第3話 うだる熱伝う日々

「透は美大とか行ってた?」

「行ってない、金もないからな」


 カラッとした涼風が体に吹き抜けていく中、イーゼルを砂浜に立てて絵を描く透は海の模写をしていた。

 あまり外で描くよりアトリエで描くことの方がいいが、悪くない。

 瑠奈はひょこっと彼の後ろから絵をじっと見る。


「基本描くの油絵と水彩画、どっち?」

「油絵が基本だな」

「今描いてるの水彩画じゃん」

「気分転換だ」


 軽く聞き流しながら、パレットにつけた絵の具を筆に着ける。


「……水彩画の本場ってイギリスなんだって」

「知ってる……わざとか?」


 筆を瑠奈の顔に向ける。白のワンピースを汚されたくなければ、それ以上言うな、という脅しだ。


「ごめんて。でも透ってホント絵好きなんだね」

「なんだ、急に」


 筆先を止め透は横目で瑠奈を見ると楽しげに彼女は言う。


「最近、海でも描くようになった」

「俺は一分一秒でも絵に費やしていたいんだ」

「私との会話は面倒?」

「……絵の話をできる奴じゃなかったら、ここに来てない」

「ホント!?」


 キラキラした目で見てくる瑠奈にたじろぐ。


「……二度目は言わない」

「えー? ケチ」


 瑠奈とは絵の会話だけじゃなく彼女が19歳で美大を中退したという話を聞いた時は、驚かされた。

 彼女が言うには、「色々あったんだよ」とそれ以上は言わなかった。

 必要以上に聞き出すのも違うと思うので言うのは留めている。


「瑠奈、今度モデルをやってくれるか?」

「なんで?」

「……風景画は描けるが人物画が苦手なんだ」

「えー? 自分の得意な物でやりなよぉ」

「試せる時期に試しておきたいんだ」

「まぁ、いいけどさー……じゃあ、とびっきり可愛く描いてよ?」

「人物画は嘘を描いたらダメだろ……って、おい」

 

 瑠奈はどこから取り出したのか、スマホで俺の動画を撮り始めた。


「なんで撮る?」

「何事も資料いるでしょ? 絵なら嘘を含ませてもいいんだよ。綺麗な嘘で人が魅了されるなら、それはいい嘘ってことでしょ?」

「……嘘は、よくないだろ」


 顰め面の俺の写真を見せる瑠奈の琥珀色の瞳が夜なのに爛々と輝いて見えた。

 小悪魔の目、と言っても差し支えないかもしれない。


「イラストレイターの人とか自分の体で確認しながら描くこともあるんだよ。動画流しながら、スクリーンショットでいい感じなの撮ったりするし。何事も知識がモノを言うんだからっ! そういう意味では嘘も含まれるでしょ?」

「……まぁ」

「で? 今日はやらなくていいの?」

「今日は海の模写だけだ」

「じゃあまた来てよね。モデルやってあげるんだからさー」

「はいはい」

「何ー!? その生返事ー!?」

「こら、叩くな! 絵の具跳ねるだろっ」


 ポカポカと、俺の背中を叩いてくる瑠奈に咎めながらも俺たちは今日も他愛内一日を過ごした。

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