第22話 ジーナの反省

 ここにひとりの少女がいる。

 名前をジーナという。そうサクラ旅団の幕僚たちが要注意人物に上げているその人である。

 彼女の素行に問題があるわけではなく、彼女の生い立ちにこそ問題がある。

 彼女は、先の政変で、軍部を掌握し、帝国全てに影響力を持った急進攻勢派の重鎮であるトラピスト伯爵の娘であった。


 現在サクラ大佐は非常に難しい立場にある。

 急進攻勢派は、近々この大陸で共和国に対して大攻勢を仕掛ける準備にかかっている。

 しかし、帝国内の良識派である軍部中立派と帝室はこの計画に非常に危機感を持っている。

 なぜならば、共和国もまた同じようにこの大陸で大攻勢を仕掛けるべく準備しており、一部入ってきた情報によれば、共和国は帝国よりも大規模に準備しており、さらにここジャングルからの迂回攻勢の準備も進行させている。

 しかし、帝国の軍部というより急進攻勢派はこの情報をまったく信じてはおらず、無視するスタンスで臨んでいる。

 帝室と元老院の良識派は、共和国のジャングルからの攻勢が成功すると、帝国が滅ぶことになることを理解しており、非常に警戒をしている。

 帝国は現在急進攻勢派の意向で政治が進められており、帝室及び国内の良識派はこれに表立って逆らって対応策を進めるわけにも行かず、秘密裏にことを勧めている。

 近年稀に見られるほど英邁と噂される皇太子が先ごろ晴れて成人となられ、これを期に皇太子に皇太子府を設立させ、元老院良識派と協力し、軍部中立派を取り込み密かに共和国の企みを阻むべく準備を始めた。


 サクラ大佐は、本来軍部中立派に属していたサクラ侯爵の娘で、早くから皇太子に注目され、取り込むべく下工作を始めたばかりであったが、先に急進攻勢派から目を付けられ、サクラ侯爵の元老院への転出を期に、帝都から遠くでかつ、国民の注目を浴びにくく、戦況への影響が極めて小さな地への移動を命じてきた。

 急進攻勢派は、先の共和国のジャングル攻勢の情報も利用して、かねてから、ジャングル方面の強化を希望していた現地の要望をかなえる形で、帝国内での人気、実績で群を抜いているサクラ大佐率いる花園連隊を中心に旅団を新設し、ジャングルの僻地に左遷することに成功した。


 帝室の一派はこの状況を逆に利用して、共和国を打つべく、サクラ大佐を中心とした現地体制の強化にかかった。

 最悪、急進攻勢派に対する帝室の逆襲とも取られかねない事態にサクラ本人の意思とは全く関係なくどっぷり浸かった状況であった。

 事情を知るサクラ旅団の幕僚たちは、自分たちサクラ旅団の幹部を帝室の一派で固めることに成功していたが、配下まではその限りではなく、自分たちの企みが、急進攻勢派に漏れることを恐れている。

 そのような状況下にあって、配属されてきた士官に、あの急進攻勢派の重鎮の娘がいたのだから、幕僚たちに緊張が走った。

 そのため、旅団内では、ジーナ准尉に最大限警戒することで、対応していくことを決めた。


 レイラ中佐はジーナ准尉の配属が本人の希望で、親の意向が全くなかったことを知っていたが、ジーナが親の意向に逆らってまでの配属とは知らなかった。

 そのジーナは、憧れのサクラ大佐と共に働けることに、天にも登る気持ちで、帝都より大型輸送機で、ここまで運ばれてきた。

 しかし、現地に到着するなり、サクラ旅団の置かれている状況に大きなショックを受けた。

 女性初の帝国の英雄に対する扱いにしては、あまりに酷く、この状況を作り出した自分の親と、その親が属している急進攻勢派を酷く嫌った。

 彼女は、この時点でアンチ急進攻勢派になったといってもいいだろう。

 幕僚たちがこの事実を知れば泣いて喜ぶのだが、全く知られることはなかった。

 ジーナはサクラ旅団が置かれている今の状況に酷くショックを受けたが、ここに配属されたことを後悔することはなかった。むしろ、この状況の改善のために逆に闘志を漲らせた。

