ひみつの小道

 近道というのは、大通りから少し外れた小道だった。

 街灯がぽつぽつと立っていて、ほんのりと明るい。薄暗いのではなくて、ほんのりと明るい。言葉の綾じゃない。本当にそういう感じなのだ。不気味さは一切なくて、むしろノスタルジーを感じさせるような小道だ。


「ここ、知ってましたか?」

「いや、初めて来たよ!」


 目の前を野良猫が横切った。こんな道は知らなかった。私がここに来たのは今年からだし、まだまだよそ者だな。


「猫ちゃんだ、かわいい!」

「ほんとですね!」

 大通りと違って道が舗装されていないから少し歩きずらい。

 だけど静かでいい道だなあ。


「先生、猫ちゃん好きですか?」

「うん!大好き!でも、うち猫飼えないんだよねえ」

「やっぱり猫好きなんですね!いつか一緒に住めるといいですね」

「ほんとにねえ」


 他愛もない話をしながら、ゆっくりと歩いていく。

 やっぱり月代さんはただのいい子。深雪さんはこの子が私のことを好きすぎるから危ないとか言っていたけど、好かれる分には全然問題ないよ。


「先生、どちらかというと猫派かなって思ってたんです」

「びっくり。その通り。ワンちゃんも好きだけど、私体弱いから、散歩とか毎日いけないよ」

「ですよね!猫好きっぽいですもん。深雪さんも猫みたいですしね!納得です」

「……え?」


 なんで今この流れで深雪さんの名前が出てくるのかがわからない。何に納得したの?まさか、深雪さんと同棲していること?

 ありえない。だって私と深雪さんが一緒に住んでいることなんか、絶対知らないはずなのに。

 いやでも怖くて聞けない。聞き流しておこう。

 大丈夫。月代さんがストーカーなんてありえない。


「月、見てください。すっごく綺麗ですよ!」


 ふと上を見上げると、少し赤っぽい大きな満月が見えた。

 本当にきれいだなあ。


「そうだね。とってもきれい」


 夜が深まり、すこし冷たい風に頬を撫でられる。

 ちょうど虫の声が聞こえない、静かな季節が訪れた。


 ふと思い出して尋ねる。

「そういえば、今日はどうして遅刻したの?」

 深雪さんは今日うちの近くに現れたストーカーが月代さんの特徴と一致していると言っていた。私はもちろん月代さんがストーカーなはずがないと思っているので、アリバイを聞き出したい。


「ごめんなさい、単純に寝坊してしまって……こう、月が綺麗で、眠れなかったんです」

「そ、そっか……」


 こんな冗談を言う子だったんだ。

 若干、少し、一ミリだけ、絶妙にイタイかもしれない。美人の月代さんじゃなかったら許されないジョークだったな。


 上手く返せずに気まずくなったので、少し歩くスピードを速める。

 月代さんのほうが足長いので、全然問題はない。



 本当にこの道はかなりのショートカットになった。少しくらい茂みを抜けると、見慣れたおんぼろアパートの目の前。ここ、こういうつながり方してたんだ。家の周りでも知らない場所は多そうだ。家を出たのは19時で、到着したのが13分。

 でも、路地を使うよりも早いし、これからはこの道を使っちゃおうかな。


「じゃあ、また明日!遅刻しないでね」

「はい!がんばります!」


 ドアを開けると、目の前には深雪さん。

「先生……」

「……ご、ごめんなさい」

「いや、怒ってないよ。でも、急に家を飛び出すとか、もうしないでね。探したのに見つからなったし、ラインも返ってこなかった。」

「怒ってるじゃないですか……ごめんなさい」

「もういいよ。次から気を付けて。ご飯作っておくから、お風呂洗っちゃいなよ」

「はい……」


 月代さんと会ったなんて言ったらもっと怒らせてしまいそうだからやめておこう。二人には仲良くしてほしいんだけどなあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る