第45話 いよいよ騒乱が…
陸軍航空総合司令部の司令長官室に、彼の秘書官がやつれた顔で入ってきた。
「司令長官、見つけました。やっと、輸送機のパイロット経験者2名を確保しました。一人が遠方のため、明日の午後1時にここ陸軍帝都飛行場に到着します」
「ご苦労、それで、経歴には問題はないな?」
「はい、一人は先月退任したばかりの予備役パイロットで、退任直前まで輸送機『飛鯨』の機長でした。もうひとりは、軍属で、陸軍関係の輸送の仕事をしているパイロットです。
彼は、ほぼクランシー機長と同じ経歴を歩んでいます。両名とも『ゴルドバ』の飛行ライセンス保持者です」
「それは、でかした。明日、私が、ここから直接、皇太子府に両名を連れて行く。ありがとう、もう君は下がってよし」といって、秘書官を下がらせ、統合作戦本部のトラピスト副本部長に連絡を取った。
副本部長はさすがに多忙で、明日のパイロット交換には立ち会えないため、同じ派閥内でクランシー機長の身柄拘束を強く望んでいたメンバーのリーダーであるバーグ男爵とシーフリー男爵に同行して、皇太子への面会を行うよう指示を受けた。
皇太子府に対しては、副本部長の方で明日午後2時にアポイントを取り付けた。
翌日、陸軍航空総司令リーゲル男爵は、陸軍帝都飛行場で、バーグ男爵、シーフリー男爵両名と落ち合い、なんにも状況を理解していない、飛行場に到着したばかりのパイロット2名を連れて皇太子府に向かった。
午後2時5分前に皇太子府に到着した一行は、先日と同じ部屋に通された。
今回はさすがに皇太子との面会は叶わなかったが、代わりに侍従頭を務めるフェルマンと、行政執行部から出向してきているノートン課長補佐、それに我らがヒロインサクラ大佐と言いたいところだったが、さすがのサクラ大佐も超多忙のために、彼女の副官のマーガレットが同席していた。
会場で、両陣営は、そつなく挨拶を済ませた。
全く状況を理解していないパイロットには気の毒であったが、早速本題に入っていった。
「フェルマン殿、先日の殿下とのお約束通り交代要員を連れてきましたが、クランシー機長はここにいないようですが、どこにおられますか?」
「彼女たちは、今晩からの終夜飛行に備え、別室で仮眠を取ってもらっております」
「我々は、今晩にもここ帝都を出発しなければなりませんが、ここで今、急にパイロットを交代して大丈夫でしょうか?」と切実で素直な気持ちをマーガレット副官が漏らした。
「彼らの経歴にはなんにも問題はありません。大丈夫です」
リーゲル総司令が答えた。
「すぐに、彼女たちの身柄を渡してください。なんなら、私が彼女たちを起こしてきましょうか?」と皮肉を込めた調子でバーグ男爵が続けて言った。
「ちょっと待ってください。先日の話し合いでそちらから、法的に瑕疵のある採用は帝国の権威に関わるとおっしゃっていました。お手数をおかけしますが、法的な確認をさせてください。なに、そんなにお手間はとらせませんから」とノートン課長補佐は、持っていたファイルを開き、チェックシートを見ながら、訳も分からず連れてこられたパイロットに対して話しかけた。
「お二方は、航空総司令がお連れしたので、飛行ライセンスまでは確認しませんが、機種別ライセンスの確認をさせてください。
お手数ですが、『北斗』の機種別操縦資格書のご提示をお願いします」
「「えっ???『北斗』とは、なんのことですか?」」
「どういうことですか?お二方は、『北斗』を知らない。当然、機種別操縦資格書はお持ちでは無いのですね?」
「「ありません」」
「バーグ男爵、いや、リーゲル総司令、これはどういうことですか?『北斗』の機種別操縦資格書をお持ちでない方に『北斗』を操縦させるわけには行きませんよ。法的に明らかに違法行為になってしまいます」と、課長補佐と急進攻勢派とのやり取りを聞いていたフェルマン侍従頭はおもむろに、「我々の作った航空隊は、先日の話し合いでもご説明したように、軍とは明らかに別組織です。帝国の法律にない行為はできません。仮に、軍内部であって特別運用がなされる場合でも、運用後1月以内に元老院の承諾が必要になりますが、その承諾のための準備もなさっていないご様子では、パイロットの交代には応じるわけには行きません。今回は、打ち合わされた方と、別な方が準備にあたっていたようで、齟齬があったのでしょう。我々はそのように理解します」
シーフリー男爵が「経歴は、クランシー機長と同じではないか。なんにも問題はない。難癖をつけずにすぐに交代させてください」
やや怒り気味に課長補佐に食ってかかった。
これを彼はすました顔で「同じでは、ありませんよ、シーフリー男爵。彼女たちは、4日前から、機種転換訓練を行い、その翌日に評価を受け、2日前に正式に行政執行部 国土交通開発局 局長名でライセンスが発行されております。私どもが発行しておりますので、きちんと確認は済んでおります。ちなみに、クランシー機長が、『北斗』の機種転換評価試験の第1号だそうです」
「そんな、茶番に騙されないぞ」とほとんど喧嘩腰のバーグ男爵に対して、課長補佐は反論する。
「法律に基づいて、資格を有する正規パイロット同乗の訓練飛行10時間、そののち、資格保有者の宣言後の1時間の評価試験を済ませております。全く、訓練、評価に法的に瑕疵は見られませんでした。公開資料ですので、必要があれば閲覧できますよ」
「いつ、そんなことやる暇があった」
マーガレット副官が、怒った声で「あなた方が、パイロットの手配をしてくれなかったから、現地で私たちが法律の許す範囲でやって、ここまできたんじゃないの。こちらが悲鳴を上げて助けを頼んでも、全く無視をして何を言っているんですか。第27場外発着場から帝都までで、法的に問題ない方法はクランシー機長に機種転換訓練を兼ねての飛行で操縦してもらう以外方法はなかったの」
急進攻勢派にとって、邪魔なサクラ大佐であったため、ジャングルに行ったサクラ大佐たちについては、いかなる要求に対しても、いい加減に処理をしていたことがここに来てアダになった格好であった。
それでも諦めない急進攻勢派に対して、「皇太子府が法的に瑕疵があっては帝国の権威に関わるとおっしゃっていたのはあなた方です。もし、彼らの資格のないことをご存知で、それでも、あえて皇太子府に送り込もうとすることは、皇太子府に違法行為を働かせ、帝国の権威の失墜を狙った一種のテロ行為か、立太子された殿下の廃嫡を狙った不敬な行いですか?返答次第では、例え貴族の方といえど、いえ、貴族なら尚更、許されざることです。ご返答を頂きたい。それとも、すぐに貴族監察室に連絡して、あなた方の派閥全体を調べてもらった方がいいですか?」
それを聞いた貴族たちは青くなり、その場から逃げるように立ち去っていった。
その場に残されたふたりのパイロットは、ただただ呆然としているだけであった。
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