第37話 少女を連れての帰投

「フ~、やっぱり、昨日までのようにはいかないか」

「そりゃ~そうだ。そう簡単にジャングルを走破出来たんじゃ、今頃ここは激戦地だ。見通しが効かず重機も入れなかったおかげで、ジャングル内の戦闘がなかったのだから。むしろ、私たちが、ジャングル内を車で走破しようとしていることが非常識なんじゃないですか」

「そうですね、むしろ、ジャングル内を驚異的な速度で移動していますよ。あの、シバ中尉が率いた工兵大隊は、ジャングル方面司令部から、基地まで1週間かかったそうです。その速度に比べれば倍以上の速度で移動していますね」

 一言漏らした感想に、付近の兵士たちから、常識を疑われているような言動を浴びせられ、少し凹んだ。

 たわいもない兵士たちの会話で、多くの場合、今みたいに俺だけが浮いてしまう。

 確かに、軍人としての常識は持ち合わせていないよ。

 帝国も共和国でさえも軍人は志願制で、自分たちが好きで?軍人という職業を選んだ彼女たちと、好きで軍人になったわけではない俺とは感性が違うことはしょうがないのだが、一般常識まで疑われるようなことが度々起こると、豆腐のような心臓を持っている俺は、簡単に凹む。丁度今しがたのように。

 車の隅でいじけていると、やや緊張感のこもった声で、通信機を担当している兵士が声を上げた。

「小隊長、バイクより緊急で通信です」

 直ぐに気持ちを入れ替えた俺は、「バイクはなんと言ってきている?」

「前方に人を発見。倒れて意識がないそうです。指示を待つそうです」

「付近に敵が見えないなら、十分に注意して様子を探ってくれ。くれぐれも、敵勢力と交戦は『無し』でお願いします。今までのルート捜索を直ちに中止して、我々も現場に向かう。バイクを1台直ぐに案内に回してくれ」

 車の周りの索敵及び地形の調査に出ているジーナの分隊兵士を呼び戻して状況を説明し、これから人命救助に向かう旨を伝え車内に待機した。

 直ぐにバイクも戻り、バイクの先導で現場に向かった。

 現場にいるバイクから続報が入った。

 周りに人気はなく、近づいて調査した結果、ひとりの少女が、足から血を流して、倒れているそうだ。

 年格好から、推定13~4才、共和国兵士ではなく、現地ローカルのようだ。

 意識はないが、呼吸はあり、まだ生きている。

 しかし、その呼吸も徐々に弱ってきているようだった。

 また、少女は、その様子から、かなり衰弱しているようだと、連絡が入った。

「衰弱した少女か~。用意だけはしておくか」と、ボソボソ独り言を呟きながら、糧秣の入っているコンテナ内をまさぐっていると、ジーナが聞いてきた。

「小隊長、何をしているのですか。その少女の服もまた剥ぎ取るのですか」

 さも聞きにくいことを、『思いっきり勇気を振り絞り聞きました!』なんて顔をしながら聞いてきた。

 一瞬で、車内の空気が凍りました。

 ええ、ジーナの一言で、あっという間に車内の空気が凍りましたよ。

 どうしてくれるのですか。

 そもそも、一体あなたは私をどういう人間だと思っているのですか?

 誰から、余計なことを吹き込まれたのですか?

 アプリコットですか?余計なことをジーナに吹き込んだのは。それとも、メーリカさんですか?部隊を面白くさせたくて、新人さんに余計なこと吹き込んだんですか?あとでゆっくりお話する必要を感じましたよ。

 それよりもまず、ジーナにお話をしましょう。

「誰から、何を聞いたか分からないが、「少尉、もう直ぐ着きます。バイク見えました」…あとで、ゆっくり話し合いましょう」

 ジーナとの話し合いを諦め、車内のみんなに向かって、「敵との遭遇に十分に注意、索敵を念入りにお願いします。メーリカ、アプリコット両名は俺に付いて少女の元に行くよ。誰か、糧秣の中から、砂糖と塩を探しておいてくれ、多分直ぐに使うことになるから」

 ここまで、マッピングをしてもらっていた整備担当が「私が、探しておきます。食料など、準備したのが私ですから」

「見つけ次第、水筒と一緒に持ってきてくれ」と言って、少女のもとに走っていった。

 倒れている少女は、服がところどころ破れ、足元は靴も履いてなく裸足で、そこらじゅうに擦り傷があり、かなり衰弱している様子だった。

「かなり危ないな」

 と言って、少女を抱き抱え、額に手を充てた。

 少し熱もある。

「悪い、メーリカ軍曹、誰かに言って車から救急箱をとってきてもらえないか。それと、携行している救急セットを使って、足の傷の手当てを頼む」

 メーリカの指示で、救急箱を取りに車へ一人の兵士が走り出すのと同時に、先ほど探し物を頼んだ兵士が砂糖と塩を持ってきた。

「コップに水を入れ、砂糖と塩を少し混ぜたのを作ってくれ」

 俺から言われた、兵士が作り出した。

「隊長、これでいいですか」

「少し、しょっぱいがこれを使うか」

 少女にコップで、少しづつ作った水を飲ませた。

 少女が、むせかえし、意識を取り戻したようだった。

 まだ、衰弱が酷く、意識は戻ったようだが、話を聞けるレベルではない。

「これ、自分で飲めるか?」と優しく聞くと、微かに頷き、少しづつ飲み始めた。

 少女をアプリコットに任せ、今度は自分で生理食塩水に砂糖を混ぜたお手製栄養補給ドリンクを作って水筒に入れてから車に戻り、レイラ中佐に連絡を入れた。

 少女を救うため、調査捜索を打ち切り、基地に帰投することを了承してもらい、

 全員に帰投の命令を出した。

「この娘を乗せ、基地に一刻も早く帰るぞ。衰弱が酷いから、基地で手当てをしないと取り返しがつかないことになる」

 全員を乗せ、基地に向かって車を出した。

 車では、水筒を体に抱き抱え栄養補給ドリンクを人肌まで温めてから、本当に少しづつゆっくりと、少女に飲ませた。

 周りには、異様な光景に見えたのか、かなり引かれた。

 ドン引き状態だったが、車内で人肌まで温める方法が他に思いつかなかったから、あえて周りの空気を読まなかった。

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