第35話 殿下との密談
輸送機『北斗』は順調に飛行して、翌朝午前4時には帝都上空に達していた。
夜間直掩についていた海軍の戦闘機も直掩を解き、基地のある空港へ帰っていった。
皇太子府からの無線指示により、出発の際に利用した帝都にある軍の飛行場へは着陸せず、帝都郊外にある一般のランスロット飛行場へ向かうこととなった。
ランスロット飛行場の傍に帝国の離宮であるランスロット城があり、現在ここに皇太子府が置かれている。
軍管理でないこの飛行場は、急進攻勢派の手が及びにくく、かつ、皇太子府のそばにあり、秘密裏の工作が容易な為、サクラたち一行が利用するのに、非常に都合の良い飛行場である。
輸送機『北斗』は、日の出前ではあったが、東の空が白みかけ、十分に明るくなっていたランスロット飛行場に無事着陸した。
皇室専用の駐機場まで機体を走らせ、そこで、停止し、ハッチを明け、タラップを下ろした。
毎回毎回、飛行機を降りるたびに驚かされていたサクラではあったが、今回の出迎えには、腰を抜かすほど驚いた。
朝の5時前の出迎えである。
捕虜の引取りや、クルーの引取りで、出迎えがあることは予想していたが、今目の前で、自分たちを出迎えているのは、皇太子殿下本人であった。
殿下の出迎えとはどんな嫌がらせかと、不謹慎にも考えてしまった自分を心の中で叱りつけ、気持ちを落ち着かせた。
それにしても、出迎えには殿下の一行の他、元老院から外交委員会の有志、捕虜の引取りに来ている外交執行部の長、それに行政執行部国土交通開発局の長など、皇太子府の企てに協力している帝国の重鎮が集まっており、驚かされた。
それだけ、この企てには帝国の未来がかかっているのだと、サクラは気持ちを引き締めた。
「おはようございます。殿下。まさか、殿下ご自身の出迎えを受けるとは考えてもおりませんでした。光栄の極みです」
「非公式なものだ、かしこまる必要はない。サクラ大佐には今回の件では色々迷惑をかけているしな。気にするな。それに、サクラ大佐と直接話し合わなければならないことも沢山あるし、あまり、固くなるな。公式の場でない限り、もっと砕けて話してもらって構わない。既に、一部の有志との間では、そうなっているのだから、サクラ大佐にも慣れてもらいたい」
捕虜の引取りが、軍ではなく、外交執行部が行うことに違和感を覚えたが、捕虜の2人を殿下の指示に従い外交執行部に引渡した。
また、本来の『北斗』クルーは、飛行場の医療関係者に引き継ぎ、クランシー機長たち一行については、出迎えに来ていた国土開発局の方に任せろということなので、遠慮なくお任せし、サクラは副官と一緒に殿下のエスコートで皇太子府に向かった。
ここから、皇太子府の置かれているランスロット城までは、車で10分とかからない。
6時前には皇太子府のあるランスロット城に着いた。
城に入ると直ぐに殿下より朝食のお誘いを受け、副官ともども遠慮なくお受けした。
殿下に続き部屋に入ったら、目の前に広げられた光景は『マーベラス』まさに素晴らしいの一言に尽きる。
6時前だというのに、国賓待遇のような朝食が私たちのために用意されていた。
驚きである。なぜ国賓待遇並みの食事が用意されている?
ほれみろ、副官のマーガレットなんか、目を点にして固まっている。
……ん?
マーガレット、お前は驚きすぎだ!
お前は、曲がりなりにも貴族の出だろう。
皇室との会食の経験くらいあるだろう。
……
いくら貴族の出でも、3女4女くらいだとそういった経験はないか。
私でも、近衛の慰労会で経験したくらいだからな。
その驚きも納得だ。
それにしても、私たち相手にこの待遇、いささか納得できないものがある。
ウフフ……
分かりました。
私は、分かってしまいました。
この食事を一口食べようものなら、その瞬間に天から神の声が聞こえ、達成できないような無理難題の試練を課せられることを。
私は、食べませんよ。
え~、その罠には掛かりません。
ん~~~
食べなくとも、試練を課せられることには変わりはないか。
同じなら、無駄な抵抗を止めて、食事を楽しみましょう。
「マーガレット、いつまで固まっているのですか。テーブルマナーくらいは大丈夫でしょう。せっかく殿下が用意してくださっているのだから、美味しくいただきましょう」
「遠慮なく、席についてくれ。朝食でも取りながら少し話をしよう」と、殿下が私たちを食事の席に促した。
「殿下、よろしいでしょうか?」と、お付の執事が殿下に合図を送ってきた。
「ん。そうしてくれ」と、殿下がおっしゃり、我々に向かって、「食事の前に大佐たちに紹介したい者がいるので、紹介させてくれ」
サクラたちが入ってきたのと別の扉が開き、そこから入ってきた者達が、これまた大物ばかりであった。
先頭を元老院副議長で近衛侍従の侍従長であるドラゴーノ公爵で、続いて、外交執行部の部長のソーノ子爵、財務相のシオジーノ伯爵、最後に情報局 局長のフマーノ男爵の4人であった。
全員が新聞などのメディアに頻繁に登場する帝国の重鎮である。
この会合には流石に参加できなかったが、元老院議長でサクラの父でもあるサクラ侯爵も同志であることが伝えられた。
サクラには悪い予感しかしない。
頭の中の警報がさっきから鳴りっぱなしであったが、逃げ出すことはかなわない。
しかし、諦めるには、危険すぎる。
食事に逃げるしかないと、朝食を食べ始めた。
しかし、周りは逃がしてはくれなかった。
「食事しながら聞いて欲しい。我々が、欲していた情報がサクラ大佐からもたらされた。共和国が、ジャングルを抜けて大攻勢をかけることは、疑いようもないところまできていると判断する」と殿下がおっしゃっていた。
サクラはなんのことか理解できなかったが、情報局長のフマーノ男爵が続けて、「確報まで至らなかったが、ジャングルからうちのレイラ中佐が上げてきた報告では、共和国がジャングルで軍団規模の活動している可能性が濃厚だそうだ」
その後、共和国の見通しなどをみんなで検討し、殿下がまとめた。
「当初計画の第1弾が予想より大幅に早く、サクラ大佐の尽力により終了したと考える。本日より、第2弾の計画を発動する。サクラ大佐には、ジャングルに戻り次第、可及的速やかに現地ローカル勢力との接触を試みてもらう。現地ローカル勢力の存在が確認でき次第、現地に我々の活動拠点を構築する。サクラ大佐には、その整備も合わせて要請する。以上だ」
ちょっと待て、第1弾ってなんだ?
私は聞いていないぞ。どういうことだ??
それに、まだ、基地の整備が終わっていない。
それどころか、私は、このあとのセレモニーで、帝都より出発式が行われる段階だぞ。
公表上では、私はまだ現地入りしていないことになっているのだぞ。
それなのに、第2弾ってなんだ。
むちゃぶりにも程がある。
勘弁してくれ。
このあとの食事は、味がわからないくらい落ち込んだ。
無茶振りは覚悟していたが、せめて、食事を楽しく終えてからにしてくれ。
今回の会食は、料理の味が分からなかった。
「私は呪われている」ブツブツ………
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