 ジーナは優秀である。

 帝国始まって以来の才媛と謳われたサクラ大佐や最後までサクラ大佐と成績を競い合っていたレイラ中佐と比肩されるくらい優秀な成績で士官学校を卒業した。

 本来、彼女が望めば、帝都にある国軍総司令部にいきなり配属されることも可能であり、彼女の親は、それを強く希望していたが、本人は憧れのサクラ大佐の下に配属されることを強く望み、その希望が叶った。

 今回、配属された10名は、皆本人の希望でサクラ大佐のもとに来た。

 皆優秀であるが、その中でも、彼女ジーナと時には彼女以上と噂されることもあるアプリコットは、群を抜いて優秀であった。

 もっとも、今回配属された10名にアプリコット准尉はいない。

 彼女は今、ジャングル内で迷子中であった。

 そのジーナが、レイラ中佐の部下のうちで、もっとも彼女に信頼され、かつ非常に優秀である兵士3名を配下に付けられ、自分たちの詰所になる談話スペースの準備にあたっていた。


 スペース内に立ち込めたカビの匂いを追い出し、穴を塞ぎ、基地内を走り周り、机や椅子、黒板など必要な資材を集め取り付けた。

 全てを終了した時には夕方を回っていた。

 一度、レイラ隊長が小隊全員に集合を掛け、小隊本来の任務に当たらせようと指示を飛ばした。

 ジーナは彼女の優秀さを持って、小隊の副長を命じられ、レイラ少佐に代わって、小隊内の調整を行うことを求められた。

 自分を除いた9チームのリーダーである准尉たちを集め、順番を決め、基地周辺の哨戒に向かわせ、詰所待機組の任務も確認していた。

 それ以外のチームには、準待機、待機を決め、解散させた。

 すぐに書類仕事が発生し、一段落したのが、夜も遅くであった。

 配下についた兵士の一人が、仮設の風呂があることをジーナに伝え、一緒に誘ってきたので、風呂のある仮設テントに向かった。


 風呂に着くと、ちょうどレイラ隊長が部下を連れて風呂から出てくるところで、風呂上がりのレイラ隊長に大人の色気を感じた。

 ジーナは女性である自分が感じるくらいなのだから男性ならばさぞ魅了されるだろうと思ったくらいであった。

 軽く隊長に挨拶をし、ジーナも風呂に向かった。

 ジーナは、脱衣所で衣服を脱ぎ、浴槽に向かう。

 ふと、配属直前に実家に里帰りをした際の事件を思い出した。

『あの男性には悪いことをしたな。まだ、生きているのだろうか?』と、なにやら酷く物騒な感想なのだが、『あの男性』こそ、本編の主役である蒼草秀長が憑依しているグラス少尉のことである。

 執事たちの忠告を聞いていれば、彼に裸を見られることはなかったのに。また、騒ぎにならなければ親に知られることはなく、彼の生活も変わらなかったのに、彼に悪いことをしたなと、ジーナは彼に裸を見られたときのことを思い出していた。

 彼が、あの事件でカンカンに怒った父である伯爵によって、無理やり軍に入隊させられ、前線に送られたこと、また、彼には軍人の素養が全く無いことを、配属直前に見送りに来ていた、ジーナの母親から聞かされた。

 ジーナは自宅にいるときの自分の粗忽な振る舞いを大いに反省をしながら、浴槽に浸かっていた。

 当時を思い返し、男性に初めて自分の裸を見られたことに、今更ながら恥ずかしさを覚え、顔を赤くした。


 昼の喧騒が嘘のように、基地は静かに夜を迎えていた。

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