【フリー台本】あなたは綺麗だと、私は何度だって言いたい【朗読台本】
つづり
あなたは綺麗だと私は何度だって言いたい
私の元に通う女中のアイさんには大きな痣があった。大人の男のこぶし大くらいの大痣だった。ときに赤く、時に緑で、紫や青になることもある。
同時に動くのだ。体中を。 あるときは、足に、腕に、胸に、顔に……。
彼女は困ったように笑いながら言う。
「私の痣は生きてるんですよ」
役所で努めているしがない役人の私に、親から紹介されたのが、アイさんだった。一人でも生活できるし、女中なんてと思ったが、訳ありなので預かってもくれと言われ、しぶしぶ受け入れることにした。
そして初めて会ったとき、親が預かるように言い含めてきた理由がわかった気がした。
彼女の目元には青紫の痣があった、アイさんは緊張した面持ちでこちらを見ていた。自分はここに居られるかどうか……そんな不安が見え隠れしていた。
私はそんな彼女の顔をよく見た。痣が綺麗すぎて、まるで紫陽花のような美しさだと思った。
「アイと言います、よろしくお願いいたします」
彼女は頭を下げる。その張り詰めた声を聞いて、はっとする。
見とれてる場合じゃなかった。私は手を差し出す。
「こちらこそ、よろしくおねがいします…」
私はタブンこの時すでに、アイさんに恋をしていた。
この世界の特異は体に出る。
特異とは特殊な能力を生み出す存在であり、大痣は顕著なる特徴だった。
大痣で表立って差別されることはないが、特殊な能力次第では畏怖される。アイさんも例に漏れず、能力者だった。天気をばっちりと予報できる。だから洗濯が得意なのですと、彼女は笑って言った。
私は休日に近くの公園に出かけて東屋で小説を読むのがスキだった。
昔は小説家を目指していたこともあった。今では書くことはなくなったが、仕事帰りに買った小説を一人で東屋で読み耽る。
「宗太郎様、今日は雨が降ります、傘を持ち歩いたほうがいいですよ」
しかし外は快晴だった。雲もない。本当に雨がふるのだろうかと思う天気だった。彼女の能力は知っているが、私は大丈夫だよと言った。
「本を一冊読むくらいだ。この天気ならそうは、雨はふらないよ」
アイさんは至極納得してない顔だったが、ソレ以上のことは言わなかった。お気をつけくださいねっとだけ言い残して、私を見送った。
数歩歩いて振り向くと。
私は彼女の項に緑色の痣を見つけた。おもわずじっと見てしまうと、痣はさっと背中側に隠れた。恥ずかしがり屋だったのかもしれない。
かわいいなと思った。
徒歩十分ほどでたどり着く公園には、遊具などもなく、ただ広場と
花壇と東屋がある。東屋の周りには紫陽花が咲いている。
多種多様の色の紫陽花だった。この花に包まれるようにある東屋がスキだった。
アイさんが来て一ヶ月、親からの手紙で、どうして私の元から来たのか知らされた。大痣が原因で離縁されたらしい……。能力以上に動き回る痣の奇妙さが、妖怪じみてるとなじられたと聞いた。
妖怪か……どこが妖怪なのか。
アイさんはこの家に最初来たときは、張り詰めたような緊張をしていたが、ソレ以降は明るかった。優しい女性だった。
たとえソレが、離縁とという理不尽を経て、現状を受け入れてるだけだとしても。
……昔、私には夢があった。小説家になり、人々を楽しませるという夢だ。だが出版社に送った原稿が零細な執筆料にしかならず、人を楽しませる前に自分が駄目になると、ぎりぎりに追い詰められた時、私は夢を諦めざるえなかった。生きるために働きづめで執筆もできなくなるということも大きかった。
今の役所の生活は以前より安定してるし、穏やかだ。だがあの頃より生きているという感じはしているのだろうか……。
「彼女は、今、生きてて楽しいのかな」
顔を上げてぽつりとつぶやく。眉間のシワが自然によっていた。
するとその時だ。水の粒が一つ、額におちた。雨だった。
雨は最初のうちぽつぽつと振り出す程度だったが、すぐに滝のように降り出した。私は慌てて、東屋で雨宿りした。
私は肩をすくめる。
「ああ、アイさんの言う通りになった」
これでしばらくは帰れない……本を読む間に止めばいいのだがと不安になった。そうでなくても雨の日は不安になる。
雨で全て閉ざされると思うのだ。外にもいけない、雨の音しか聞こえない……私は独りだと、末恐ろしくなる。
なにか理由があってこう思うわけではない。ただ私に生まれたときから染み付いている思考だった。普段なら布団でふて寝をしているのだが、東屋の木の長椅子では寝るのが厳しい……。
深くため息をつき、ひとまず小説を読もうと思うが、雨の音がつんざくようにはいってくる。やめてくれとおもう、私を追い詰めないでくれ。
私は思わず頭をかきむしると、そこに声が聞こえてきた。
「ああ、見つけた」
「アイ……さん……」
東屋に飛び込んでくるように入ってきたのは、アイさんだった。
肩を少し濡らし、息を一生懸命に整えてる。
「ごめんなさい、ちょっと雨対策でモノをしまってたら、雨が降り出して。宗太郎様のお迎えがおそくなっちゃいました」
彼女は傘を差し出した。手首にくるくると赤い痣が動き回る。
私は不甲斐なく、脱力して言った。
「ありがとう、アイさん……」
雨足が強いので。少し落ち着くのを待って帰ることになった。
彼女は東屋の中から、外の紫陽花を眺めていた。
「すごくきれいですね、紫陽花の園みたい」
「わかります、園ですよね、ここまで来ると。私、紫陽花がスキで、しょっちゅうここに来てしまう」
「いいですね。それにしても……私の大痣も紫陽花のように色が変わりますが、とても敵わないわ」
彼女は多少濡れてしまった影響で肌の白さがひときわ映えているような気がした。大痣は緑色の点描のようになっていた。初めて会ったときのように、目元にあった。
「私は、そうは思わないです……」
私の言葉に、アイさんは苦笑した。
「そんな気を使わなくてもいいんですよ? 私のこの痣を妖怪のようって言う人もいますし……私はそういうものなのです」
彼女の明るさと諦めが同居した言葉が、私の何かを揺らした。
ぐわんぐわんと頭の中が揺れる。私は彼女の腕を掴んでた。
アイさんはびっくりしたように私を見る。
「私が貴女を受け入れたのは、貴女の大痣が美しかったからです」
「え……」
彼女の瞳は震えていた。衝撃なのか、動揺なのか。
だが私はもう自分の感情を止められず、言葉を続けた。
「ずっと紫陽花のように綺麗だと思っていました、それだけじゃない
あなたはとても綺麗だ……」
彼女は言葉を出せず、ただ目を見張り、目元を紅潮させた。
「わ、私は……」
彼女の頬に一筋の涙が流れた。それは私に初めて見せる、彼女の痛みだった。
【フリー台本】あなたは綺麗だと、私は何度だって言いたい【朗読台本】 つづり @hujiiroame
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