サクラ旅団の始動

第19話 サクラ旅団 始動する

 時間は少し戻り、グラス少尉が仲間である帝国軍と惨めな合流を果たした時から2日ほど前のこと。

 場所は、旧第13連隊駐屯地で、司令部となっている建家の中でも、一番広い部屋である。


 この部屋は、昨日から、サクラ大佐によって、旅団司令部の作戦司令室が置かれ、技術将校率いる特殊工兵小隊によって、無線機、暗号解読機や、暗号製作機などの設置や調整、また、旅団作戦業務において必要とされる設備(机や椅子、黒板、作戦検討用の大型の机など)の設置など、急いで準備を行っていた。

 また、基地全体に言えるのだが、今まで使用していなかった施設の痛みがひどく、基地内に居る手隙の兵士が総出で清掃や営繕にあたっていた。

 特に、ほとんど人の出入りのなかった建家では、壁や床天井などあらゆる場所に進出していたカビと格闘していた。

 それでも、旅団の人員をここに収めるには全てにおいて必要を満たしてはいないため、当面は、旧連隊駐屯地内の平地に野営して体制を整えていくしかなかった。

 そのため、基地は、昨日から交代で、中隊規模300人近くが昼夜関係なく動いているために、さながら都会の喧騒をそのまま持ってきたかのようだった。


 昨日、サクラ大佐が幕僚を引き連れて、ここに着いたのが昼少し前であった。

 着いて、直ぐに通されたのが、旧連隊長室で、そこにいたのが、連隊が廃止になってから、この基地を守ってきた中隊長のグラハム・トーゴ大尉であった。

 サクラ大佐は、そこで、大尉から基地の現状の説明を受け、頭を抱えた。

 一週間とかからずに最初の一団がここに到着するし、わずか数ヶ月以内には旅団の人員が最低でも2千人以上、ここに押し寄せてくる。

「絶対に収まらない。どうしよう」

「とにかく、なんとかしなければならないのだから、できることから全力で始めましょう」とレイラ中佐が友人のサクラを慰めてから直ぐに大尉に「この基地で一番広い部屋に案内してください。そこに、旅団の作戦司令部を置くことにします。いいですよね?旅団長」とレイラ中佐が許可を求めてきたので、そのまま許可を与え、今に至っている。

 途中、食事や仮眠を取りながら、司令部を置く部屋に幕僚と詰め、次々に上がってくる案件をとにかく処理して、1日が過ぎた。


「通信が回復し次第、方面軍司令部に連絡して、基地設営関係での応援を依頼します」と技術将校にお願いを出して、少し、その場で一息を入れた。

 副官として連れてきたマーガレット中尉が連絡用のメモを持って、飛び込んできた。

「旅団長、第27場外発着場から連絡が入りました。旅団への赴任の第1弾として、大型輸送機で、帝都から、車両数台と100名が着任されます。

 内訳はレイラ・フジバヤシ中佐が率いる情報中隊一隊60名と新卒の将校10名、衛生小隊30名の100名で、もうすぐ到着されます」


 100名と聞かされ、サクラ大佐は青くなった。

 この状態で直ぐに100名の受け入れなんか絶対できないと思えたが、レイラ中佐が自分の部下と衛生小隊に現在使われていない営舎の1棟を整備させそこに入れる手はずを整えた。


「それにしても、この状況で新兵の10名をよこすなんて、何考えているのかしらね?サクラ、あなた帝都でよほど敵を作っていたのかしら」と冗談を飛ばしてきた。

それについて、サクラ大佐も気になっており、マーガレット副官に「新兵について何か情報が届いてないの」と聞いてきた。

 マーガレットはサクラ大佐の質問に答えて「士官学校の卒業生で、成績上位者は、配属先に希望が言えることが慣例になっております。サクラ大佐率いる花園連隊は帝国の女性軍人にとっては垂涎の的ですが、いきなり、近衛への配属はありませんでした。しかし、今回は、新兵も配属が可能な前線の旅団で、しかも新設されたばかりであるため人員の不足を補う都合上、これも半ば慣例化されたことですが、新設部門へ新兵が配属されやすいこともあり、両方の理由から配属されたものと思われます。今回は、士官ばかりですが、一般兵士の新兵の配属もこれからかなりあるものと思われます」

 目の前が真っ暗になりそうな見通しを聞かされた。

 サクラは自身の机に頭を抱え『ウーウー』とうなっていると、今度は、基地の正門を哨戒している兵士から伝令が飛んできた。


「旅団長閣下。方面軍司令部のある方角から1個大隊規模の軍勢が近づいてきます。掲げられている軍旗、装備から友軍だと思われますが、直ぐに到着されます」

「やっと到着か。あいつら、今まで何をやっていたんだ」と父に長く仕えてくれ、サクラ自身も幼少の頃からお世話になっていることから、いつも『おじさま』と呼んでいたオーヤル・サカキ中佐が呟いた。

「おじさまは、到着する軍勢に心当たりがありますか?」と心配そうに聞いてみると、おじさまの子飼いの特殊工兵大隊だそうで、何でもジャングル方面軍司令部のあるロールストリングスを1週間前にここに向けて出発し、ジャングルの中、道無き道を陸送してきたのだそうだ。

 サクラは、サカキ中佐とレイラを連れ立って、正門に到着する軍勢を迎えに行った。

 偵察用バイク数台を先頭に悪路走破用偵察車両数台の後、悪路走破用トラックを10数台を連れて、こちらを目指して進んできた。

 先頭を走る幌のかぶっていない偵察車両から大声で 

「おやっさん。息子たちを連れてきました」とおじさまの秘蔵っ子であるシーゲル・シバ中尉が声をかけてきた。

 車列は、彼女らの前に整列して止まった。

 サカキは、げんこつでシバ中尉の頭をこづき、

「まず、サクラのお嬢に挨拶が先だ」とシバ中尉をしかった。

「これは失礼しました。サクラ旅団長閣下、我々特殊工兵大隊、只今よりサクラ閣下の旗下にはいります」と言って、懐から移籍命令書を手渡してきた。

 敬礼を受け、こちらも答礼し、命令書を確認し、

「貴下の大隊の移籍を確認しました」と返事をした。

 早速、サカキ少佐は、特殊工兵大隊に対して、作業指示を出し、基地設備の充実に当たらせた。

 まず、水の確保のために、ポンプ施設の修理点検を命じ、基地内の人員のための衛生施設の増設、そして、工兵大隊自身のための宿泊施設としてテントの設営など、大隊が各地にそれぞれ散らばり、すぐに作業に入っていった。

 流石おじさまの鍛えた部隊だけあるとサクラは感心しきりだった。

 正門前のドタバタも一段落を見せた時には、次のお客様も、場外発着場から到着した。

 こちらは、レイラ中佐が自身の部下のためか、すぐに、予定の営舎の整備に当たらせた。

 衛生小隊の30名はマーガレット中尉が連れて、自分たちの仕事場になる衛生設備の整備作業に、応援として基地の兵士もつけて、当たらせた。

 残りの新兵10名だけが残った。

 こちらは、これからのこともあり、サクラ自身が当たるしかないが、頭が痛い。

 どうしよう……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る