第38話 帰りの苦行

 帰りの車内で、少女は先程より状態が持ち直したようで、いくらか良くなってきたように感じた。

 疲れているのか、やがて少女は眠りに就いた。

 ここから基地までは、どうしても2日は掛かる。

 途中で、野営をしなければならない。

 野営そのものは、さすがに数日経験しているので、問題なく準備できるが、今回は、往きにはいなかった、それもかなり衰弱している少女がいるので、それなりに気を遣う。

 少女とは、言葉が通じるので、コミュニケーションには問題がない。

 しかし、彼女はかなり衰弱しているので、思考力が低下しているようだった。

 まだ、こちらの隊員たちのうち、誰ともまともな会話に成功していなかった。

 こちらから話しかける内容は理解しているようで、指示には問題なく従ってくれている。

 皆が起こした火の回りに集まり、食事の用意をしている。

 皆が食する食事をそのまま少女に渡したものか考えていたが、少女の体調がまだ思わしくなく、とても食べられそうにないため、サバイバルキットに付属している非常食(ビスケットのような物)を細かく砕いて水に溶き、煮込んでスープ状のものを作った。

 乳幼児の離乳食をさらに薄めた様なものが出来上がった。

 多少、塩などで味は整えたけれど、決して美味しいものではないのだが、我慢してもらった。

 少女はコップに入ったそれを受け取り、ゆっくり飲むようにして食べた。

 味の方は、そこまで問題なかったようで、嫌な顔もせずに完食した。

 食後に、少女を火のそばで休ませた。

 その時間を使って、少女とコミュニケーションをとるべく、会話を試みた。

 やはり言葉は通じたようで、少女はここから、徒歩で3日離れた場所にある村の出身で、名前は、姓はなく『サリー』ということまでわかった。

 それ以上の情報は、少女の話すことが要領を得ず、引き出せなかった。

 会話で疲れたのか、少女が眠そうにしていたので、少女を車の中に作った簡易ベッドに寝かせ、兵士一人を介護兼見張りにつけた。

 残りのみんなと、火の回りに集まり、明日の予定などを確認していった。

 一通りの確認が済み、三々五々解散といった雰囲気になった時に、ジーナが、また際どいことを聞いてきた。

「小隊長、彼女を裸にしないのですか?」

「君は、俺をどういう人間だと思っているのかな。する必要がないのに、女性を裸にしたりしないよ。そもそも俺は今まで、嫌がる女性を無理に裸にしたいと考えたこともないよ」

「え~、私の裸を見たじゃないですか。私、男性に自分の裸を見せたいと考えたこともないのに、少尉に見られましたし、捕虜の方も、裸にしていたと聞いたものですから、てっきり、そういうこと好きな方と…」

 すると、横で聞いていたアプリコットが

「ジーナも、裸を見られたの?」

「『も』ってな~に、もしかして、アプリコットも見られたの?」

「基地の風呂で、しっかり見られた」

「少尉、もしかして、この小隊の女性全員の裸を見たとかありませんよね」

「そんなわけ、あるわけないだろ。まだ、全員の裸を見たわけないよ」

 すると、周りの空気が固まった。

「「「『まだ』なのですか」」」

「今のは言葉の綾だ。見ない。今後は、見ないよ。見るつもりも、微塵もない。本当だ、誓ってもいい」

 ……

 すると、山猫の兵士の一人がおもむろに、

「私たちの裸は、見る価値もないのですか?」

 周りの空気が完全に凍っている。

 周りに居た女性全員の目が冷たい。

 どうにかしてくれ。

 俺は、頑張って抵抗を試みた。

 いろいろ言い訳をしました。

 しかし、すればするほどドツボに嵌っていく自分が見えた。

 何を言ってもダメなやつだ。コレ。

 助けてくれ~。

「それくらいで、勘弁してあげたら。男なんてみんな同じこと考えているから。それに、さっきも言ったけど、風呂の件は私たちが後から乗り込んだことだし、少尉はスケベだけど、ヘタレなんだから、そんなことは絶対にしないよ、私が保証する。ここいらで許してあげなよ」

 この時のメーリカさんが天使に見えた。

 どうにか、メーリカさんの取りなしで、その場から逃げることを許された俺は、車に少女の様子を見に行き、そこで一晩を明かした。

 ほとんど寝つけなかった。

 今、基地に向け走っている車の中だが、非常に眠い。眠いが我慢。俺は出来る子だから頑張っている。

 先程、レイラ中佐と連絡が取れた。

 レイラ中佐は、現地人の保護を非常に重要視しているようで、調査隊の指揮をサカキ中佐に預け、一足先に基地に帰投したそうだ。

 なので、レイラ中佐は基地から、無線を飛ばしていた。

 中佐には、少女に関して得られた本当に少ない情報を伝えた。

 すると、中佐は、無理に情報を聞き出さなくても良いから、少女の心象だけは下げないよう厳重に注意された。

 よっぽど、今回の件を重要視しているようだった。

 先程、調査隊の調査ポイントに着き、サカキ中佐に一言報告を上げ、再度、車を走らせた。

 ここから基地まではあと半日かかりそうだった。

 車内では、少女が起きている間は、少女が疲れない範囲で、自分たちのことについて、わかりやすく話して聞かせた。

 少女は、それらを好意的に捉えてくれているようだった。

 ジーナはあれ以降、問題発言を控え、車内の空気を凍らせることはなかったが、俺は針のむしろに座らされている心境だった。

 少女を見つけてから、基地までは2日かかった。

 ブラック職場でのきつい仕事も多々経験したが、今までの人生で、これほどきつい2日はなかったと断言できる。

 基地までの2日は、本当に疲れた。

 帰りの2日の苦行がなければ楽だったのに、本当に疲れた。


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