深雪さんが住み着いた。

「先生、私を泊めてください。」

背中をたたかれて、後ろを振り向くと、顔が見えない。

見上げると、とんでもない美人さん。

………ん?


憂いを帯びた切れ長の目、高く綺麗な鼻、雪のように白い肌と、さらさらの黒髪。


私が副担任をしているクラス、2年1組の、深雪みゆきアンリさんだ。

学校に来ていないのになぜか制服を着ていた。



時が止まった。たぶん私は、口をぽかん、と開けている。


頭の中で、高速で情報を整理する。

①深雪アンリさんが学校に来なくなった。

②私は、深雪さんの家に電話をかけた。

③でも、誰も出なかった。だから家に行った。

④それでも誰もいなくて、泣きながら帰ろうとした。



で、今、その深雪アンリさんが目の前にいる。

「み、深雪さん??」


「はい。深雪です。先生の家に泊めてもらえませんか?もちろんタダでとは言いませんし、家事もできます。」


深雪さんは、表情一つ変えずに、平坦な声で言った。どういうことなの?情報として理解はできたが、現実として認識することを脳が拒むので、頭がおかしくなりそう。

不登校だった教え子を心配して家に行ったら、家に泊めてくれと頼まれるという意味のわからない状況に、乏しい経験とあっさい知識に基づいて構成された私ののうみそはついていけていない。


「お願いします。かくかくしかじかなんです。とりあえず今日だけでも…」


深雪さんは深々と頭を下げる。意外と彼女との距離が近くてぶつかりそうだったので咄嗟に上体をそらす。しかし、彼女は背が高いから実際よりもお辞儀のリーチがあるように感じただけで、実際はかすりもしなかった。


「え、いやあ、ダメだよ!未成年者誘拐です!私、しょっぴかれます!逮捕連行です!」


「そこをなんとか」

深雪さんはなかなか引き下がらない。それどころか、お辞儀の角度をさらに深くする。


この子、クールビューティーかと思いきや意外と厚かましいぞ。

認識不能だった現実に脳が慣れてきて、あと純粋に涙が引っ込んできて、少しずつ現実リアルの解像度があがってくる。




「お願いします!家の事情が大変で!」

不思議な状況に持っていかれた脳みその中身が返ってきた。

家の事情…

夏休み前の、ひとりぼっちの深雪さんが思い起こされる。

やっぱり、大変そうだ。深雪さんはきっと大変な目に遭ってるんだ。たぶん彼女は、何らかの理由で家に居づらい。なのに、誰にも相談できないし、だれも助けてくれなかったんだ。



家に居づらかったり、家族と仲が悪いというのは本当につらいことだと思う。私はそんな思いをしたことがないからこそ、家に居場所がないということの苦しみを容易く想像できる。



彼女の必死な訴えに心を刺される。




で、でも…でも、同性と云えど、未成年の高校生を連れ去るのは…


ふと周囲の視線に気づく。

制服をきて、重い荷物を背負った女の子が、ぱっと見小学生くらいの小さな女性に深々と頭を下げている。私以上に、周りの人からしたら謎の状況だ。通報されたりすることはないだろうけど、変な誤解を生みそう。それに、同じ学校の生徒さんがいたらまずい。


仕方なく深雪さんを車に乗せた。


「ありがとうございます…先生。本当に助かります。」

「うぅーん、しょうがないなぁ。本当に今日だけだよ?」

ハンドルを両手で握り、前をしっかり見ながら話す。

本当は怖いから運転しながら話したくない。

ちょっと冷や汗をかいてる。


真昼のちょっと広い道路を時速40キロで進む。

後ろに車がいなくてよかった。

幸い、深雪さんはあんまり話しかけてこないタイプだった。

それでも誰かをとなりに乗せて走るのは教習所ぶりなので、ちょっと緊張する。

ハンドルを握る両手に力が入る。


文字通り手に汗握るドライブを終えて、自宅であるオンボロアパートに到着する。

重くて開きづらい扉を両手で開ける。

「お邪魔します。」

わたしにぴったりとくっついて、深雪さんが入ってくる。



狭い廊下を通って、6畳のリビングに入る。

「本当に平気?ここぼろいし、狭いけど…」

私の家はせまい。コンパクトサイズな私からしたらちょうどいいけど、深雪さんには少し窮屈だと思う。


「平気です。もし邪魔でしたらそこの押し入れで暮らします。」

深雪さんは押し入れを指さして言った。

「いやいや!ちゃんと深雪さんのお部屋もあるよ。こっちおいで。」


リビングの奥の洋室に彼女を案内する。

ほとんど使っていないのでとても綺麗だ。

置いてあるのは小さい頃から大事にしていたばかでかいクマのぬいぐるみ。いつかこのクマさんよりも大きくなると思っていたけど、

結局ギリギリで勝てなかった。私の身長はたぶん小学6年生の平均より低い。



「かわいいクマさんですね。撫でてもいいですか?」

「うん!」

深雪さんはでかいくまをわさわさと撫でる。大人っぽい美人の深雪さんが小さい子供のようにぬいぐるみを愛でる姿に思わず頬が緩む。


「ちょっと早いけど、布団敷いちゃうね。」

押入れを開いて、新品同然の布団を広げる。なぜ一人暮らしの部屋に布団が二人分あるかというと、私がこの部屋に引っ越してすぐ、友人が送り付けてきたからである。彼女は私が泊まる用だといって新品の布団を送ってきたが、本人はすぐに海外に行ってしまって、結局一度も使われなかった。


「ありがとうございます。来客用ですか?」

「うーん、友達用。本人は一回も来ないで海外行っちゃったけどね。だからこの布団は新品だよ。」


布団を敷いたけど、寝るにはまだ早すぎる。あとお腹がすきました。時計を見ると17時。


確か冷蔵庫は空っぽだった。今日は深雪さんもいるし、久しぶりにしっかり料理しようかな。


「いまから食材買いに行くから、待っててくれる?」


「お買い物ですか。荷物運びを手伝います。連れていってください。」

深雪さんの提案に少し迷う。もしも万が一同じ学校の生徒がいて、そしてその生徒が深雪さんと私の両方と面識があった場合、私と深雪さんの関係性について、あらぬ誤解を生むことになる。

しかし、そんなリスクは限りなく0に近い。


荷物運びを手伝ってもらえるのは助かる。私の筋力では2リットルペットボトル二つ分が限界だ。


「ほんと?ありがとう!でもその前に着替えて!リュックの中に着替え入ってるよね?」

深雪さんは学校を無断欠席しているくせになぜか制服を着ている。

さすがに自分の学校の制服を着た生徒を連れまわすわけにはいかない。


着替えるように言うと、彼女は驚くべきことに私の目の前でスカートを脱いだ。

スタイル良くて羨ましい…

脚長いなー。太もももいい感じだ。思わず凝視してしまう。


「先生?どうしましたか?そんなガン見して。変態なんですか?」


アンリちゃんはそう言いながらも、シャツのボタンを外していく。


「はわ!ごめん!…って、そもそもここで脱がない!変態は深雪さんです!!」


中途半端に服を脱いでセクシーな深雪さんを、彼女の部屋に押し込む。


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