わからずや!

「そんなことありえないよ!」


ストーカーの犯人が月代さんであるはずがない!基本的に深雪さんの言っているこは信じたいけど、これだけは譲れない。生徒は等しく大事だからだ。


「いや……そう思いたいけどさ」

「大体、根拠はあるの?」

「根拠……とくにないけど、なんか怪しい!」

「ないじゃんか!憶測で友達を貶めるようなことを言っちゃダメ!」


深雪さんがむっ、と口を噤んで拳をぎゅっと握る。彼女なりに何か伝えたいことがあるんだろうけど、言葉にしてもらわないとわからないよ。

何か言いそうだったので、少し黙って待ってみる。

彼女の顔がだんだん赤くなっていき、閉じられた口の端っこが小さく動く。


「だ、だって、月代さん、二人でいるときにずっと先生の話ばっかりするんだ。おかしいくらい先生のこと好きなんだよ」

「ふえ、え、ま、まあ、それは別に悪いことじゃないじゃん」

「悪いことだよ!先生はわたしの……間違えたみんなのものだから!」

「なななな何を仰せになる!?」

「だからとにかく!月代さんは危ないです!」


深雪さんは顔をゆでだこのように赤くして頓珍漢なことを言う。友達のことを疑うのはよくないよ…


「ダメだよ、そんなこと言ったら。友達なんだから…」

「先生のわからずや!絶対ダメ!もう月代さんと関わるのはだめ!」


月代さんが犯人なわけなんかないし、一万歩譲って本当に私のことが好きでストーキングしていたとしたら、私は彼女と向き合って正しい方向に導いてあげないといけない。


今の深雪さんには何を言っても無駄だ。多分わかってくれない。


だから、今は深雪さんと話さないほうがいい。一旦落ち着いたらもう一回話し合おう。


そういえばお風呂用の洗剤を買ってくるのを忘れてた。


「お風呂の洗剤買ってきます!」

「それ今じゃなくてよくない!?」

「スーパーに行ってきます!」


私は玄関に向かって飛んでいった。


深雪さんを振り切るためにいつもは使わない道に入る。暗くてちょっと怖いけど、今は深雪さんに捕まる方が怖い。


もう日は沈み切っていた。大きくて明るい月が夜空の際、遠くに見えるビルに下半分を隠されていた。それが細い路地に入るにつれて見えなくなってくる。


月代さんではなかったとしてもストーキング自体は実際にされている可能性があるから、少し怖くなってきて歩くスピードを上げる。


狭くなった夜空を見上げても星は一つも見当たらない。明るい月は見えなくなった。

それが恐ろしくなって、私は走り出した。


路地を抜けると一気に周りが明るくなった。


安心感で頭が冷静になって一つのアイデアが思い浮かぶ。駅から帰る時に路地を迂回して大通りから住宅街に入るより、路地を使ってさっさと帰った方が安全なのでは?


実際、この細い路地に入っていく人はあんまりいない。地元の人間じゃなければ、そもそも存在自体知らないはず。


そして、ストーカーの犯人は私と面識がある人。この街に昔からの私の知り合いはいない!


 当面の安全は確保されました!犯人が捕まるまではこの道を使うことにしよう。



 駅前は煌びやかだ。賑やかなのはあんまり好きじゃないけど、今は街の喧騒がすごく頼もしい。さあ、お風呂の洗剤を買って帰ろう。そして、帰ってお風呂に入ろう。


 スーパーに併設された薬局で洗剤を買う。スーパーにもあるけど、薬局のほうがポイント還元率がいいのでなるべく薬局を使うようにしている。ぶっちゃけあんまりお金貰えないから……


お財布にレシートがうまく入らない。

いつももらいたくないんだけど、『いらないです』と言えないから結局貰ってしまう。さらにしまう場所もわからないので取り敢えず財布の容量を圧迫することになる。


洗剤を握りしめて薬局を後にする。


「せんせー?」


聞き慣れた声に振り返るとそこには


「うわあっ!」


ニコニコ笑顔の月代さん。


「お買い物ですか?」

「そ、そうです。な、なぜに月代さんがここに?」

「なぜにって…あはは、先生なんで震えてるんですか?私もスーパー近いので」



月代さんは食材がたくさん入ったビニール袋を右手に引っ提げている。

そう言えば……彼女も私よりは背が高いけど、深雪さんよりは小さい。そして、華奢だ。もしかしたら私より体重軽いかも。


もちろん私は月代さんを信じているけど、深雪さんが嘘をついていたとも考えられない。


ストーカーについて“深雪さんよりも背が低い”という情報しかないし、まして月代さんが犯人かもしれないという情報は深雪さんの憶測でしかない。


でも、一応大通りを歩いて帰ろう。


「今からお帰りですか?私も一緒にお家まで行きますよ」

「いやいや!それは申し訳ないよ。荷物いっぱい持ってるし、真っ直ぐ帰りな?」

「大丈夫ですよ。私の体力より、先生の方が心配です」


善意で言ってくれているのがわかるので、強く拒むことができない。結局二人で帰ることになった。


「先生のお家って、第二公園の近くですか?」

「え?そうだけど…」

「私、近道知ってるんです!ついてきてください!」


近道…?色々考えているうちに、月代さんに手を引っ張られる。

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