第34話 サクラの食事

 輸送機『北斗』は高度10,000mを巡航速度700km/hで順調に飛行していた。

「機長、すごいですよ、この機体。今まで乗っていた『ゴルドバ』の倍ではきかない速度で飛行しています。高度だって、今まで経験したことのない高さを飛行してるんですよ。信じられない」と、航法を担当している操縦士見習いのキャロットが、やや暴走気味に話しかけてきた。

「この高さと、この速度で飛んでいれば、敵さんにやられる心配もありませんね。敵に見つかっても逃げ切れますよ。この機体、まだ、限界速度ではないのでしょ?」

「はい、まだまだ出せるはずですよ。実際に、この機体でひと月前に782km/hまで出していますから。カタログスペックでも、760km/hとしてますし、そこまでは余裕で出せます。最高速度で、2時間までは保証しています。性能的には現在帝国所有の機体の中で1番だと思います」と、だいぶ回復したのか本来の副操縦士が解説してくれた。

 マリウス副操縦士が続けて「操縦桿の取り回しも軽くて、長時間飛行でも疲れにくい設計になっていますよね。操縦していて、とても楽です。今まで乗っていた『ゴルドバ』なんて、1時間も一人で操縦していたら、へばってしまいますから、本当に機長と交代で操縦していましたからね」

「あの機体は、筋トレにはもってこいの機体だったわね。でも、遂に最後の1機も墜落したから、あの筋トレは2度と経験できないでしょう。もう1度乗りたいとは思わないけれど」と、クランシー機長が苦笑いしながら答えてくれた。

「私からすれば、今に至るまで、よくあの機体を現役運用していたものだと、その方が驚きですよ。私たちでは、とてもできないことですから」

「私たちも、好きでしていたわけではないのですけれど、今思うと、本当によく飛ばしていたわねと思いますよ。この機体を1度でも操縦したならば、2度とあの機体には戻れないわね。本当に、良い機体だわ」と、クランシー機長は最後の方はやや寂しそうに話していた。

 帝都に戻れば、多分直ぐに墜落事故調査委員会という名の査問会議に懸けられ、最悪、操縦資格剥奪の可能性もあるのだから、心配しないほうがおかしいくらいだろう。

 でも、クランシー機長の身分は、先程の帝都からの無線で大きく変化していることを、彼女はまだ知らない。

 彼女は、臨時でこの機を操縦するために機種転換という茶番を演じているくらいしか認識がなかった。

 無線を担当していたキョウ通信機関士がタッツー鎮守府からの無線を受け取った。

「機長、タッツー鎮守府からの無線です。ドラゴンポート飛行場から、直掩機を1個小隊出すから、高度を6000mまで下げて欲しいそうです。夜間直掩の訓練を兼ねて、帝都まで援護してくれるそうです」

「了解しましたと返信してください。急に高度を下げると、旅団長たちが心配するでしょうから、キャロットは、無線記録を持って旅団長たちに知らせてきて。お願いね」

「分かりました、機長」と言って、キャロットは座っていたシートのベルトを外し、後部に知らせに行った。

「旅団長、まもなくタッツー上空を通過します。タッツーの鎮守府から無線で、直掩機を付けるので高度を下げるよう要請があり、まもなく高度を6,000mまで下げ飛行します」

「えー?あと1時間もすれば日没よ。直掩がつくの?」

 キャロットが通信記録を差し出しながら、「海軍さん、夜間飛行訓練を兼ねて直掩するそうです」

「随分、気前がいいわね。分かりました。飛行経路など、すべて機長にお任せしていますから、いいようにしてちょうだい。この分なら、あす早朝に帝都につきそうね」

「予定では、あす4時には、帝都上空に達します」

「分かりました、夜通しの操縦になるけど、機長によろしくと伝えてね」

「お気遣い、ありがとうございます。機長に伝えます」といって、サイン入りの通信記録を受け取り、コックピットに戻っていた。

 ギャレー担当の士官が交代で入ってきた。

「機長の様子はどうですか?」と、マーガレット副官が彼女に聞いた。

「飛行場で頂いた薬が効いたのか、今はぐっすりお休みです。様態も変化がありませんし、帝都まで、寝ていることでしょう」

「それは良かった。私たちのせいとも言えませんが、私たちを運ぶために無理をさせてしまいましたから、少し心配していました」

「我々も、命令で行動していますので、お気遣いなく。でも、この機体も正式採用されたので、しばらくは余裕が持てそうです。我々、帝都についたらゆっくり静養させてもらいます」

「そうなることを、心からお祈りします」

「それで、旅団長閣下、夜のお食事の準備はいかがされますか」

「閣下はやめてください。私は、まだ、大佐ですので、閣下の敬称は重たくて」

「これは失礼しました。旅団長の敬称は閣下と認識しておりましたから。これからは、大佐殿とお呼び致します。それで、お食事の準備をしてもよろしいでしょうか、大佐殿?」

「構わないわ、よろしくお願いします」

 暫くすると、しっかりとした食事が用意されてきた。

 サクラは、ふと、『私の食事の中で、行きと帰りの輸送機の中が一番まともな食事をしているのではないか?

 ゆっくりと、しかも美味しいデザートと香りのよい紅茶まで楽しめる贅沢が、輸送機の中だけだとは』と、なんだか悲しくなってきた。

 サクラは、最近、自分が偉くなればなるほど、食事が貧しくなってきていることに気づいた。

 気づいてはいけないことだったと後悔し、美味しそうな食事を前に、思いっきり凹んだ。

 マーガレット副官は、サクラの急な変化に戸惑った。

「旅団長、どうしました。なにかまずいことでも起こりましたでしょうか?」

「いいの、気にしないで。自分の境遇を呪っただけだから」

「?????」

 マーガレットは疑問が解けず、困惑しながらも、どうすることもできず、食事を続けるしかなかった。

 飛行機は徐々に高度を下げ、直掩機と合流を果たした。

 西日の射す空は赤くなり始め、とても綺麗だった。


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