第23話 遠方のエンジン音

 ジーナの朝は早い。

 ジーナは軍に入った時から、自分を律し、朝は誰よりも早く起き、身を整えることを日課としていた。

 毎日、自然に目が覚めるわけではなく、人知れず苦労して、早起きをしていたのであるが、今朝は違った。

 いつもより、やや早めに、爽やかな気分に浸されながらの目覚めであった。

 決して、気持ちの良い環境ではない自室で、未だにカビ臭も抜け切れていないのではあるが、気分良く目覚めることができた。

 実家に帰って事件を起こして以来の入浴で、昨日は心身ともにリラックスできたようだった。

 基地に到着して以来感じていた、サクラ旅団への軍部の仕打ちに対する、心の奥底からふつふつと湧き上がるような怒りも入浴し一晩寝たことで落ち着き、自分たちで環境を変えていこうという前向きな気持ちになっていた。

 怒りが収まったわけではないが、怒りをモチベーションアップの燃料へ変えていった。

 こういうことが自然に出来るのが、まさに優秀な証であろう。

 気分良く、起床し、すぐに身支度を終え食堂へ向かった。

 まだ、日の出前ではあるが、基地は、サクラ大佐が到着して以来、眠ることを拒否するがごとく、24時間どこかしらで、作業が行われ、食堂も、同様に作業している兵士のサポートのため、24時間何かしらの物が食べれるように準備されていた。

 外がまだ暗いうちに食堂についたが、食堂には幾人かの兵士が思い思いに屯していた。

 ジーナはサンドイッチとコーヒーを受け取り、席について、食事を始めた。

 食べ始めてすぐに、一緒に基地に配属された、同期の准尉たちが、バラバラと食堂に入ってきた。

 彼女たちも皆優秀で、自分たちの行動を自分たちで律することができる者であった。

「おはよう ジーナ。何かいいことでもあった」と士官学校で一緒に学んできた友人のケートが声をかけてきた。

「おはよう、ケート。何もないわ。ただ、昨日は久しぶりに脚を伸ばして入浴できたから、ぐっすり寝られて、気分良く起きれたのかも」

「確かに、風呂は気持ちよかったわ。まさか、この基地ですぐに入浴できるとは思ってもみなかったから、驚きと、感謝の気持ちでいっぱいだわ」

 ジーナとケートがとりとめもない話で盛り上がっていると、順次ほかの同期も加わり、賑やかになっていった。

 そのうち一人がふと「本当に、見事に集まったわね。ここまで私たち同じクラスの仲間が集まると不思議だわ」と感想を述べた。

 士官学校は、成績順でクラス編成をとっており、彼女たちトップグループは同じクラスで長く一緒にいたので、性格などよく知ったものたちであった。当然いじめなどなく、仲も良かった。

「でも、一人欠けているわ」と同じクラスであったアプリコットのことを話題した娘がいた。

「彼女のその後、知っている娘はいるの?」とジーナが集まったみんなに聞いてみたが、誰も知らなかった。

 しかし、ひとりが、アプリコットは卒業後予備役に回されたかもしれないという噂を教えてくれた。

 アプリコットはあまりに優秀であったため、慣例よりも2歳若くして14歳で士官学校へ入学を果たした。

 しかも、入学後もスキップして2年で卒業し、また、最終学年では、多くの授業を学校から免除され、年の後半はほとんど学校へ来ていなかったので、彼女たちと馴染みが薄く、同期に友人と呼べる娘がいなかったので、私的に彼女と連絡を取る娘がいなかった。

 アプリコットと一番関わっていたのが、成績を競っていたジーナであるため、彼女が知らなければ誰も彼女の消息を知り様がなかった。

 噂によると

 何でも、彼女の士官学校への出席率が一部貴族の間で問題視され、卒業そのものを取り消せという乱暴な意見も出たようだが、学校が認めた上での欠席のため、卒業取り消しは逃れたが、主席をジーナに譲ることになったらしい。

