる士官は全員ほかの任についており、当然部下も率いております。彼らの隊には、1000名を振り分けて配属することができません。士官がいないのです。小隊を作るための尉官がおりません。少尉、中尉の手配をお願いできないでしょうか」

「フェルマン、どうにかなるかね」

「は、殿下、あらかじめ根回しをした上で、殿下の要請という形で人事院に当たれば可能かと思われます」

「ネックは根回しか」

「副官のマーガレットを置いていきます。マーガレットと一緒に手配をできるだけ速やかにお願いします。このままだと、基地が機能不全に陥る恐れが多分にあります」

「よし、わかった、皇太子府を上げて手配に当たろう」

「殿下、計画の大幅な前倒しによって、かねてから準備していました府内の軍部連絡局のジャングル担当部署にかなり余裕が出ます。彼ら全員の配転を提案します。思想調査もクリアしておりますし、彼らの仕事はほかに回しても大丈夫かと思われます」

「わかった、早速手配してくれ」

「で、いつまでに、何名手配ができますか」

「彼らは2日後にここに赴任予定だ。赴任前に転任の手続きを取ろう。内訳は、少尉4名、中尉1名の5名だ。皆先の政変で被害のあった穏健内政派だ」

「まだ、足りそうにありません。最低でもあと5名の少尉が必要です。よろしくお願いします。マーガレット、フェルマン侍従頭について、手配をお願いね」

「では、マーガレットさん行きますか」と言って、フェルマンはマーガレットを連れて行った。

 クリリンは状況を理解していなかったが、マーガレットの後ろ姿を見ていると、何処か遠くから『ドナドナ』が聞こえてきた気がした。

 サクラとクリリンもゆっくりはできず、翌日の出発までの時間、残りの仕事を片付けるため帝都内を走り回るのだった。

 人も足らなければ、人の入る建家も全然準備が出来ていない。

 『少しでも帝都でできることを』と、役所を中心に走り回り、根回しに奔走した。

 サクラたちは途中何度かマーガレットとすれ違ったが、彼女の顔から表情は消え、虚ろな目が印象的だった。

 もっとも、地獄を見ているのはサクラたちも例外ではなく、結局出発前には仮眠を3時間取るのがやっとの徹夜であった。

 それでもやりたいことの半分も出来てはおらず、直ぐにまた、ここに戻ることになることを覚悟しての帰還であった。

 飛行場はサクラたちが作業していた皇太子府のすぐそばにある。

 サクラたちの出発にはフェルマンとマーガレットが見送りに来ていた。

 マーガレットは今にも泣きそうな顔をして、『置いてかないで~』といった表情を浮かべていた。

「大丈夫、今度はナターシャやローリーにも同じことをさせるから。不公平はさせないから、みんなで仲良く地獄に行こ~」と、サクラはわけのわからない慰めをマーガレットにして機内に乗り込んでいった。

 サクラたちが基地につくのは明日の朝になる。

 クランシー機長は、折り返しでサカキ中佐の調査報告を持った基地の誰かしらと、またここまで戻ってくる予定だ。

 これからは、かなり頻繁に皇太子府とのやり取りが増えそうだった。

 近いうちに、ここにサクラたちの幕僚を駐在させる必要があるとサクラは感じていた。

 順調に飛行を続け、予定通りにサクラたちは第27場外発着場に着陸した。

 サクラには3回目の、クリリンにとっては初めての訪問であった。

「本当に何もない飛行場ね」とサクラは思わず感想を口にした。

「驚きました。こんなにジャングルの奥深くにあるとは思いもしませんでした」

「遠慮しなくてもいいわよ。こんな僻地で驚いたでしょ。私も感じたから。これは絶対左遷されたと、ここに来た時みんなが感じたことだから」

「海軍の基地は、どこも港のそばにあります。陸戦隊だけは例外で、一部は内陸にも基地がありますが、それでも市街地のそばです。こんなに何もない場所の基地は初めてです」

「陸軍もほぼ同じよ。ここだけが例外。ここに来た時に、基地さえ整備できれば仕事はほとんどなくなるねと思っていたけれど、現実はその真逆ね。仕事が次から次にどこからともなく降って湧いてくるから、今も戸惑っているの。協力してね」とサクラはクリリンを気遣いながら言葉をかけた。

 その後小声で『仕事は皇太子府とあいつが次から次に作り出しているようなものだけど』と言っていたのをクリリンは聞き逃さなかった。

「ハイ、私のできる限りの協力はさせていただきます」とクリリンは返事を返した。

 遠くから、トラックの走る音が聞こえ、サクラたちを迎えに来た。

「お帰りなさい、旅団長」

「ただいま、レイラ。基地には変わったことない」

「サカキ中佐が今朝戻りました。今、彼の隊が片付けをしているのを見ながら迎えに来たので、基地についたら報告があるでしょう。私からも、共和国関連の報告があります。とりあえず、基地に向かいましょう。ところで、そちらは海軍陸戦隊の隊長、名前は確かクリリン レッドベリー大尉でしたっけ。その方がなぜここに?とてもじゃないですが、海軍との共同作戦は無理ですよ」

「紹介がまだだったわね。私の秘書官に海軍から出向してきてもらったクリリンよ」

「クリリン レッドベリー 大尉です。帝都で殿下の命により、高名なサクラ大佐の秘書官を拝命しました。よろしくお願いします。レイラ フジバヤシ中佐。でも、驚きました。高名なレイラ中佐が私の名前を知っていてくださったなんて、光栄です」

「あなたも有名人だから、基地にいるほとんどの人は、名前を知っていると思うわよ、特に男連中は。あなた美人だから。それより、朝食まだでしょ、基地に準備してあるから、戻りましょ」

 レイラの乗ってきたトラックに、サクラたちを乗せ基地まで戻っていった。

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