第2話 細波に揺れる氷菓

 翌日の夜、透は月夜が照らされた道路に出る。

 瑠奈の好みの物なんて知らないからコンビニで女子が好きそうなチョコとバニラの棒アイスを用意した。スニーカーで踏みしめる黒いアスファルトを一歩ずつ進みながら海の方を見るとそこには波打ち際で立っている彼女がいた。


「来たぞ」


 ビニール袋を彼女に見せるように見せると、瑠奈は俺の声を聞いて振り向いた。

 無表情だった表情が出会った時と同じ愉快気な笑みを見せる。


「それ何?」

「アイス。どっちがいい」

「じゃあこっち」


 瑠奈はバニラの方を選んで、俺はチョコの棒アイスを手に取る。

 お互いに棒付アイスを食べながら細波の音が響く海岸でぼーっと海を眺めた。

 ざぁざぁと波立つ白波が、俺たちの前で不規則に揺れている。

 瑠奈が俺の顔を覗いてきて不思議そうに聞いてくる。


「透って、絵を描く人?」

「なんでだ」

「絵の具、シャツについてるから」

「ああ……」


 瑠奈に指摘され、自分の服のあちこちに絵の具の痕が付いているのに気づく。

 夜になるまで絵を描き続けていたからな。当然と言えば当然か。


「画家を目指してるからな」

「へぇ」


 シャリ、とアイスを齧る。


「……お前は学生か?」

「中退したよ、病気なんだ」

「病気?」

「うん。私、海水を浴びないと体が水になる病気なの」

「下手な嘘だな」


 もっと現実的な嘘がつけないのかコイツ。


「あはは……いじめられるようになってさ、私、気が付いたらそういう体質になってて、海の近くにいないと怖いんだ」


 立ち上がった瑠奈は俺に背を向ける。

 彼女は一体、何を見つめているんだろう……俺が知る理由なんて特にないが。


「ねぇ、一度くらいない? 来世は鳥や花、風になりたいとかさ」

「人間じゃないと絵は描けないだろ」

「ロマンがないなー! それでも大人?」

「うるさい」

「でも憧れるじゃない? 例えば恋人同士がまた来世でも恋人になるとか、愛は不変って感じな奴。男の子なら、少年漫画の世界とか夢見たもんでしょ?」

「俺は絶対に画家になるって決めてるんだ、来世なんて興味ない。恋人だってどうだっていい」

「……そっか」


 瑠奈は冗談めかしく笑うとアイスをすべて完食する。

 食べ終わったアイスの棒を軽く舌で舐めて満面の笑みを見せる。


「また私に会いに来てくれる? また、ここで待ってる」


 期待が籠った声で、俺の顔を覗き込む瑠奈。

 ……まあ、インスピレーションがわいたのは彼女のおかげだしな。


「またがあればな」

「期待してるっ」


 その日から、透と瑠奈の些細な夜の日々が始まった。

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