第44話 騒乱の兆し



 皇太子府にて、統合作戦本部 副本部長と無理やりランチミーティングに付き合わされたサクラたちは、まだ、皇太子府内にいる。

 サクラたち一行が帝都に来てからの激務を見るに見かねた侍従頭のフェルマンが、彼女たちのために皇太子府内に一室を用意して、そればかりか彼・女たちのサポートのために、秘書官としてクリリン・レッドベリー大尉をあてがってくれた。

 なぜ、たかが侍従頭である彼が、すぐに部屋を用意できたうえに、海軍きっての英才であるクリリンすら連れてこれたのかであるが、それは彼が、侍従組織のナンバー2である皇室副侍従長を兼務しており、その出身は、ゴット公爵の嫡男であったためであることと、しかも、彼の父であるゴット公爵が先の政変で著しく力を落としているとは言え、急進攻勢派の対抗勢力である穏健内政派のトップを務めているためであった。

 そのため、自身の派閥が抑えている海軍から、とびきり優秀で若い士官を連れてこれたのである。

 で、その若くとびきり優秀な士官のクリリン大尉とはどういう人かというと、陸軍のサクラ大佐にたいして、彼女は、海軍の誇る女性士官で、つい先週まで海軍きっての切り込み戦闘集団である海軍陸戦隊のエースであった。

 そのクリリンが一通の通信文書を携えて,サクラたちが詰めている部屋の扉をノックした。

「クリリンです。旅団基地より通信が入りましたので、お持ちしました」と言って、部屋に入り、通信文の入ったファイルをサクラに渡した。

「おじ様から事故報告の第一報だわ。急ぐ必要があったのかしらね」

 クリリンが続けて「でも、『北斗』クルーについてゴタゴタしている今ですから、彼女たちの処遇に関して、少しでも有利な情報はありがたいものです」

「こちらの誰かが要求でもしたのかしら」とマーガレットも会話に加わった。

 通信文を読んでいたサクラは段々と厳しい顔になっていった。

 その場にいた二人は、何が書かれているのか気にはなっていたが、サクラからの指示を待った。

「この内容を知っているのは誰かしら」

「旅団長宛の通信文ですから、暗号を解読した通信担当士官だけかと思います」

「すぐに、内容の箝口令を敷いてちょうだい。あと皇太子府で、誰と相談したものか。クリリン、ちょっと政治的に微妙な問題だけれど、皇太子府の組織として、誰かと相談したいのだけれど、心当たりない?」

「それでしたら、侍従頭のフェルマンさんがいいと思います」

「至急面会したいのだけれど、たのめますか」

「分かりました」と言ったクリリンは驚いたことに、サクラの机の上にある電話を取り直接フェルマンに連絡を取った。

 貴族社会にどっぷり浸かった帝都では、軍中央でもありえないことだが、すぐに直連絡の取れる環境は素晴らしいと感じた。

 さらに驚いたことに、5分としないうちにフェルマン本人がサクラの部屋にやってきた。

 応接セットもない狭い部屋のため立ち話となったが、話された通信文の内容は驚くべきものだった。

 クランシー機長の操縦で墜落した『ゴルドバ』初号機の直接の墜落原因は、左エンジン冷却用オイルの漏洩と、燃料供給パイプの破損によるエンジン停止によるものだった。

 オイルと燃料を供給する金属パイプの疲労破壊が原因で起こったことで、通常ではありえないことだそうだ。

 それらは、経年劣化を恐れ、定期的に交換されなければならない部品であるが、サカキの見立てでは、少なくとも20年は交換された形跡はなく、下手をすれば作られた時から交換されなかったのでは、といってきている。

 しかし、通信文の本当の意味で恐ろしいことは、その後に書かれた内容だった。

 輸送機尾翼を支えるところに、明らかに後から付けられた傷が入っていた。

 これは、金属疲労とは明らかに違い、極めて人為的なものだそうだ。

 これらから、推論される結論は、あの輸送機は、ある意図を持った者に人為的に墜落させられる計画で飛ばされたが、ずさんな整備のため、整備不良にて墜落したのものと判断される。

