第43話 バカの暴走


 トラピスト伯爵は、殿下との会談を終え直ぐに自身が勤めている統合作戦本部庁舎の副本部長室に戻った。

 自身の席につくやいなや、秘書官を呼び出し、輸送機『北斗』のパイロット不在の件について、報告を求めた。

 慌ててやってきた秘書官が、さらに慌てて副本部長室を飛び出し、情報の集約に走った。

 その間に、トラピスト伯爵は電話で、陸軍航空司令部の司令官を呼び出した。

 現在陸軍航空総合司令部の司令官は先の政変で代わり、同じ急進攻勢派のリーゲル男爵が勤めている。階級は陸軍中将であった。

 直ぐにリーゲル司令官が副本部長室に自身の秘書官を伴って入ってきた。

「輸送機『北斗』のパイロットの件は何か聞いているか?」

「『北斗』…あ~、先日正式採用された輸送機の件ですね。何でも海軍さんは、かなりお熱のようで、頻繁に兵部整備部詣でをしてたと聞いています。あのパイロットも、そこの管理下にあるものと聞いておりますので、私のところまではなかなか情報は上がってきませんが、何かありましたか?」

「そのパイロットが使い物にならなくなったそうだ。しかし、『北斗』は、すぐにでも使用したいと殿下のご希望だ。パイロットを準備したい」

「分かりました。ほかならぬ伯爵のお願いとあっては、断れませんな。で、期限はどれくらいもらえますか?」

「明日までだ。明日、皇太子府に連れて行く。できれば今日中に探し出せ」

 航空司令官は、顔色を変えずに了承していたが、秘書官は青くなっていた。

 このご時世に明日まで、実質今日中にパイロット、それも輸送機を操縦できるパイロットを2人探さなければならないことの難しさを理解していた。

 しかし、彼の理解も大甘であったといえよう。

 明日までの期限では、帝都周辺から集めなければならないが、陸軍の航空主力が既にゴンドワナ大陸に移動しており、帝都周辺には、陸軍管轄では航空機もパイロットもともに絶対数が不足している。

 誰でもいいから、パイロット1人を探すだけでも無理筋のところで、2人の双発機パイロットを探すのなんか絶対に不可能であった。

 それでも、秘書官は、庁舎内を走り回り、航空総司令部内の人事担当者を全員集め、検討を始めた。

 結果は直ぐに判明した。

 陸軍内に、すぐに動かせる双発機のパイロットは、帝都周辺には一人もいない。帝国内全土に拡げても、予備役のパイロットがひとりいるだけで、その人ですら、今から手配したところで帝都に到着するのは、どんなに急いでも明日の昼までかかる。

 とりあえず、彼を呼び寄せるよう緊急手配して、わかった事柄を司令官に報告に上がった。

 当然、報告を聞いた司令官は激怒した。

「どんなことをしても、集めろ。必要なら、民間運用されている飛行機のパイロットでもさらってこい。絶対命令だ」

 けんもほろろに、報告に上がった秘書官を叱りつけ、部屋から追い出した。

 秘書官は、もう一度先ほど検討していた部屋に戻り、待機していた人事担当者と再度の検討を始めたが、時間ばかりが過ぎ、結論には至らなかった。

 室内には重い空気が支配していた。

 ある担当者が、「帝都周辺では、パイロット人口は海軍の方が圧倒的に多いのに我々にはその権限はないからな~」とこぼしたのを聞いた秘書官が、すぐさま電話を取り、海軍航空司令部にいる知人に連絡を取った。

 しかし、結果はどこも同じであった。

 海軍では、厳しいパイロット事情の中『北斗』の正式採用を受け、なんとかやりくりをして機種転換プログラムを組み、『北斗』パイロットの養成を始めたばかりであった。

 秘書官は、もう一度勇気を持って、司令官に海軍事情までも含め報告に上がった。

 その報告を受けた司令官は、

「よし、わかった。俺が海軍に行って連れてこよう。すぐに、海軍航空司令部にアポを取れ」 と言い出した。

 彼が強気になる背景には、海軍航空司令部では、まだ急進攻勢派は主勢力ではなく、むしろ今落ち目の穏健内政派が主勢力であるためであった。

 しかし、海軍全体でみても、中立派が主勢力を占めており、むしろ実情としては陸軍のように急進攻勢派の無理が聞きにくい環境にあった。

 司令官は、今絶対的権勢を誇る急進攻勢派の重鎮トラピスト伯爵の依頼だから、落ち目の穏健内政派の長官なんか脅せば、すぐにでも唯々諾々とこちらの要求を飲むだろうと安易に考えていた。

 今、帝都郊外にある海軍航空隊管轄の飛行場には、厳しいパイロット事情の中から、無理して集めた10名のベテランパイロットが、兵部整備局 新兵器開発部から出向して来ている2名の『北斗』パイロットを講師として、機種転換プログラムの訓練を受けていた。

 何を勘違いしたか陸軍航空総司令のリーゲル男爵は、12名のパイロットを見て、二人をすぐよこせと高飛車に海軍に要求を突きつけた。

 それを受けた海軍航空司令は、「出来るわけないだろ。できるものなら、海軍省の長官にでも話をつけろ。長官の命令以外は聞けない」と要求を突っぱねた。

 この話は、またたく間に海軍中を走り抜けた。

 陸軍は何を考えている。

 海軍は陸軍の下請けでも部下でもない。

 急進攻勢派の連中は自分たちが皇帝陛下にでもなったつもりなのではないか。

 と、海軍は陸軍に対して、強い敵愾心を持った。

 せっかく、花園連隊の引越し作戦で陸海軍の連携が取れようとしているのに、その動きに水を差すことになった。

 すぐさま、この話を聞いた海軍省長官は話の発端になった急進攻勢派の重鎮であるトラピスト伯爵に連絡をとった。

「今、海軍中が陸軍に対して協力できる環境にありません。もし、副本部長権限で、海軍からパイロットを取り上げたら致命的です。そうなれば、副本部長たちが計画しているゴンドワナ大陸での作戦において、海軍は一切の協力はできません。兵員の輸送から、物資の補給まで、陸軍独自でお願いします。少なくとも、私には状況改善させることはできません。私を、解雇しますか?もし、私を、私だけを解雇しても状況は変わりません。状況を改善させたければ、海軍20万人全員を解雇して、別の人に変えなければならないと思いますよ。お好きにどうぞ」といった最後通牒のような、極めて強力な脅し文句が長官からあった。

 副本部長は何が起こったのか理解できず、情報の把握に努めた。

 すぐに情報は入ってきた。

 自分の派閥が海軍に喧嘩をふっかけたのが原因であった。

 副本部長はすぐに海軍長官に非を認め、事態の鎮静化を図ったが、最終的に原因である陸軍航空総司令を更迭することで一応の決着を見た。

 一方、航空総司令の秘書官たちは、貴族仲間の伝までも総動員して、双発機のパイロットをしている軍属を見つけた。

 経歴的には、問題のクランシー機長と同年代で、同じような経歴を持っていた。

 後の祭りではあったが、予備役の人と軍属の二人を確保して、航空総司令に報告した。

 彼は、本当に優秀な秘書官であった。

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