第12話 人命救助

 早速、川原にある遺体の処理が始まった。

 幸い、この川原には処理しなければならない遺体が、水中にある一体を含め三体だけであったので、わりとすぐに、川原の端に仮埋葬が済んだ。

 水中にあった遺体の回収は女性に冷たい水に入らせるのも躊躇して、俺が一人腰まで水に浸かり回収してきた。

 遺体の内訳は、左官クラス、所持品や服装から中佐と思われる遺体が一体、兵士クラスの遺体が二体であった。

 身元の確認のため、遺体の所持品は全て、回収して埋葬してあるが、所持品を詳細に調べても、今回の敵部隊の上流での展開理由が分からなかった。

 今回埋葬した中佐が部隊のトップだとは限らない。

 もし仮にトップだとしても、展開されていた部隊規模は大隊、彼が部隊トップでなければ、予想される部隊規模は連隊以上、流れ着いている軍事物資から見て、師団クラスまでを想定していなければならないことになる。


「少尉、敵の部隊展開の理由や、規模を知る必要があります。できる限り漂着物を集め、詳細に調べなければなりません」

 と、准尉が真面目な口調で話しかけてくると、兵士のひとりがアプリコットに提案してきた。

「それでしたら、中洲付近にある流木に引っかかっているコンテナの回収も必要ですよね」

「全身水につかることになるね。少尉の他に濡れ鼠を作ることになりますが、どうしますか少尉殿」

「分かりました。俺が取りにいくよ」

 軍曹が、全身ずぶ濡れの状態で、震えている俺にさっさと川に入って取って来いと圧力をかけてきた。

 カッコをつけて俺一人で、川に入って遺体を回収したことを後悔してきた。

 震えながら、恨めしそうに周りを見ていたら、上部のフタの外れているドラム缶が目に入った。


「マーリンさん、マーリンさん。あそこにあるコンテナは、俺が回収してくるので、ひとつお願いがあります。寒くて死にそうなので、そこにあるドラム缶を使って風呂を作ってはくれないでしょうか。コンテナを回収したら入りたいのですが、お願いできないでしょうか?」

 とおどけてアプリコット准尉にお願いしたら、准尉が目を吊り上げて怒りだした。

「何をふざけているのですか」と説教を始めようとしたところ、「風呂か、いいね!

 少尉殿の後で構わないので、私らも入っていいか?なら、直ぐに準備するぞ」

 とメーリカ軍曹が言ってきた。

「外で、裸になるなんてはしたない真似は、私は絶対にしませんからね」

 と顔を真っ赤にして准尉が言ってきた。

「メーリカさん。準備が出来たなら、作業に支障がない限り私より先に入っても構わないよ。 それより、外で女性が入浴して大丈夫?いくら俺がヘタレでも一応男なのだが」

「大丈夫、大丈夫」と笑いながら兵士を連れて準備しに行った。

「さて、そこに落ちているロープを持って、2人ほど俺について来てくれ。川には俺が入るが、ロープを使ってサポートを頼む。流れが早そうだから、念の為に保険だけは掛けておきたい」


 軍服のまま全身を水につけると、動きにくくなって最悪溺れるので、軍服を脱いで下着だけになり、ロープの端を体に巻きつけた。

 気合を入れて川に入ろうかとしていると


「人が流れてきています。上流から、コンテナに捕まって人が流れてきます」

 と哨戒にあたっていた兵士のひとりが叫んだ。

 上流の方に目をやると、確かに防水コンテナに掴まって人が流れている。

 どうしようかと判断に迷っていると、流されている人が、こちらに気づき救助を求めようと手を挙げた瞬間にバランスを崩し、川の中に落ちた。

 死んでいるなら、そのまま放っておくのだが、生きている人を目の前で死なすわけにも行かず、急いで、川の中へ救助に向かった。


 川の水温が低く、かなりの間水に使っていたのか、落ちた人は、もがくこともなく意識を失っているようだ。

 急いで近づき、近くに流れているコンテナに乗せ、俺ごとロープを引いてもらい川から上がった。

 流されてきたのは、小柄な女性で、年の頃はアプリコット准尉くらいだろうか。

 服装から判断して、彼女は尉官クラス、多分アプリコット准尉と同じ新任士官だと思われる。

 急いで、彼女の状態を確認すると、息がなく、心音も聞こえない。

 俺は、彼女の衣類を剥ぎ、直接心音を確認し、合間に人工呼吸をし始めた。

 心音は弱くはあるが、心臓は止まってはおらず、呼吸が戻るまで人工呼吸を続けた。

 体は氷のように冷え切っており、このままだと低体温で死にそうなため、アプリコット准尉を捕まえて、


「准尉、機長たちクルーを従えて、急いで輸送機に戻り、タオル、毛布ほか乾いている布を持てるだけ持ってきてもらえるか」

「少尉、分かりました。直ぐに戻ります。機長、クルーを集めて輸送機に戻ります」

 とアプリコット准尉が駆け出していった。

 その間、グラス少尉は彼女の濡れた服を全て脱がし、体をさすりながら、人工呼吸を続けた。

 暫くすると、意識は戻ってこないが、呼吸だけは、弱いながらも戻ってきた。

 下着姿の冴えない男が、意識のない全裸の美少女を抱き抱えるように体中をさすっている、犯罪現場のような状態が続いていた。

「少尉、お湯が湧きました。直ぐに使いますか」

「おう!直ぐに、彼女と一緒に入らせてもらう」

 と言うと、彼女を肩に抱えながらドラム缶で作った風呂に向かった。

 2人一緒に入ると、お湯が周りに零れ、湯気を大量に発生させたが、それも、直ぐに収まり、視界が開けてきた。

 周りを美人兵士が囲み、注目を集めている。

 とても、恥ずかしいのだが、意識がない彼女一人を風呂に入れているわけにはいかず、支えながら風呂に入っている。


「少尉、美少女との混浴とは羨ましいね」とオヤジ発言の軍曹を捕まえ

「悪いけど、彼女の服を下着も含めて、乾かしておいてくれ。裸のままだと流石にまずいだろう。ついでで構わないが、俺の服もよろしく」

 やいのやいのと、近くで作業をしている兵士たちにからかわれながら、入浴していると、タオルと毛布を持った准尉たちが戻ってきた。

 アプリコット准尉は俺を見つけ、性犯罪者を見るような冷たい目つきで何か言いたそうだったが、近くの兵士が気をきかせ状況の説明を准尉たちにしてくれた。

 俺がしても、きっと信じてはもらえそうにない状況なので、とても助かった。


 五分ほどして、ようやく、彼女の皮膚に肌色が戻り、徐々にではあるが意識もしっかりしてきた。

 まだ、体は冷え切っているので、そのまま入り続けるように指示をして、准尉に彼女の見張りを頼み、俺は風呂を出た。

 遠くの方で兵士と軍曹がなにやらやり取りをしているのが聞こえてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る