第2話 グレーな会社のブラックな職場

 20XX年6月

 空はどんよりし、明日にも台風が上陸する予報が出ている中、都内にある一流メーカーの本社にある駐車場に1台の社用車がのたのたと入ってきた。

 危うく、ぶつかりそうになりながらも、辛うじてぶつけずに駐車スペースに車を止めた。

 車の扉が開き、中から、本当に疲れた中年男性が重たそうに工具カバンを持って降りてきた。


 そう、彼こそ、この物語の主人公である。

 名前を『蒼草秀長』、中年と呼ぶにはまだ早いのだが、目の下にクマを作り、本当に疲れた表情で、見た目には十分に中年と呼べるレベルである。

 享年32歳?・・・・まだ死んでない。でも、既に片足を棺桶に入れているようなものなので、近い将来間違えなくそうなりそうなのだが、生きているので現在ではまだ御年32歳、独身、争いごとは好まない、運動音痴、年齢=彼女いない歴の代表的なヘタレである。


 彼は、このメーカーのお客様サービス部に所属し、役職は『主任』を拝命している。

 彼の同期1番の出世頭である。

 蒼草秀長は、地方の孤児院の出身で、新聞配達やいくつかのアルバイトをしながら、やっとのことで首都圏の三流の下の大学を、ごくごく普通の成績で卒業した。

 いくつかの幸運??も重なり、都内にある一流メーカーに無事正社員として入社することができた。

 このメーカーは学閥こそないが、全国一流の大学を優秀な成績で卒業した学生を多数採用しているので、なぜ、彼のような学生が入社できたのか、卒業した大学の就職課の課員全員が祝福しながらも、不思議がっていた。

 そんな彼の入社についての不思議については解明されないが、同期一番の出世については、大きい声では言えない理由がある。


 蒼草秀長が入社して、配属されたのが、『お客様サービス部』であり、彼は、そのまま職場移動がなかったのが出世の理由である。

 この『お客様サービス部』が、彼の出世に繋がった大きな理由を有している。


 彼の勤める会社は、産業用の装置メーカーとして世間から一流の評価を頂いている大手企業で、決して世に言うブラックな会社ではない。

 日本のメーカーの平均的グレーな会社である。(決してホワイトな会社ではない)

 しかし、グレーな会社は全ての職場がグレーというわけではなく、毎日定時に上がれ、有休も難なく十分に取れるホワイトな職場もあれば、その正反対な職場もある。

 お察しのとおり、蒼草の所属する『お客様サービス部』は、会社一番のブラック職場で、職場の崩壊も時間の問題とされている社内で最悪の問題職場となっている。

 『お客様サービス部』のお仕事は、世界中に収めている産業用の装置の不具合の修理など、お客様からのクレームと修理依頼を一手に引き受けている職場である。

 海外のお客様については、代理店が間に入ってくれるので、代理店のサポートをすればよく、今日明日にでも職場崩壊するところまでは行っていないが、蒼草が担当するのは国内のお客様で、直接お客様から、クレーム等の問い合わせが毎日それこそ電話が鳴りやまないくらいとは大げさだが、そう表現するくらい不思議でないくらいの電話が殺到している。

 彼の会社が収めている産業装置は24時間365日稼働することも希ではなく、それこそ、誇張無く何時でも明け方だろうと遠慮なく連絡が入り、対応を迫られる。


 お客様サービス部の職員はそれこそ休みなく夜中だろうと、お客様対応のため、日本中に出張していく。

 本当にきつい職場である。


 職場はこれ以上ないくらいのブラックではあるが、会社は日本の平均的なグレーな会社であり、人事システムは日本にある企業でもかなり進んだ部分もある。

 その進んだ部分の1つに『希望職場異動』がある。

 この『希望職場異動』とは、受け入れ先がOKならば、不利益なく、それこそ配属翌日にでも条件が整えば異動ができるシステムで、職場異動を希望する社員は社内端末から、必要事項を入力するだけの簡単なもので、希望先に異動できるシステムで、職位や評価は、そのまま次の職場に引継ぎされるシステムである。

 当然、このシステムのおかげでブラック職場からは、配属される端から逃げられてしまう。

 彼は逃げ遅れ『主任』に出世したため、『主任』としての受け入れ先が無く、異動できない状態である。

 彼の先輩達は、退職が三割、心の病気などの加療が二割、異動が五割と、全員が職場を離れてしまった為、会社は、組織維持のために彼を出世させた。

 この出世が原因で、彼の受け入れ先がないのである。

 彼は、三流大学卒のため、卒業した学校の先輩などこの会社には誰もいない。

そのため他の職場との繋がりが希薄なため、なかなか受け入れ先が見つからなかったのだが、主任に昇進したために、ただでさえ少ないポストの空きも無く、異動が絶望的になっている。

