第6話 奇跡願い抱く雫石

 瑠奈が風呂場に行くと、俺はアトリエで絵を描くことに取り掛かった。


「……俺の人生、か」


 まるで、太宰治の人間失格みたいに恥の多い人生だったと思う。

 普通の家族ではある。この年まで爺さんのアトリエを残してくれた恩もある……画家を目指すのが、もう少し早ければと何度も後悔した。

 学生の中ではオタクと呼ばれる方で、他の誰とも友達は作ってこなかった。

 作っていたら瑠奈のような人もいたかもしれないというのに。

 コンテストにも何一つ応募せず、好きな絵を見て鑑賞して楽しんでばかりだった。


「……だから、なんだ?」


 今の俺は瑠奈と出会ってギリギリ、変われるかもしれないんだ。

 だとしても俺の人生って、後悔だけじゃないか。

 後悔、それが俺の人生……?


「……っ」


 透はテーブルにあるノートを手に取って床に座り込みペンを走らせる。後悔は恥、恥は辛いで、青。うん、その方程式で行くなら色は青で十分イケるだろう。だが俺の後悔を絵という形にするなら、何が向いてる? 定番な海や闇、夜空とか、暗いイメージの物をプッシュアップして文字として書き足していく。

 ありがちな物しか、浮かんでこないな俺。どれも定番じゃないか。

 

「……定番、だったか? 俺の後悔って」


 作品なら、どんな人でも評価されなければいくらでも埋まるのが作品だ。

 それは等しく評価されない作品など食事に等しく消化されるだけのゴミと一緒だ……俺の人生がかかってるんだ。ゴミ箱に捨てられるだけのものにして溜まるか。

 恥を強めに意識した人物絵ならボッティチェッリのヴィーナスの誕生のような雰囲気で描きたい。悲しみを意識した風景画ならゴッホの星月夜のように……でも一番はその二つの要素を半々に取り入れた作品を、描きたい。

 だが、それは模倣にも等しい。俺の描く絵として、いいのかどうか。


「……くそ!!」


 破いた紙を丸めて投げ捨てる。

 今は、描くしかない。描くしかないんだ!!

 筆を右手に取って、使い慣れたパレットを左手に持つ。


「――全部、ぶつけてやる!!」


 後悔も、今胸に広がる熱を。

 月明りで照らされた室内で、絵の具をつけた筆先で自分の激情を乗せ始めた。

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