第3話 搭乗機の墜落

 ジャングル上空を1機の軍用輸送機がかなりの低空で飛行している。

 この軍用輸送機は帝国では既にかなりの旧式で、飛んでいるのが不思議ともいえるくらいの博物館級の代物だ。

 三日前から続いていた嵐もここに来てようやく峠を越え、双発の輸送機ならどうにかこうにか飛行できるまでに天候が回復してきている。

 しかし、まだ、時折吹く強い風とやや強めな雨は続いており、飛行中の輸送機はまるで、小川を流れる木の葉のように上に下に右に左に面白いように揺らされている。

 当然、輸送機に搭乗している人間にとってはたまったものではない。

 輸送機のコクピットから愚痴の一つでも聞こえてこないわけではない。


「本当に嵐は収まったのでしょうね?」

 と副操縦席から恨みがかった声で愚痴が出る。

「軍政部 気象予報局から、今朝十時の最新情報が出されていまして、ゴンドワナ大陸で三日前から猛威を奮っていた嵐は今日の正午過ぎで峠を越え回復に向かい、今夕には快晴になると出発前の予報官とのブリーフィングで聞かされています」

 と、機長後方に陣取っている航法士が生真面目に副操縦士の愚痴に答えてきた。

 続けて、航法士が機長に声をかけた。

「機長、そろそろ時間です。右手前方に目印の二本の巨木が見えるはずです。

 見えたら、すぐに十時の方向に旋回をお願いします」

 それを受けて機長は、クルーに注意を促す。

「ほらほら、愚痴ってないで、お仕事お仕事。しっかり前方の確認をしてね。目印を見落としたら、それこそとんでもないことになるからね」

 それでも、副操縦士の不満は収まらず、まだ愚痴る。

「気象の連中は、嵐は夕方には収まると言っているのでしょう。それなら、いくら命令と言っても、無理して飛ばず、少し時間をずらして飛べば、もう少し楽ができるのに。デスクワーク組の連中は他人事だと思って、無理ばかり押し付けてくる」

 それを聞いても機長は優しく諭すように副操縦士をなだめる。

「あなたは、この空域の飛行は初めてだったわよね。天候が回復したら、楽に飛行ができるけど、それだと敵さんも楽に我々を発見できるのよ。喜んで、敵さんの戦闘機がヤブ蚊の如く湧いてきて、あっという間に落とされるわよ」

 機長との付き合いが長い機関通信士が続けて、

「敵との前線がすぐそこで、制空権も定まらないこの空域で、護衛もつけず、丸腰で単機飛行は、まともに考えれば自殺行為だけれど、天候が味方してもらえるから、今まで無事に飛んでこられたのよ」

 共和国との係争地となっているジャングル上空は、両国ともに制空権を確保しきれていない。

 機関通信士の言うとおり、単独での飛行は自殺行為だが、悪天候を選んで輸送機は今まで何度もこの空域を飛行していた。

 悪天候の飛行のため、飛行航路は、ジャングル上空を大回りし、かつ、高度を下げ、敵に近づくリスクを冒して、設定されていた。

 一説には敵に対するジャングルでの偵察も兼ねているのでは、と勘ぐられているが、今までは、敵機に遭遇することなく、雨天の悪天候の中を選んで飛行するのがこの輸送機の決まりとなっていた。

 輸送機は、帝国内から、度々ゴンドワナ大陸にある第三作戦軍に、人・情報・物資を運び、その中でも、この機長の率いる退役寸前の古びた輸送機は辺境ジャングル方面軍向けの、それもさらに辺境部にある基地専門に人や物資を運んでいた。

 今回向かっている辺境ジャングル方面軍所属、第27場外発着場への飛行も10回以上こなしている。


 第27場外発着場について軽く触れると、まず、場外発着場とは、飛行場としての必要とされる条件を備えていない、いわば簡易飛行場の軍での呼称で、この第27場外発着場は、ジャングルを挟んで、敵にもっとも近い飛行場でもある。

