奔走 迷走

第42話 会議は踊る……

  

 伯爵は、配下からの直訴を受け、すぐさま派閥内の主要メンバーと連絡を取り、翌日の昼には皇太子と面談する運びに持っていった。

 配下の派閥メンバーからの強引とも言える願いであったが、トラピスト伯爵自身も思う所があって、同志であるリン伯爵と連れ立って皇太子府にやってきた。

 彼らと同行しているものは、伯爵に嘆願していたメンバーのうちリーダー格のバーグ男爵とシーフリー男爵、その他に騎士爵数名であった。

 皇太子への面会をほとんどアポなしで行える、これ一つとっても今の帝国における急進攻勢派の勢いが知れよう。

 昼少し前に、車十数台を連ねて、帝都郊外のランスロットにある皇太子府に乗り付けた伯爵一行は、到着するとすぐに、先日サクラたちと朝食を共にした、ホールに案内された。

 伯爵たちが席に着くと、ほとんど彼らを待たせずに、皇太子が、侍従長補佐兼皇太子府侍従頭のフェルマンを連れて入室した。

「殿下、この度は、私どもの急な面会のお願いをお聞き頂きありがとうございます」

「いやいや、たいしたことないさ。私も、機会があれば伯爵ときちんと話がしたいと考えていたところだったので、手間が省けてよかったと思っている。しかし、あまりに急な申し出のため、伯爵たちを十分にもてなす事ができず心苦しく思っている。あまりに貧相だが、時間もないことから、軽食でも取りながら始めようとするか」

 そう言いながら、殿下は背後に控えている侍従に合図を送った。

 侍従は、メイド達を引き連れて、サンドイッチ等の軽食の準備を始めた。

 皇太子に続き部屋に入ってきた皇太子府側の参加者は、行政執行部から出向しているノートン課長補佐他数名である。

 その同席者の中に、サクラ大佐とマーガレット補佐官も含まれていた。

 サクラ大佐は、昨日のパレードに引き続き仕事を多数抱えており、今朝は、早朝から帝都郊外の陸軍教育練兵場にて、サクラ旅団に昨日付けで配属された新兵たち千名と面会させられ、その場で人事面での調整を行っていた所を、皇太子からの緊急呼び出しで連れてこられたので、すこぶる機嫌が悪い。

 伯爵と殿下との面談は、このメンバーで昼食を取りながら行われる、いわゆるランチミーティング形式であった。

 これは、皇室との面談では極めて異例のことであったが、伯爵、殿下両名とも多忙を極めているのでやむをえない措置でもあった。

 もっとも、昼食の内容はサクラ達が経験した国賓待遇のものでなく、サンドイッチと飲み物といった本当の意味での軽食であった。

 会談の内容は、主導権争いそのものであって、とても食事を楽しめるものでないため、サクラ達にとってはむしろありがたかった。

 それでも、サクラは、『このクソ忙しい時にこちらの都合も考えずに何呼び出してんだ~

 伯爵、あんたのせいか?あんたが悪いんか?そもそも、帝都警備の私たちをあんな僻地に追いやっておいて、その上、この嫌がらせか。いいかげんにせ~よ~このボケ~』と相変わらずの不敬な感情を心に秘め、大人の対応をしていた。

「また、お会いしましたね。副本部長。今日は、軽食とは言えきちんと食事が取れるので安心しました」と、前回会った時の皮肉を込め伯爵に挨拶をした。

「忙しい中,サクラ大佐には、いろいろ無理を言って申し訳ないが、何を置いてもまずは、サクラ大佐にはお礼を言わなければならないな、パレードに参加してもらい感謝している。 帝都の市民に、英雄たちの出征を知らせておく必要があったので、無理をお願いしていたのは理解していたが、パレードに間に合ってよかった。基地の方は、滞りないかね?私で出来る範囲には協力させてもらうよ」

