第41話  事件発生の予感

  よく晴れた帝都で、あたりに響き渡る歓声が聞こえる。

 近衛の練兵場から宮殿まで伸びる街道沿いに、今まさに敵地に向かう花園連隊の勇姿を見ようと集まった市民たちからの声援であった。

「「「「ブル~連隊長~~~~」」」」

「「「今度こそは敵の息の根を仕留めてくださいよ~~」」」

「「「「「がんばって~~~」」」」

 … … …

「「「「元気に戻ってきて~~~」」」

 大勢の市民が、街道をパレードで進む花園連隊の最後の一団に暖かな声援をかけてくれる。

 花園連隊が宮殿に差し掛かったところで、一際大きな声援が上がった。

 宮殿正門前には見送りに来ていた皇室関係者が多数出ていた。

 なんと異例のことだが、その皇室関係者の中に皇太子殿下のお姿もあった。

 殿下は、満面の笑みを見せ、これで何の心配もなくなったかのような自信に満ち溢れた表情を見せていた。

 花園連隊の先頭を進んでいたブル連隊長ことサクラ大佐が、殿下の前で止まり、栄誉礼を受けていた。

「ブル連隊長率いる花園連隊の諸君。この度の出征は、帝国の未来がかかっている。君たちは、これまで幾度となく帝国の危機を救ってくれた。この度の出征でも、大きな戦果を期待している。君たちの双肩には、帝国だけではなく人類全体の未来がかかっているが、私は何ら心配してはいない。私にはこの先、優秀なブル連隊長に率いられた君たち花園連隊の勇敢な行動が見て取れる。君たちに私からお願いすることは、ただ一つである。この中から、誰ひとり欠けることなく全員が笑顔で戦果を持ち帰ってくることだ。頑張ってください」

 サクラは敬礼をしながら、殿下のお言葉を頂いた。

 その時の殿下とサクラの表情は、明らかに対称的だったのを見ていた市民は感じていた。

 殿下の表情は、『事此れに成りき』といった何ら曇りのない表情に対して、サクラの表情は『苦虫を噛み締めている』渋い表情であった。

 市民たちは、『流石のブル連隊長も、殿下の期待の大きさに緊張しているようだ』などと、好意的に噂していたが、当のサクラは、『何言っているんだボケ~。無理難題ばかりこちらに押し付けて、さっき会った時の無理は何~。何が第2弾よ。私は何のことだかさっぱりわからないまま、また、無理を押し付けられた。あのあとの食事の味が全くしなかった。そればかりか、あの後から、シクシクと胃が痛む。どうしてくれるんだ~  ボケ~~』

 と非常に不敬なことを心の中で、呪うように考えていたので、あのような表情になっていたのであった。

 このあとの事を考えると、サクラには絶望しか見えない。

 このあと予想される戦火での犠牲についてではなく、このあとしなければならない仕事が絶望以外何者でもないのだということに、体の変調が見られたのであった。

 サクラは、大人であり、ここまで組織内で出世することでもわかるように、きちんと大人の対応をしてみせた。もっともそれ以外の選択肢もなかったわけだが。

「近衛第2師団 第7連隊は、帝都の守備を離れ、これより戦地に向かいます。出征にあたり、殿下のお声を頂き、隊員一同、非常に感謝しております。また、集まって頂き、温かいご声援を頂きました市民の皆様のためにも、戦地において今まで以上に頑張ってまいります。行ってまいります」

 ここで、敬礼を解き、隊を進めた。


 サクラは、このまま最後の中隊と海軍鎮守府のある隣町のフェニックスポートまで同行した。

 そこで、最後まで残っていた帝国海軍の最新式輸送艦『天啓』に乗り込むのを見送った。

 隊の乗り込みが終了した頃には、あたりは真っ暗になっていた。

「この港町で夕食を取ってから帝都に戻りましょ」

「今日は、ここで泊まるわけではないのですか?」

「残念だけど、このあとも皇太子府で事務仕事が残っているのよ。当然だけど、あなたの分もしっかり用意されているから、安心してね。多分だけど、今日は、日も変わらないうちには寝れるだろうと、暗い目をした府の職員の方がおっしゃっていたわ」

「どこにいても、仕事はきちんと付いてきますね」

「一度くらい迷子にでもならないかしらね」

「同感です。では、食べられるうちに夕食を食べれるように、お勧めの食堂を調べてきます」

「よろしくね」


◇◇◇◇


 サクラたちが仕事に忙殺されているとき、帝都では新たな厄介事を作るべく動き出している輩がいた。

 昨日、皇太子府が発表した、新たに発足した皇太子府航空隊(仮)にクルーとして召喚されたメンバーについて、不満を持っている人たちがいたのである。

 これは、サクラの旅団に人員を合流させるために用意した輸送機で、”不幸な事故”が起きるのを期待していた人たちでもあった。

 そもそも、墜落した輸送機で運ばれていたのは「上官クラッシャー」「小隊長キラー」と言われていた山猫分隊や穏健内政派に属するアプリコットであり、彼ら山猫らに将来を潰された?人たちの親である貴族や、反対派に属するアプリコットの優秀さを恐れている派閥の主要メンバーたちにとっては邪魔な存在であった。

 その邪魔な存在である者たちを五体満足に目的地に運んでしまった輸送機のクルーたちは彼ら 貴族にとってすでに憎しみの対象になっている。

 なにせ貴族らは、彼女たちを乗せた輸送機がジャングルで墜落したニュースを聞いたときには小躍りして喜んでいた。

 クルーたちの遺族に多額の見舞金を出して、弔慰(彼らの中では祝意であったが)を表そうとしたくらいだった。

 それなのに、クルーたちは逆に彼女らを間一髪で無事に救い、あまつさえ、山猫たちにいたっては共和国の英雄を捕虜とする叙勲ものの成果をもたらしたと聞いて、我慢ができなくなっていたのであった。

 直接、山猫たちを糾弾するわけにはいかないので、感情の行きどころを、無事不時着させたクルーに向けた、単なる八つ当たりであった。

 クルーが帝都に戻り次第、墜落の責任を取らせ、パイロット資格の剥奪や、20年くらいの収監をしないと、気持ちが収まらなかった。

 彼らの中では、今回の叙勲物の栄誉は本来自分たちの息子が得られるはずのものであって、最後に現れた奴らのものではない。

 そんな、理不尽で我侭な感情が彼らの行動の根幹にあった。

 だが、そんな彼らの予定していた憂さ晴らしが、皇太子府からのクルー召喚のため進まず、『皇太子によって邪魔された』という不敬な感情を抱いていた。

 早速、彼らは『クルーたちの引渡し』のために、自分たちの派閥の重鎮に集団でお願いに当たった。

 派閥でも、アプリコットを亡き者にするチャンスを潰されたことで、クルーたちにあまりいい感情を抱いてはいなかった。

 また、実質派閥の長たるトラピスト伯爵に至っては、殺してやりたいグラスが生きて、なおかつ、早速手柄まで上げた原因のクルーに、いい感情など持つはずもなかった。

 普段なら、慎重居士のような伯爵であったが、早速皇太子に面談を申し込み、すぐに会えることになった。

 帝都では、政治がらみや、個人的な感情などにより、事件が起こりつつあった。

 このことが、後に大きなスキャンダル事件に発展していったのは、結果を知る者の特権でしかない。

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