第26階 ※王と奴隷※
ダンジョン9階層。
本来であれば宝箱が置かれただけの大部屋に、いくつものゴブリンが出入りを繰り返していた。
ダンジョンに存在しているほぼすべてのゴブリンが、倒した人間のアイテムや"戦利品"を担ぎこんでいる。
「ぐぎゃぎゃぎゃっ♪」
その中で一際大きな体躯を持ったゴブリンが、積まれた戦利品の上で宝箱を背もたれに座っていた。
その姿こそゴブリンキングの姿であり、ゴブリンの王だった。
続々と運び込まれる宝を眺め、どこから手に入れたか酒を飲みながら上機嫌に笑っている。
また1つ、ゴブリンの集団が部屋にアイテムを積み上げる。
その中にあった、戦利品の1つが幸か不幸か目を覚ました。
「な、何ここ……離しなさいよ!」
騒々しく声を上げ始めたそれに、周りのゴブリンが飛び掛かる。
弱いとはいえ、数の多いゴブリンが一斉に殴り掛かり、口を布でふさがれる。
その様子を見ていたゴブリンキングが酒瓶を放り投げ、山を下る。
行く手を遮らないように、ゴブリン達が道を開け少女の姿が王のもとに晒される。
体中に傷がつき、涙を流しながら蹲る。
ふと、影に覆われ見上げた先にはゴブリンキングが醜悪な笑みを浮かべながら立っていた。
こみ上げる恐怖に少女の顔が歪み、それを見てゴブリンキングの笑みが深まる。
「ぐぎぎぎぎぃ♪」
「ひぃ!?」
細い腕で折れた足を引きずり、床を這いずって部屋の出口を目指す。
すぐにゴブリンの壁に遮られ、押しのけようと手を伸ばしたところで折れた右足に激痛が走る。
「いだぃ……触んないでぇ……」
少女の右足を片手で掴み上げ、引っ張り上げた。
大粒の涙を流し、痛みをこらえてゴブリンキングを睨みつける。
その顔も、ゴブリンキングが嗤いながら少女に覆いかぶさることで、すぐに歪み、叫び、暴れ始めた。
周りのゴブリンが大声でわめき始め、その狂宴が始まろうとした瞬間に異変が起こる。
ゴブリンの厚い壁のその裏で、1つまた1つゴブリンの数は減り続けゴブリンの首が落ちた。
ゴブリンキングの凶手が少女に届く前に、その首に銀の刃が掛けられる。
反射的に退いたゴブリンキングの目の前で、1つの斬撃が空を切った。
傍に落ちていた手ごろな剣を拾い上げ、目の前のソレを相対する。
「ぐぎぎぎぃ…ぎゃぎゃ!」
「……」
黒い布で顔を覆っているが、背は普通のゴブリンと同じ程度。
持っているのは剣ではなく例えるならば鉤ヅメのついた、分厚い鉈だった。
穴の開いた鎖帷子を着こみ、皮の靴を履いている。
飛び掛かるゴブリンをソレは悠々と全て一撃で屠る。
そしてゴブリンキングは直感する、目の前のソレがゴブリンであると。
ゴブリンキングが雄たけびを上げた。
その声に合わせてゴブリンが理性を失ったように拳や棍棒を振り上げ、飛び掛かる。
「……ッ」
その場で跳び上がり、四方からの衝突を交わしたソレは足元のゴブリンを踏み台に前方へ跳躍する。
鉈で切り上げから始まる、流れるような斬撃の舞をゴブリンキングはかろうじて受け止める。
どこで身に着けたか、それは人間でいうところの武芸に近しいものだった。
横から跳び行ったゴブリンの一匹に斬撃が加えられた瞬間に、ゴブリンキングは背を向けて距離をとる。
もう十分だろうと、向き直ったゴブリンキングはソレよりも先にこちらへ向かう飛翔物に目を奪われる。
とっさに剣で受け止め、その飛翔物が割れて中身が降りかかる。
左目に雫にも満たないほど小さなごく少量の液体が目に入る。
「グギャ……ギャギャァッ!?」
それはこの階層では珍しい『パープルポーション』だった。
ごく少量とはいえ、一口で命を失うその猛毒が目を焼き光を奪う。
剣を杖によろめくゴブリンキング、片目を抑え苦痛の元凶を睨みつける。
既に歩を進めていたソレは鉈を腰元に添えて、眼前に迫っていた。
再び始まった息もつかぬ攻撃に、じりじりと後退る。
片目をぎょろぎょろと動かしながら、両手で持った剣を使って攻撃を受け止め続けるゴブリンキング。
頭上からの攻撃を受け止め、ふとその軽さに疑問を持った瞬間、鳩尾に強い衝撃が入る。
「グ……ギィ……ッ!」
「……」
蹲るゴブリンキングに振りかぶった鉈を叩きつけ、首を吹き飛ばす。
シンと静まり返り、ごろごろと転がるその頭をその場にいるゴブリンすべてが目で追った。
強力な加護を授け、欲望のままに暴れることを許したその敬愛する王は目の前で事切れている。
既にそれはゴブリン達にとってただの肉塊に価値を落としていた。
頭を失ったゴブリン達はすぐさま代わりの存在を見つけ出す。
すなわち、その王を屠った目の前の"ソレ"である。
「グギャ……グギャギャギャ♪」
「……」
目の前で、1匹のゴブリンが首を垂れる。
手にはゴブリンキングの頭を持ち、差し出すように頭上で掲げている。
ソレはゴブリンキングの頭を持ち上げると跪いていたゴブリンの首を落とす。
「ギャギィ!?」
ゴブリン達は強者であるソレが敵であると、自分たちは獲物で彼が狩人であると、直感的に理解した。
「グジャギャギャ!」
多勢に無勢であるが、戦力差には大きな開きがあった。
いくら頭数を揃えようとも、所詮はゴブリンであることに変わりはなく、故に容易くソレに摘み取られていく。
「……」
そう時間はかからず、多くのゴブリンがいたその部屋にはソレのみが立っていた。
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