「ありがとうございます。その節はよろしくお願いします」

 といった感じで、会議は始まった。

 こんな感じで始まった会議はとても穏やかに進む…ハズはなかった。

 そもそもこの会議は皇太子府が作った航空隊に待ったをかけようとして伯爵たちが乗り込んできたのだった。

 その理由が伯爵たち側の感情の問題に端を発したことであって、正当な理由となりうるわけがない。

 権勢を笠に着て、ゴリ押しを図ろうとする伯爵たちに対して、皇太子側も素直に応じるわけには感情面でも、政治的にもいかない。

「立太子の礼を済ませて、すぐさま皇太子府を設立された殿下の手腕には驚きました。英邁とお噂されておりました殿下の一端を見た気がします。これで、帝国の未来も安心できます」

 『太子になったのなら、宮殿でおとなしくしてろよ、余計なことをして、帝国の政治関係者を煩わせるな』と伯爵の挨拶から始まって「まだまだ、若輩の身。将来、帝国のために、今から色々実践での経験を積みたくて、陛下にご無理を言って、立府させてもらいました。伯爵たち現場関係者の皆様にはご迷惑をおかけしますが、色々見聞するうえでも、また、勅任旅団の面倒を見る上でも、フットワークをよくするために、航空隊を作りました。我々が独自で持つことで、軍にはできる限り迷惑をかけなくて済みそうです。管理などは、侍従を通して、近衛が面倒を見ることで落ち着いているので、国軍への影響は最小限で済みます。よろしくお願いします」

 お前らが無茶ばかりして、帝国を破滅に導いているから、作った組織だ。

 お前らには文句は言わせない。

 人事面でも国軍とは一線を画いているので、『余計な口出しをするな~』と殿下も返した。

 室内はかなりピリピリした状況であった。

 段々と使われる言葉が、オブラートに包んだものから、直接的になってきた。

「皇太子府に召喚されたクルーたちですが、先の墜落に関して審議も済んでいません。審議の結果によっては、犯罪者になりうる者を栄えある帝室の一員に迎えるのは、帝国に奉職している身としては納得のできるものではありません。まず、嫌疑を晴らし、問題のないことを確認してからでも遅くはありませんと考えております」

「私たちは明日には、帝都を立たなければなりません。この度の帝国を上げての引越し大作戦に置いて、あの『北斗』は私の足として自由に使えるはずでしたが、パイロットがいなければ飛ばせません。副本部長がパイロットを召し上げるというのならば、作戦の中止を進言します。足がなければ、とてもあの無理な作戦の続行はできませんから。なんでしたら、私から作戦の失敗宣言を帝都にいる間に市民に向かって宣言しますが、いかがなものでしょうか」とサクラは、伯爵に挑発的なことを言ってきた。

 伯爵の取り巻きたちは一斉に、「「「何を言っている。帝国軍人はいかなる時も最善を尽くして、命令を達成させるものだ。帝国の英雄たるサクラ大佐の発言とはとても思えない」」」

 殿下が、取り巻きのヒートアップを抑え、「どうでしょう。伯爵。明日までに代わりのクルーをご用意いただけましたら、こちらも、伯爵たちの懸念事項に対して、対処できるのですが?」

 殿下の発言を聞いても、「とても1日で代わりを用意することなどできない」と取り巻きが言ってきた。

 すると、マーガレット副官が「1日ではありませんよ。1週間前に最初に第27場外発着場から、その翌日には皇太子府から、代わりのパイロットの要請が緊急重要事項として出されていたはずですよ。それでも、何も軍令部からアクションがないために我々が、それこそ無理を押して用意したものですよ。今更何を言っているのでしょうか」と、かなり辛辣に発言していた。

 彼女もここ数日の軍令部の対応というより急進攻勢派の横暴に腹を立てているらしい。

「分かりました、明日までに用意しますから、用意でき次第、速やかに彼女たちクルーの身柄を私たちに任せていただきます」


 最後に行政執行部から出向のノートン課長補佐が「先ほど、伯爵がおっしゃられてたとおり、栄えある帝室の一員になるわけですから、法的に問題がある人間を使うわけには行きませんからね。伯爵、お願いします」と言って、この異様な会議を締めた。

 サクラも、マーガレットも腹に溜まっていた物を幾分かは、吐き出したようで、朝食の時の不快感はなく、逆に晴れやかな気分になっていた。

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