第20話 猫の鈴?
現場に残った士官学校新卒の10名をそのまま放置するわけにも行かず、そうかと言って何かをさせる当てもあるわけでもなく、とりあえず、現在食堂に使っている部屋に連れて行った。
連隊駐屯地ではあったが、今まで中隊一隊のみの駐屯であったため、士官用の食堂などなく、一般兵士が使用している食堂の隅に、士官用スペースとして衝立で僅かばかり仕切った場所に連れて行った。
当然常設の賄い担当などいるわけもなく、平素は当番兵が食事の準備を行っていた。
現在は、急激に増えた人員のため、当番兵を増員して食事の準備にあたっており、今も次の夕食の準備に厨房はまさに戦場のようであった。
サクラは食堂脇にある喫茶スペースにあるサイフォンのところに行き、自分を入れた10数名分のコーヒーを入れ始めた。
サクラ自身は紅茶が好きで、自分と一緒に到着した補給物資の中にも、おいしい茶葉を用意してもらってはいたが、それを出すわけにもいかず、基地に元から配給されていたコーヒーを入れた。
とにかく、一息を入れるため、何か飲み物を欲したためである。
衛生小隊を仕事場に案内してきた副官のマーガレットが、サクラ大佐を探して食堂に入ってきた。
「閣下、飲み物は私がご用意しますので、あちらでお休みください。それとも、自室まで運びましょうか?」と、サクラ自身が新卒の准尉たちの分まで飲みものを用意しているのを見て、驚きの声を上げ、サクラ大佐からサイフォンを取り上げ、替わってコーヒーを入れ始めた。
訳も分からずに食堂に連れてこられた新卒10名の准尉たちは、副官の声に驚き、サクラ大佐自身がコーヒーを入れていることに初めて気づき、どうして良いかわからず、半ばパニックになって、食堂で右往左往し始めた。
サイフォンを取り上げられたサクラは、手持ち無沙汰にしながら振り返ると、自身がここまで連れてきた准尉たちがパニックを起こしているのに気がつき、彼女たちの近くまで行って寄り添い、落ち着かせ、とりあえず、彼女たちを席に座らせてから、自身も席に着いた。
副官のマーガレットが、近くにいた兵士と一緒に全員のコーヒーを運んできて、みんなの前にコーヒーを置いた。
サクラ大佐は、自らの前へ一番にコーヒーが置かれたのを機に「とりあえず、目の前のコーヒーでも飲んで、落ち着いて欲しい」といって、コーヒーを一口含み、自身を落ち着かせ、マーガレットから衛生小隊についての報告を受けた。
その後、マーガレットの手が空き次第、幕僚を司令官室に充てた個室に集めるよう指示を出し、准尉達に向かって、「見ての通り、基地は引越しや、旅団の立ち上げのため、半ばパニック状態だ。君たちを充分にもてなす事は叶わないのを理解して欲しい。このあと、君たち一人一人に司令官室で面談を行う。今日は一人10分程度で、全員に対して行うので、それまで、ここで待機して欲しい。面談については、誰かを遣わすので、呼ばれたら、その者に付いて司令官室まできてくれ。呼ばれるまではここでゆっくりしてもらって構わない。自身のセールスポイントやこれから何をやっていきたいかについて、簡単に考えておいてもらえると嬉しいかな。……以上だ」と言って、コーヒーを飲み終え、サクラは司令官室にゆっくり歩いて行った。
サクラが自身の司令官室に入ると、既に、マーガレットがサカキ中佐を連れて待っていた。
サカキ中佐を部屋にある応接セットに座らせ、マーガレットに新卒10名の配属関連の資料を用意させた。
資料が用意されるのと同時にレイラ中佐も現れたが、残りの幕僚については手が放せる状況にないので諦め、面談を始めた。
面談では、配属命令書を本人から受け取り、人となりを観察するべく簡単な事柄を聞いた。
面談は、できる限り短くしたつもりではあったが、それでも一人につき10分は掛かってしまい、全員を終えたのは2時間後であった。
「ふー、掛かったわね。マーガレット、一息入れたいので全員に飲み物を用意してちょうだい。あなたの分もね。飲みながら、少し話したいので」
副官のマーガレットは隣接する給湯スペースに入り、全員分のコーヒーを入れた。
紅茶が、まだ、誰も探していないので、マーガレットが食堂から分けてもらった分である。
用意してもらったコーヒーを飲みながら雑談を始めた。
「それにしても、今回の配属は凄まじいものを感じるわ。昨年度の士官学校女子の部の上から10名、全員をこちらに回されたようね……正確に言うのならば上から女性の成績優秀者を順番に10名……いや、アプリコット准尉がここにいないので11名になりますかね」
とレイラ中佐が少し驚きながら感想を述べた。
「先程、彼女らと対面した時に説明しましたように、帝国の女性兵士の間では、サクラ大佐と一緒の部隊に配属されるのが夢ですから、ある意味仕方がないのではないでしょうか」
と、副官のマーガレットが答えた。
「でも、例年だと、自身の実家や実家が関わる派閥などの影響で、ほどよく分かれるのだけれど、今年はどうしてかしらね」と訝るようにサクラはつぶやいた。
「それにしても、とんでもない大物まで入っていたのには驚いたぞ。あれは、猫に付ける鈴の役割でも期待されたか」とサカキ中佐も驚いていた。
「ジーナのこと?ジーナ・トラピスト。あの大物、トラピスト伯爵の娘ですよ」
「確かに大物だね。今後の扱いに気をつける必要はあるわね」
「急進攻勢派のスパイかしら?」とサクラがレイラに聞いた。
「それは、ないと思うわよ。何でも彼女はサクラ、あなたの大ファンだというもの。今回も親の反対を押し切っての希望と聞いたわよ。でも、注意するに越したことはないわね」
雑談から始まったが、新卒准尉たちのとりあえずの仕事を割り振ることにした。
まず、旅団が一定の格好が付くまで、レイラが連れてきた情報中隊から、性格的に教育に向いている者を選んで、彼女ら准尉一人につき三人を付けて仮のチームを作り、24時間交代で付近10kmくらいまでの哨戒をさせることにした。
ある意味、教育を兼ねた邪魔者の厄介払いであった。
30名のベテランが抜けるのは辛かったが、彼女たちの教育と割り切って諦めた。
話に上がったあのジーナ准尉には、凄腕のベテランを付け、警戒だけは行うが、とりあえず、これで良しとしよう。
サクラには時間が、あと2日しかない。
3日後には、第27場外発着場から帝都に一旦戻り、花園連隊の移転セレモニーに参加しなければならないことになっている。
この状態で、基地を離れることは大いに心配ではあったが、上からの命令では仕方がない。
サクラはおじさまやレイラ達にこの場を任せ、できる限り早くここに戻ってこようと心に決めた。
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