 その蒼草がヨタヨタとした足取りで彼の事務所に入ってきた。


「ただいま帰りました。栃木のお客様は問題なく済みました」と蒼草が課長に入口から、やや大きな声で報告している。

 いつもなら、元気に挨拶を返してくれる事務の女性は、電話中で、蒼草の帰社を確認し、目でかるく挨拶をしてから、微笑んで電話している相手に対して電話先に何やら不吉なことを話し込んでいた。


「主任の蒼草は今戻りました。すぐに代わります」と言うと、電話を保留にして、優しく笑顔で俺に話してきた。

「蒼草主任、三番にお電話です。なんでも、先日収めた装置の故障だそうです。よろしくお願いします」


 一瞬、めまいを感じたが、気合を入れて、電話を代わった。

 これより蒼草はお客様と電話でのバトルを始めた。

 明日は台風の上陸が予報されているため、ほぼ確実に客先に向かうことができない、今日を乗り切れば、少なくとも今日は2週間ぶりに自宅で寝ることができそうなのだ。


 5分の間のバトル中、先ほどの事務の女性は何やら、電話を掛けていた。


 女性が電話を終えると、電話中の蒼草のところにメモを持ってきた。

『最終の飛行機の予約が取れました。予約番号XXXXXXXX、宿はいつものとこで抑えています』

 とメモには書かれており、蒼草を見て、優しく微笑んだ。

 蒼草は、敗北を認め、電話中のお客様に対して、これから向かう旨を伝え電話を終えた。


 蒼草の入ってきた入口には彼の後輩が部品と蒼草の工具カバンを持って、待っていた。


「主任、駅まで車で送ります」


 蒼草は完全に諦めて、素直に後輩に続いて、先程乗ってきた社用車に向かって歩いて行った。

 後輩に車で駅まで送ってもらったため、空港には十分に余裕を持って到着した。

 空港は、思いの外混雑していた。

 なんでも、近づきつつある台風の影響で既に西に向かう便は欠航が多数発生しており、溢れでた人たちが、搭乗する便の変更などで、出発ロビーが混乱してきている。

 北海道に向かう便についても、明日は全便欠航が決まっていて、今日中に北海道に向かってしまう人で、いつも以上に混んでいる。


『ちくしょう!

 今日を乗り切れば、明日の移動は絶対に無理なので、久しぶりに自宅でゆっくりできたのに。ついてない』

 独り言をつぶやきながら、出発手続きをして、早々と、出発ロビーに入っていった。

 出発ロビーは、ビジネスマンなどが多く、流石に家族連れの旅行客の姿はほとんど見なかったが、それでも、いつも以上の賑わいを見せていた。

 蒼草はロビー内のコーヒーカウンターでコーヒーを飲みながら、出発までの時間を潰していた。


「少し、頭が痛いな。風邪でもないだろうに」

 と独りごと。


 蒼草は、最近体が重く感じ、頭痛もあることから、流石にこの仕事が終わったら一度医者に行こうと考えていた。

 そうこうしているうちに、時間となり、飛行機の搭乗となった。

 この便は、満席とのことで、狭苦しく感じたが、蒼草は座ってしまえば到着まで寝てしまうのであまり苦にしていない。

 しかし、なぜか今日はなかなか寝付けない。

 珍しく、機長からの機内アナウンスを聞いていると、近づきつつある台風の影響で、飛行中かなりのゆれが予想される

 そのため、飛行中の機内サービスはしないことを知らされた。

 CAも全員着席したままだ。


 蒼草は飛行機の出張も多く、いつも可能な限り同じ料金ならばと非常口前の席を好んで座る。

 そのことをよくできた彼の事務所にいる女性も心得ており、電話での予約で、その席を確保していた。

 なので目の前には席に着いたままのCAが離陸後もそのままなので落ち着かない。

 普段ならば離陸さえしてしまえば、目の前には着陸まで誰もおらず足元が広いままかなり楽に座れる。

 いつもはその開放感からかすぐに寝て、到着まで起きないのが普通だったが、流石に目の前にきれいなCAがこちらを向いて座っているので、それもあって落ち着かないから寝付けないようだ。


 しかし、今日は本当によく揺れる。

 少し怖いくらいだ。

 小さい子供が乗っていたら怖くて泣き叫ぶのが出そうなくらいだが、幸いなことに、最終便で、台風の接近もあり、旅行者など子供の搭乗は見られなかった。

 いくら寝付けなかったとはいえ、流石に日頃の疲れか、はたまた、真剣にやばい状況かは分からないが、しばらくしたら、蒼草は静かに、そして、とても深い眠りについていった。


 ちょっと揺すったくらいでは起きそうもないくらいの深い眠りに。

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