 ジーナの成績も学校始まって以来指折りの優秀さであったため、このことは目立たなかったが、ジーナ自身は、主席はアプリコットであったと今でも思っている。

 流石に、アプリコットは卒業できたのだが、彼女の親が、先の政変で失脚した穏健内政派でも重鎮の一人の子飼いであったため、アプリコットの優秀さが逆に仇となり、軍のどこの部署も引き取り手が無く、そのまま予備役になりそうだという内容であった。

 ジーナはせっかく気持ちよく朝を迎えたのに、また、この噂で腹を立てた。

 そそくさと食事を終え、気分を変えて、自身の詰所に向かった。

 気持ちを入れ替えたジーナは、早速、夜番のものからの引き継ぎ事項を聞き取り、提出された記録を確認していた。

 その中で、気になる項目を見つけ、報告をくれた准尉に確認を取った。

 夜番を引き継いですぐに川原に向かった彼女らは、一度、遠方からと思われるエンジン音を聞いたと報告を上げていた。

 そのエンジン音は、すぐに聞こえなくなった。

 その後、付近を捜索したが、何も異変を見つけることなく夜番を終えたと報告を聞いた。

 ジーナは、嫌な予感を感じ、直ぐに自身の配下を工兵隊に向かわせて、車両の運行状況を確認させ、ジーナ自身は報告書を携え、レイラ隊長の下へ向かった。

 その後、レイラ隊長に連れられ、旅団司令部でサクラ旅団長とその幕僚たちを交えて、車両の運行状況や、ジャングル方面司令部関係の移動状況などの確認にあたった。

 サクラは、カオスとなっている司令部で日夜対応に追われていたが、レイラから異変の一報を受け取り、新たな報告を無視するわけには行かず、すでに彼女の口癖になっている「呪われている」を発し、頭を抱えた。

 明日の夕刻までにサクラは一度帝都へ向け出発しなければならないのに、彼女を取り巻く状況が一向に改善される目処すら立たない。

 基地の整備を止めるわけにも行かず、どっちつかずになるのを覚悟して、今まで保全に当たってきた中隊とおじさまの工兵隊にそのまま作業を続けさせ、残り全員で基地周辺の警戒に当たるよう指示を出し、幕僚たちには、帝国側の車両の可能性を調査してもらった。

 ジーナは引き続き、詰所に戻り、レイラの仮設小隊の指揮に当たった。

 隊長のレイラ中佐は司令部を離れることができなくなって、小隊指揮はいきなりジーナが受け持つことになった。

 待機中のグループも順次川原を中心に警戒に当たるようシフトを変え、絶えず入ってくる報告の照査に忙殺された。

 夕方に入り、一番遠方へ向かっていたグループからの報告で、風向きの変化で、今度は複数のエンジン音が持続的に微かに聞こえたという報告を受けた。

 ジーナはすぐさま司令部に赴き、レイラ隊長に報告をし、警戒レベルの引き上げを進言した。

 傍にいたサクラ大佐はレイラからの報告と進言により、半ば諦めながら、基地全体に警戒レベル3を発令した。

 基地の整備を一旦やめ、全員が基地の防衛に当たるべく、警戒に当たった。


 ジーナは、そのまま兵士を連れ、夜勤に臨もうとしたが、今まで、基地の保善に当たっていたグラハム・トーゴ大尉に捕まり、無理やり休まされた。

 トーゴ大尉は自身の中隊を指揮し、今夜の警戒に当たる。

 そのトーゴから、夜から朝にかけては、どうしても警戒が緩む瞬間があるので、夜勤に当たるなら、早く寝て、夜も明けきらないうちに応援にきてくれと要請を受けた。

 トーゴ大尉の要請は至極最もであり、ジーナは要請に答えることを約束し、自身の指揮している小隊に説明し、待機、準待機のグループに指示を出した。

 ジーナは夜番の准尉に指揮を預け、明朝に向け、自身も自室に戻り、体を休めた。

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