 最後に、この工作をした人間について、能力不足をこき下ろしていた。

 何でも、最近の量産機では、あの細工で充分飛行機を落とすこともできるだろうが、流石初号機だけあって、主要部分がかなり頑丈にできていたため、今回のような結果になったのだろうと。

 きちんと整備されていれば、あの傷は発見されるし、そもそも、きちんと整備しようとすると、あの機体は古すぎる。

 とっくの昔に廃棄されてなければならないものだそうだ。

 文面はかなり怒っている。

 サクラは、この事実に驚いたが、別の一面で、怒っているサカキのおじ様のそばにいなくてよかったと、ホッとしている自分がいるのに少し情けなくなった。

「問題は、誰を狙った犯行かということですね」

 部屋に居た全員が思った感想であった。

「どちらにしても、この文章だけで、犯行と不正の2点の問題点が提起されたわけだから、すぐに調査しよう」

「誰が、調査してくれますの?大物が関わっていたら、事実が握りつぶされるかもしれません」

「ですから、軍監察官室に極秘に調査させます。幸い、私の配下にあたりますから。すぐに取り掛かります」と言って、今度はフェルマン侍従頭がサクラの部屋の電話を取って、監察官室 室長を呼び出していた。

「さすがにぬかりないサカキ中佐ですね。次の基地からの便に報告書と証拠品を載せると書いてあります」

「少なくとも、報告書だけでも届けばクランシー機長たちは、無罪放免で、逆に被害者となりますから、先ほどの彼らから文句を言われなくて済みますね」

「この件に関しては、我々皇太子府で責任を持って処理しますので、サクラ大佐に至っては、静観をお願いできないでしょうか」

 それを聞いたサクラは満面の笑みを浮かべ「厄介事のひとつを丸投げするには忍びないのですが、お願いします」

 ちっとも忍びない表情ではなく、ヤレヤレよかったといった感情が全面に現れた表情で言っても説得力ないのだが、フェルマン侍従頭も自分からの提案であるので、この場を笑って収めた。

「それにしても、次から次に色々問題が起きるわね。いったい、何時になったら少し落ち着けるのだろう」と、遠い表情でこぼしていたサクラが印象的であった。

 そんな『ぼー』とした時間も一つの電話で終わりが来た。

 電話を取ったマーガレットが電話で怒鳴られた。

『新兵をいつまでほって置くのだ。指揮官なら責任を持て~』

 傍にいたサクラにも聞こえる声は、今朝、あったばかりのドック ヤールセン少佐その人だった。

 マーガレットはヤールセン少佐に謝り電話を終えた。

「すぐに手配するわよ。クリリンも手伝ってちょうだい。受け入れ先はマーガレットにお願いね。ジャングル方面司令部に泥をかぶってもらいましょ。司令部に連絡をいれて預けて頂戴。クリリンは移動の手配ね。どこかで輸送船手配できないかしら」

「それでしたら、昨日出港した『天啓』を呼び戻してはいかがでしょうか。あれなら、あと1000名は乗せられます。少し窮屈ですが」

「少しくらいの窮屈がなんですか、あいつら引越しで楽をしているのだから、少しくらい辛い目を合わないと、ずるいと思わない?私と、マーガレットがどれだけ地獄を見ているか少しは思い知ればいいのだわ。それで、クリリン大尉、できるの?できるなら、お願いしていいかしら」

 かなりブラックの入ったサクラの一言にドン引きしたクリリンであったが、『あいつら』がサクラの花園連隊のことを指していることを察して、すぐに「分かりました。早速手配します」と言って部屋を出て行った。

「移動と、現地での面倒をナターシャとローリーに任せるから、連絡をいれといて。お願いね、マーガレット」

「分かりました、旅団長。彼女たちも、少しくらい苦労してもバチは当たりませんから」 と最後は小声で呟いて、作業にかかっていった。

 どこまでも、慌ただしいサクラの幕僚たちであった。

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