ブラック職場のヘタレがひとり美女に囲まれなぜか戦場に~ヘタレの望まぬ成り上がり~

のらしろ

のらしろ少尉 転移?する

第1話 のらしろ少尉

 遠くから元気な掛け声が聞こえ、また、別の方角から、パンパンと銃声が聞こえてくる。


 ここは帝都にある軍の士官学校の敷地内、聞こえる銃声も訓練のためで事件性はない。

 質実剛健を旨とする軍の士官を養成する学校内にあって、おおよそ似つかわない声が、ここ体術の授業で使われる道場から聞こえてくる。


「ヒエー、もう勘弁してください」

「帝国軍人として恥ずかしくないのか」

「ごめんなさい、ごめんなさい。何でもしますので、助けてください」

 士官学校に通うにしてはやや年のいった軍人?を一人の教官が投げ飛ばしていた。

 それを、見ているもう一人の教官がつぶやいた。

「本当に、彼を任官させて大丈夫なのか?」

 同僚のつぶやきにこたえるようにもう一人の教官が同僚に話しかける。

「大丈夫も、何も、校長からの絶対命令だ。結果は伴わなくてもよく、教育した事実があればいいのだと」

「それにしても、本当に情けない奴だな。仮に今、軍が徴兵を行っても、間違いなく不採用なほど適性がない奴だな」

「本当に彼が20年ぶりに復活した『戦時特別任用』の対象者か?」

「こんなのが、配属されたら、彼の率いる隊だけでなく、所属する戦線そのものが崩壊するぞ」

「彼を士官として配属させることのできる先はあるのか?」

「当然、安心して彼に任せることのできる部署など無い。でも、彼の配属は決まっているそうだ」

「へー、それは、どこだ?」

「第3作戦軍のジャングルの中だそうだ。今日中に、彼を輸送機に放り込まないといけないらしい」

「今日中に??

 だって台風が接近して、明日にも上陸する見込みなのに、今日、飛行機飛ばすのか?

 だとすると、嵐の中を運ばれるとは、おかわいそうに」

「どちらにしても、俺だったら、彼の下につくくらいなら、どんなに厳しい最前線勤務だろうが、そっちの方がよっぽどいい。俺、絶対、第3作戦軍には行かない。そこに行く位だったら、第1作戦軍の前線で敵に向かって突撃するほうが断然いい。その方が、はるかに生存確率がある」

「よせよ。彼の迎えが来たようだ。時間だな」


 道場の入り口の方に目をやると、一人の少女を先頭に兵士が2名、こちらに向かって歩いてきた。


「彼女は? もしかして……」

「その、もしかして……だ。昨年度の次席卒業生のアプリコット准尉だ」

「あのサクラ大佐の再来と言わしめる逸材か?」

「その彼女だ」

「さー、最後の1回だ」

 と言って、教官は、彼をもう一度投げ飛ばした。

 彼は、派手に転がり、そして、気を失った。


 アプリコット准尉は彼の元に行き、ゆすって起こしたが起きそうにないので連れてきた兵士に指示を出した。

 そのあと、教官たちに向かい敬礼した後、彼を引き取る旨を申告した。


「アプリコット准尉であります。軍令により、少尉をお迎えに上がりました」


 教官2人も、敬礼をして

「士官学校 校長の指示に基づき、教育プログラム終了したことを申告します。どうぞ、少尉をお連れください」


 当の少尉はまだ伸びているので、とても締まらない引継ぎではあるが、一応、型通りの引継ぎを済ませ、教官は准尉に教育に関する書類を手渡した。

 准尉は書類を受け取り、中身をサッと確認してからついてきた兵士に合図し、少尉を担ぐように連れ出した。

 准尉はもう一度敬礼をしたのち、兵士を追いかけるように道場を後にした。


 それを見送りながら、教官の一人が独り言のようにこぼした。

「何でも彼女、彼の副官を務めるらしい」

「えーーー!

 何を考えているのか軍首脳部は!

 だって彼女は、あのサクラ大佐の再来ともいわれる逸材だろう。それに、卒業順位が10位以内は、卒業後の配属に対して、ある程度の希望が通るはずだろ。なのに、どうして彼の副官なのか?」


「何でも聞くところによると、彼女の受け入れ先が、彼のところしかなかったそうだ。第3作戦軍司令部の強い希望もあったと聞いている。彼女の家、アプリコット男爵家は、穏健内政派の重鎮であるプロキシマ子爵家の寄子だそうだ」

「だとすると、昨今の軍内部の情勢下では、まず、花形部署への配属はあり得ないな。優秀すぎるためのやっかみか何かでのいやがらせなのでは」

 もう一人の教官はきな臭い会話のためか、周りを見渡して、小声で

「彼女、いつまで生きていけるのだろか?

 あの少尉の副官だろ。まともな使われ方するのかな?」

「今時どこの派閥にも属さず、貴族の寄子でもない『野良』では、まともな扱いは受けないだろ。まして、軍務に関しては全くの『素人』では、使いつぶされるか、放置だな」

「放置のほうが生きていけるだけましだが、前線での放置は無いだろうな、捨て駒扱いが妥当だろう。でも、本当に彼、『野良』なのか?

 今回の『戦時特別任用』の推薦は、あのトラピスト伯爵の一派だろ。彼は、急進攻勢派なのでは?」

 すると、もう一人の教官がさらに小声で、

「そのトラピスト伯爵の怒りを買っての前線、それもジャングル送りだそうだ。詳しいことは知らないが、ジャングルの僻地、しかも、敵さん攻撃のおまけまで付くそうだ」

「だから、どの派閥の貴族も、彼を受け入れることができないのか。余計な恨みは買いたくないからな」

「せめて、アプリコット准尉だけは、生き残ってほしいものだ。

 生き残ってさえいれば、今すぐには無理でも、あれだけ優秀なのだ、絶対帝国のために活躍してくれるだろう」

「生きて来年を迎えられるかな?

 『野良』で『素人』である、あの『ノラシロ』少尉と揶揄やゆされているグラス小尉のもとで、無事でいられるとは思えない。とても心配だ」


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