第49話 巨頭会談


 皇太子府にある小さな会議室の一室で、急遽乗り込んできたトラピスト伯爵とリン伯爵に対して今日は殿下ご自身が会談に臨んでいた。

 今回の会談は、色々公にできない内容のため、非公式で行われている。

 記録を残さないし、また、随行する者も極端に絞り、外部への情報の流出に配慮されて行われている。

 そのため、急進攻勢派からは先に挙げた伯爵の両名のみで、対する皇太子府からは殿下と侍従頭の2名のこじんまりした会談であった。

「殿下、どういうことかご説明願います」

「は? 伯爵のご質問の意図がつかめないのだが」

「とぼけられても困ります。昨日の件です」

 伯爵はかなりの剣幕で、不敬と取られかねないぎりぎりの形で、殿下に圧力をかけてきた。

 しかし、急進攻勢派の動向を読み切っていた皇太子府側は、平然と受け流し、反撃を加えていった。

「あ~、昨日帝都を騒がせた一件か?そのことなら、皇帝陛下からご不快の念を伝えられた。その件で、私からあなた方を叱責しなければならなくなった。ご自身の派閥くらいきちんと管理しておいてください」

 トラピスト伯爵も必死である。

 いくら暴発寸前とは言え未遂での拘束を認めることはできず、秘密裏に彼らを解放させ、できれば、先日来要求している機長たちの身柄の引渡しも実現したい。

 そのため、忙しい中、2度も会談に臨んでいるのである。

「そもそも、そちらの茶番に端を発したのが、今回の騒動の原因であるので、これ以上帝国を騒がせるのはいかがなものですか。速やかに、彼らを解放して、また、彼らの暴走の原因となった件もご検討ください」

「これは異なことをおっしゃる。茶番が何を指しているか分からないが、機長の件ならば、昨日も来た連中に説明した。皇太子府として、帝国の法律を無視して事に及ぶことはできない。範を示さなければならない帝室が、自ら瑕疵を承知で人を雇うわけにはいかない。そもそも、帝室の権威がどうのといったのは伯爵ではないか。昨日の連中が連れてきたパイロットは法的に『北斗』を操縦できない。彼らには、『北斗』の操縦資格がなかった。すれば違法行為となる。クランシー機長たちは、機種転換訓練を済ませたので、法的に問題なく操縦できる。よって、代替要員としては失格であった。暴れていた連中はそれが不満だったのかな?どちらにしても、預かっている連中で落ち着いているのはすぐにでも解放する用意がある。しかし、解放するにあたってお二方に正式に身元引受をしてもらう必要がある」

「ありがとうございます、殿下。しかし殿下のおっしゃり様では、直ぐに解放できない者がいると」

 伯爵の問いに、殿下に代わり侍従頭のフェルマンが資料を見ながら答えた。

「スタンホート子爵の御子息と男爵の御子息数名、他10数名の騎士爵が近衛の呼びかけにも応じず、激しく抵抗したようで、貴族憲章 第2項を適応して逮捕拘禁したとか聞いております。今頃は、コソ泥と同じ留置所で、裁判を待っている状態だとか。この貴族憲章 第2項とは、私もはじめ聞いたときには、わかりませんでしたが、帝室が認める官憲の説得に応じず抵抗したものは、貴族の権利を一時停止し一般と変わらぬ処置ができるそうで、なんでも、発効は20年ぶりだとか聞いております。かの連中も、さぞ無理なことをしでかしたのでしょう。何しろ20年ぶりの珍事を引き起こしたのだから」

 交渉を進めている伯爵のこめかみがヒクヒク動いているのがよくわかる。

 額から出る汗をぬぐいながら、話を続けた。

「彼らも、そのまま解放はできませんか?私が責任をもって、大人しくさせますので」

「正式に誓約書を書いてくだされば可能です。しかし、次はありませんよ。この件では陛下もかなりご立腹されております。もし、次があれば、騒乱罪、国家反逆罪での逮捕となりますよ。その場合に、今回の誓約書もあるので、伯爵たちにも類は及びます。ご注意ください」

 その後、輸送機墜落調査の速報も伝え、急進攻勢派が望んでいる『クランシー機長たちに罪を被せる』ことが難しくなっていることも伝えられた。

 事故調査委員会の査問会議は、多くの場合、墜落した飛行機の調査が難しく、関係者の証言のみでなされるのが通例であった。

 そのため、急進攻勢派は、関係者の証言をいじれるので、いかようにも査問会議の結果を出せると踏んでいた。

 しかし、今回の場合、帝国の多くの技術者が神様と崇めているサカキ中佐が、直々に現場で実物を調査し報告を上げてきたので、権勢を誇る伯爵といえども、まともな技術者からの証言を改変することは絶望的で、クランシー機長に罪を被せるのが難しくなってきているのを理解した。

 その為、この場にて伯爵は、自分達主導で査問会議を開くことを断念した。

 今回、身柄を拘束されている急進攻勢派の数が多すぎた。

 彼らを救出しなければ、派閥の求心力を失う恐れがあり、この場の交渉では、強く出れず、殿下との会談は伯爵たちの敗北で終わった。

 今回の巨頭会談で、帝都での一連の騒ぎも終了した感はあった。

 しかし、これだけ帝都を騒がせたのだから、うやむやのうちに事態が収束するわけがなかった。

 後に大きな禍根となって帰ってくるのであった。


 その頃、

 別室で、昨日からほぼ徹夜で騒動の沈静化に奔走していたサクラたちは、間一髪の際どいタイミングで暴動を抑えるのに成功した。

 しかし、昨日からの奔走は、サクラたち一行にとって、後から湧いてきたおまけのような問題であって、根本的な問題が一向に片付いてはいないのであった。

 とりあえず暴動を抑え、一息入れて現実逃避をしていたサクラを、マーガレットが容赦なく現実に引き戻してきた。

「中断していた、士官確保の件ですが、今現在駐在武官補佐の中からの3人しか確保できていません。私は、もう出来ることはありません。正直ギブアップです」

 目の下に大きく隈を作っているマーガレットが、珍しく泣きを入れてくる。

「ギブアップが許されるのなら、私はとっくに両手を上げてギブアップしてるよ。できないから困っているのに。どうしよ~。ウ~  ウ~  ウ~ 私、本当に呪われているのかも」

 そこに、部屋の扉をノックする音が聞こえた。

 クリリンが「誰です?」とノックする人を誰何した。

「皇太子府 通信班 主席のモロゾフです。閣下に基地のレイラ中佐から、ダイレクト通信が入ってきておてります。何でも、緊急要件が発生したそうです。お手数ですが、地下の通信室までご同行願います」

「……分かりました」と言って、同室の二人を連れて通信室に入ってきた。

 無線で直接通信を始めて直ぐに「なんですって~~~また、あいつがしでかしたの。どうするのよ。この始末」

 無線機相手に怒鳴り散らすサクラを、二人は慌ててなだめに入った。

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