第48話 状況の打開


 マーガレットが優しくクリリンの両肩に手を添えて、宥めるように彼女を落ち着かせた。

 少し落ち着いた彼女から、説明を聞かされた。

 そもそもの発端は、昨日のことだった。

 サクラが、電話口で新兵の処遇について怒鳴られてから始まったデスマーチにおいて、新兵の基地までの輸送手配を、クリリンの提案に従い、出航していた海軍輸送艦を呼び戻して新兵を載せることで解決したのだが、これが当事者でない者たちに、いらぬ誤解を与えたうえ、帝都での戒厳令騒ぎにまで発展してしまった。

 クリリンは、何度も同じ説明を繰り返していた。

 この解決案件のどこに問題があるのか分からない二人は、なぜ当事者でない者が関係してくるのか、繰り返し説明されても、どうしても理解できなかった。

 そうこうしているうちに、侍従頭のフェルマンさんが食堂までやってきて、話に加わった。

 フェルマンさんは、クリリンの説明を聞いて、何か思い当たるフシがあったようで、状況を整理するために場所移動を提案し、皆で会議室までやってきた。

 黒板を使い状況を整理し始めて、やっと事の本質が見えてきた。

 まず、あいつら急進攻勢派の貴族連中は、執拗なまでにクランシー機長の身柄を欲していたようで、かなり無理をして、代替要員のパイロットを手配したのが、昨日のことであった。

 その際、最初に行ったのが、現在帝都にて機種転換訓練中の海軍パイロットの強引な引き抜き工作であった。

 これは失敗したが、これにより海軍と陸軍との間に、非常に大きな亀裂が生じた。

 海軍は、『我々は陸軍の奴隷ではない』と、かなり憤慨していたそうだ。

 どうにか、軍令部副本部長の調停工作(海軍宛に非公式な侘びを入れたそうだ。)が行われ、とりあえず事態の推移を見るということで落ち着いてきたところで、出港したはずの海軍輸送艦『天啓』が、非常に慌てた様子で戻ってきたのを、多くの海軍関係者に目撃された。

『何事か?』と様子を伺っていると、輸送艦乗組員が陸軍新兵(サクラ旅団)を、まるでお姫様をエスコートするかのように、輸送艦に誘っているではないか。

 状況を理解していない海軍関係者には、傲慢な陸軍が自らの新兵にまで、海軍をかしずかせているように見えた。

『陸軍はやはり海軍を奴隷かおまけのようにしか見ていない!』とかなりいきり立っていたところに、輸送艦が戻ってきた経緯が『陸軍から電話1本で戻された』と伝えられ、これがトドメになり暴発する寸前まで沸点が上がっているのであった。

 しかし、輸送船については全くの誤解であるため、暴発寸前の海軍を海軍陸戦隊がなだめて、辛うじて暴発を止めているが、楽観は許される状況ではない。

 そもそも、輸送船の呼び戻しの件については、かなりの誤解が生じている。

 最初の電話にしてもそうだ。

 海軍から出向してきているクリリンのひとつ上の同郷の先輩が、海軍輸送艦隊司令部に勤めており、クリリンが電話でその先輩に相談したのが始まりであった。

 クリリンは、先輩に相談後、皇太子府から正式な要請を文書で輸送艦隊司令部あてに出そうとしていたが、先輩が『天啓』の船長をよく知っており、船長に直接要望を伝えたところ、簡単に『それじゃ~、直ぐにもどるね。サクラ大佐に連絡入れておいてね』と軽~い返事をもらい、皇太子府からの要請は出せずじまいとなった。

 確かに、サクラ側からは、電話を1本、それもクリリンから、先輩にかけた電話だけであった。

 噂は、ある意味的を射てはいたが、真実かというとそうでもなかった。

 今回は、本来動かない組織が、余りにも簡単に軽く動いたのが真相であった。

 なんでも、ゴンドワナ大陸にあるタッツーの港は鎮守府が置かれてはいるが、さほど大きくはない。そこに、引越し作戦進行中のため、多数の船が順番を待っている状況だったのである。帝都のある大きな軍港2つを使って出航させているのに受け入れ側は小さな軍港がひとつ、誰が考えても受け入れ側で渋滞を起こす。

 戻らずに航海を続けても港の外で1日、悪くすると2日待つことになり、戻っても拘束される日数に変化はなかった。

 それに、渋滞が好きな船長はいない。

 おまけに、今回の航海にかかる予算は帝国政府から青天井で要求できるので、燃料費を気にしなくて良いため、『それじゃ~最大船速で戻ってみましょうか』と、船長の遊び心でのサービスを乗員である花園連隊の連中も気に入って『やいのやいの』と大はしゃぎして、乗組員と大いに盛り上がり派手な入港となってしまったようだった。

 この輸送船『天啓』は、積載量は従来の輸送船とほとんど変わりはないが、船足だけはやたらと早い。

 最大船速は下手な駆逐艦と変わらないくらいは出せる。ただし燃費が非常に悪くなるので、そう簡単には出すことはできない。

 しかし、燃費を気にしなくて良いなら、出してみたいのが人情である。

 港直前まで最大船速で航行、入港直前で、最大減速を行ったものだから、非常に派手に見えただろうことは容易に予想できる。

 でも、これが乗っていた連中には非常に受けた。

 なにかのアトラクションにでも乗っているような感覚だったとか。でもこのおかげで、乗組員と花園連隊の連中が仲良くなり、新兵の受け入れ時にも乗組員がサービス精神を過剰に発揮して、騒ぎになるような出迎えをしたのが、真相であった。

 真相が分かるにつれ、その内容に一同が固まった。

「何やっているの、あなたたちは~」とサクラだけでなく、フェルマンさんも頭を抱えた。

 早速サクラは、フェルマンさんに提案した。

 皇太子府からラジオ局に要請して、ニュースとして流してもらい、サクラ旅団が大いに感謝していることを広く知らしめてもらうことで、海軍の沸点を下げることができる。

 フェルマンさんも同意して、直ぐに行動に移していった。

「マーガレット、すぐに作文するわよ。海軍の輸送艦隊の皆さんを持ち上げながら真相を知らせるのよ。ただし、このまま全てを知らせるわけにはいかないからね」

「わかっています。あまりにもバカバカしく、このまま知らせるわけにも行きませんから」

「さて、残りはあの連中の始末だけれど、帝都内での連隊の移動は済んでいますよね。それなら、近衛は手が空いているはず。近衛に帝都内を巡回してもらい、暴発しそうなあの連中を『騒乱準備』の容疑で徹底的に身柄を確保してもらいましょ。実際、帝都で騒乱が起こりそうなところまであったのだから。近衛第2師団長に私から直接要請を出しておきます。フェルマン侍従頭、問題はありませんよね」

「大丈夫です。先ほど来た連中は、実際にかなり不敬なことを口にしておりましたから。こちらからも、正式に命令を出しておきます」

 これら一連の働きによって帝都での不穏な動きに歯止めがかかり、徐々に帝都は落ち着きを取り戻していった。

 しかし、この動きに泡を食ったのが、急進攻勢派の連中であった。

 帝都内で次々に同じ派閥に属している貴族が,近衛に身柄を拘束されていったのであった。

 身柄を拘束される貴族は、日頃からかなり攻撃的な言動の目立つ連中がほとんどであったが、さすがに次々に身柄を拘束されては、派閥として黙っているわけにも行かず、またもや、大物が動かなければならない状況になった。

 翌日には、また、急進攻勢派の伯爵2人と騒動の中心?と思われている皇太子との2回目の会談が持たれる運びとなった。

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