 空戦にとっての最前線だが、このジャングルは、両陣営にとって重要視されておらず、忘れられた戦場のような扱いで、帝国もほとんど力を入れてなかった。

 この第27場外発着場の南に30kmほどの地に本当に忘れ去られた、連隊の駐屯地がある。

 この連隊駐屯地には、既に、連隊は駐屯しておらず、基地の維持のため辛うじて中隊が駐屯している流刑地のような場所である。

 輸送機は、この流刑地に人・物を運ぶのが目的で飛行していた。

 もっとも運ばれている人間には知らされておらず、第27場外発着場への出頭が命じられているだけであった。

 で、その運ばれている人たちの様子はと言うと、実に落ち着いたものだ。

 運ばれている人員は一般兵士が8名、下士官2名、士官2名の計12名で、輸送機の機内両脇に沿って設置してあるベンチシートに6名毎に分かれて着席していた。

 ベンチシートとは言え体はシートベルトで固定されており、よく揺れる機内においても姿勢が保たれていた。

 運ばれている兵士は、歳は若いがベテランの風格があり、皆落ち着いており、各人思い思いのことで、時間を潰していた。

 あるものは、同僚と愉快に語り合い、また、あるものは、自分の備品の手入れを、また、あるものは目を閉じ、じっとなにか考え事をしていた。

 しかし、その落ち着いた雰囲気の中で、浮いている二人がいる。

 その浮いている一人は才媛の誉れ高いアプリコット准尉である。

 とても優秀な成績(飛び級の上、次席卒業)で士官学校を卒業したが、いかんせん経験がない。

 自分の部下ともなろうかというベテランの風格ある兵士を前に、今にも落ちそうな飛行機による恐怖と、威厳を保たねばとの使命感との間で葛藤しており、とても落ち着きがない。

 よく見ると、軽く上唇を噛み、微かに震えているのである。

 乗り合わせた兵士たちは優しさからか、気づいていても気づかぬふりをしているようだ。

 新兵の扱いに長けた兵士たちであった。

 また、もう一人も士官であり、この場合、最上級士官の少尉でもあるグリーン・グラス少尉であった。

 彼は、士官学校の訓練で気を失い、担がれるように、機内に運ばれ、現在に至っている。

 シートベルトのおかげで、姿勢が保たれているが、決して楽な姿勢ではないのだが、まったく起きる気配がないのが気がかりだ。

 こいつ本当に生きているのかと筆者などは勘ぐるのだが….

 とにかく、輸送室内の乗客で、士官の二人が浮いた状態であるが、二人とも全くの新兵であるため、ある意味仕方ない。

 輸送機は、順調??に飛行を続け、旋回ポイントに差し掛かり、バンクを付け大きく旋回を始めた。


 ガクン

 バン 

 ダンダン


 と何やら旋回途中で、あまり聞きたくない大きな音が左の翼の方から聞こえてきた。

 ただでさえよく揺れるのに、今までの揺れ方と明らかに違う揺れを感じた。

 先程まで、緊張感のやや欠いた会話をしていたコクピットでは緊張が走っている。

「機長! 左エンジン加熱。オーバーヒートを起こしています」

 と叫ぶように機関通信士の声が聞こえる。

「左エンジン停止、二番バルブ閉鎖、消火剤散布二番」

 と続けざまに機長の指示が入る。

 副操縦士は復唱の上てきぱきと作業していく。

「航法、現在位置は?」と機長。

「現在位置は、目標の場外発着場の南 およそ100km」と航法士が答える

「機長、燃料の流出が止まりません。まもなく、燃料切れで右エンジンも止まります。五分と持ちません」

 と航法士の報告が済むとすぐに機関通信士が嬉しくもない報告を上げてきた。

 事ここに来て機長は決断を下す。

「通信封鎖を解除。軍令23号 緊急特例2項を発令。通信を送ります」

 機関通信士がすぐに近くの基地宛に通信を開始した。


「チェックメイトキング2

 ラムダ より C3-1

 グッドラック 以上」


 この通信内容は緊急のため平文で通信される。そのため、隠語であらかじめ決められた内容を送られた。

 チェックメイトキング2は緊急特例2項(事故等による機体破損による不時着)の発生を伝える。

 ラムダは当機の目的地(第27場外発着場)を示し、C3―1は方角と位置を示し、救援を乞う内容である。

 短く、出来うる限り、敵に悟られないような通信で、応援を乞うため、通信封鎖を解除しても、短い通信1回の緊急連絡であった。


 機長は一通りの緊急措置を済ますと、輸送室に向かって大声で

「緊急事態発生。不時着します。全員安全姿勢の確保」

 と怒鳴ってきた。


 当の輸送室は、ただならぬコクピットの様子を感じており、全員緊張した面持ちではあったが、静まり落ち着いたもので、誰ひとり取り乱す者はいなかった。

 機長の指示で、各人が持ち物などの固定を行い、安全姿勢に入っていった。

 ただひとり伸びているグラス少尉を除いて。


 グラス少尉の隣に座るアプリコット准尉が彼を揺すりながら、

「少尉、起きてください。緊急事態です」

 と何度も彼を起こしてきた。

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