第46話 騒乱勃発、 新たなる政争へ

 その頃、統合参謀本部 副本部長のトラピスト伯爵は、同じく急進攻勢派の重鎮であるリン伯爵と帝都にある自身の私邸にて、渋い顔を浮かべながら密談を続けていた。

 いくら自身の派閥構成メンバーからの突き上げがあったとはいえ、昨日の海軍全体を敵に回した事態の深刻さを痛感して、派閥を挙げて事態の収束を図るべく招集をかけたのだ。

 重鎮の二人だけが別室に籠り、各方面への指示を飛ばしていた。

 それ以外の派閥を構成する貴族たちは、別室に集められ、事の成り行きを見守るしかなかった。

 それでも、その別室では、今までの海軍への不満をここで一気に爆発させ、過激な意見が多勢を占めていた。

 というのも、政治的には誰ひとり逆らうこともできないほど権勢を誇る急進攻勢派であったが、帝都に限れば、その力の源泉である陸軍の直接的な力(絶対的人数)は海軍よりも劣り、その上には、帝室直属の近衛侍従隊が武力的にも、人数的にも、抜きん出ており、若いやや跳ねっ返りの貴族たちには面白くない環境であった。

 そこに、今回の騒動が起こったのだから、一気に帝都から海軍を追い出し、絶対数でも近衛侍従隊を追い抜き、帝都においても、我々急進攻勢派が絶対的優位に立ちたいという願望に駆られていたのであった。

 もし、彼らの思惑通りになったら、もはや帝室は成り立たない。彼らの考えは帝室に対し不敬きわまりないものなのだが、不満を述べている彼らにはわからない。

 暴発すれば、完全に反乱でしかなく、帝国上げて駆逐されるということに気づいていないのだった。

 それだけに、彼らと別れ、別室にて二人で事態の収束にあたっているトラピスト、リン両伯爵は難しい舵取りをしている最中であった。

「昨日の、パイロット引き抜きはまずかった。もはや、クランシー機長は諦めざるを得ないか」

「海軍には、あの後私からすぐに詫びを入れたが、まだ、くすぶっていて収束には至っていない。しかし、パイロットの件は手配がついたようで、今、バーグとシーフリーに命じて、皇太子に引渡しを要求しに行っている。じきに、ここへ連れてくる手はずになっている。でないと、あの連中を納得させられない。それこそ、暴発したら終わりだ」

「それなら、一安心だ。彼女たちには悪いが、彼らの怒りの生贄になってもらうしかないからな。機長の罪状では、死罪は無理でも終身刑に近い懲役20年はいける。それで、彼らにも納得してもらうしかないだろう。さすがに、帝国の法律では、それ以上の刑罰は与えられないからな」

「この件は、それでいいかもしれないが、問題は海軍だ。今まで、中立を保っていた海軍に対して、やっと我々の工作が実を結び、次の人事異動では、陸軍ほどではないにしても、我々急進攻勢派が海軍も抑えられるというのに、昨日の一件で、計画は白紙に戻さなければならなくなった」

「修正で、どうにかならなかったのか」

「海軍省の長官から電話で、宣戦布告とも取れる最後通牒を昨日遅くにもらったばかりだから、下手なごまかしは効かない。下手をすれば、海軍の奴らも暴発しかねない。帝都には、海軍の誇る陸戦隊の降下部隊がまるまる残っているのだから、奴らが暴発すれば、それこそ帝国そのものがなくなるぞ。とにかく、下手は打てない。方針から、全て見直しだ」

 この部屋にいる二人は、かなり深刻な表情で、あれこれ検討をし始めた。

 そこに、トラピスト副本部長に付けられている、秘書官が飛び込んできた。

「副本部長、帝都内の海軍で、昨日に続き、良くない噂が飛び交っており、最悪戒厳令の発令を近衛侍従隊に要請しなければならないことになるやもしれません」

「噂?  噂とは、なんだ?パイロットの強引な引き抜きの件か?その件なら、昨日のうちに侘びを入れておいたぞ。次の人事での総司令の更迭で、無理やり収束させたが、違うのか?」

「違います。あの、非常に信じられないことですが、きのう出航した海軍輸送艦『天啓』を、陸軍が新兵輸送のため、電話1本で戻させた…と、海軍内に噂として出回っております」

「何、それは本当か?誰かのデマではないか?」

「いえ、昨日出航したはずの『天啓』が、先ほどフェニックスポートに戻ってきたそうです。これを見た海軍関係者が、『我々は、陸軍の下請けでも奴隷でもない。』と、かなりいきり立っているそうです。それを、陸戦隊総出で、なだめているとのことです。暴発の防止と船につきましては、確認が取れております」

「船を呼び戻しての新兵の移動など聞いておらんぞ。誰だ、そんな勝手なことをしたのは」

「確認は取れておりませんが、新兵1000名の移動は、サクラ大佐のところかと思われます。帝都より移動する多量の新兵はあそこしかありません」

 それを聞いた二人は一斉に頭を抱え、途方にくれていた。

 そこに次の一報が館の執事よりもたらされる。

「旦那様、今しがた、バーグ男爵、シーフリー男爵が訪ねてまいりました。旦那様に面会を希望しておりますが、いかがなされますか?」

「とりあえず、直ぐに会おう。ここに、全員連れて参れ」

「かしこまりました」と言って、執事が下がり、数分と待たず二人が青い顔をして入って来た。

「伯爵、とんでもないことになり、申し訳ありません」

 ふたりの男爵は土下座する勢いで、深々とお辞儀をして、伯爵に侘びを入れた。

「なに、何が起こった?それより、引き取った身柄はどうした?よもや逃げられたのではあるまいな?」

「逃げたのなら、捕まえれば良いだけのこと、そのようなことで済めば良かったのですが…」といって、今しがた起きた皇太子府での出来事を説明した。

 その説明を聞いたトラピスト伯爵は激怒して『何を、そんな茶番許されるわけがあるものか』と怒鳴って、今にも暴発する勢いであった。

 それを、彼の秘書官と、リン伯爵がどうにかなだめ、「その件は、ここにいる他では、誰が知っている?」と聞いてきた。

「我々以外では、同行したリーゲル総司令とその秘書官、それと皇太子府のメンバーです」

「とりあえず、箝口令だな。誰にも言うな。特に、別室にいる連中には絶対に伝えるな」

「ここから漏れなくとも、皇太子府から情報が漏れるのでは?」

「ここから、直接漏れなければ良いのだ。皇太子府から、漏れても、正確な情報までつかめない。それで良いのだ。今は、連中の暴発を止めるのだ。でないと、帝都に戒厳令が発せられる」

 色々な思惑が絡んだ偶然から、帝都は一触即発の状態になってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る