第7階 ※運命の依頼

王都パァリにある冒険者ギルド。

 太陽が頂点に上った頃、冒険者ギルドの一画で飲食を提供している酒場では年季の入った木製の机と椅子に多くの冒険者が座って、つかぬ間の休息を過ごしている。

 真昼間ということもあって客は少ないが、そんな中人の目も気にせず机に突っ伏している青年がいた。

 

「あー……暇だ~」


 机の上に銀の小盾と黒い鞘に納められた剣が無造作に放り投げられていた。

 その傍にはすっかり温くなった飲みかけのエールが置かれている。

 

「ここ最近ロクな依頼がねぇ……」

 

 最近、冒険者ギルドの依頼掲示板に張り出されるのは住人から出される雑用が大半。

 求めている報酬金が高額になりやすい討伐や調査の依頼も、せいぜいゴブリンを追っ払う程度だ。

 

 商人の護衛や、商売の手伝いだとかそういった依頼は一定数出ているが、この手の依頼は護衛対象とトラブルを起こすと面倒だと過去の経験から、学んでいるバクターにとってはあまり受けたくはない分類の依頼だった。

 

 しかもパーティメンバーは『危険な依頼が無いのは良いことだ』とか、『別に依頼がないならそれでいい』なんていうから余計に依頼が回ってこない。

 何かしら副業で稼げる奴らは、お気楽なもんだ。

 

「バクターさん、今大丈夫ですか」

「ん?」


 ギルドの男性職員が畏まった様子で声を掛けてくる。

 昔っから上から目線で、パーティの等級が上がるたびに態度は軟化しているが……。

 ここまで下から入られるのは珍しい。

 

「C級パーティのバクターさんにギルドからの指名依頼が入っていまして……」

「ちょっとまて、ギルドからの指名依頼だって?」

 

 指名依頼は等級が低いうちから顔を売っていけば……まぁないわけじゃあない。

 だがギルドからの指名依頼は別だ、最低でもA級の上位パーティが高難易度の依頼を指名されるはず。

 少なくとも俺のパーティがギルドから指名されるのは初めてだ。

 

「それで、その依頼ってのは?」

「はい。王都パアリと商業都市クラルコの間に突然塔が現れた事、ご存じですか?」

「あぁ、最近噂になってるな」


 ギルド職員は手に持っていた依頼書を目の前で広げ、詳細を読み上げる。

 簡単に言えば噂の塔の調査依頼。

 報酬はこのランク帯では平均よりちょい上ぐらいだ。

 

「危険を考慮してパーティへの依頼とのことです」

「危険ねぇ……」


 そんなに危険ならもっと上の等級に依頼するべきなんじゃないのか……?

 だが、丁度暇だったしあいつらに声を掛けるか。


 依頼書にサインをし、パーティメンバーの1人であるトリッツを見かけたら声を掛けるように職員へお願いする。

 残りのメンバーが居そうな場所に顔を出す。

 

 最初はこの町にある教会だ。

 孤児院も兼ねており、高台にあるこの教会はいつ見ても老朽化がすすんでいる。

 

「おー、マール。」

「あ、バクターさん」

 

 回復の魔法を扱うマールは暇があれば、教会で手伝いをしている。

 冒険者としては珍しい教会出身のため、お金を稼いでは教会に持って行っているらしい。

 

「依頼だ、それもギルドからの指名依頼」

「え、指名依頼……ですか?」


 訝し気な様子のマール。

 軽く説明をして、明日出発の予定を伝える。

 調査依頼だ、長期滞在も可能性としてあると伝えると輝いた笑顔でマールは頷いてあっという間に消えていった。

 彼女は意外と屋外が好きで、野営などがあると張り切る冒険者としても稀有なタイプだ。


 次は魔法使いであるロゼの自宅。

 引きこもり気質の彼女は全くと言っていいほど外へ出ない。

 大陸中から集めた本に埋もれて魔法の研究に没頭していることが大半だ。


「おーい、いるかぁー……ロゼー?」


 鍵のかかっていない扉を開け、玄関から声を掛けるが返事はない。

 が、奥から液体を沸騰させた音やガラスの容器がぶつかるような甲高い音が聞こえてくる。

 

 勝手知ったる我が家のように上がり込み、ロゼがいるであろう研究室へ向かう。

 研究室の扉を開けると予想通り、ロゼが魔法で研究道具を宙に浮かせて操りながら分厚い本を寝そべって読んでいた。


「……なに?忙しい」

「仕事だ、さっさと片付けろって」

「……はぁ、バクターはいつも急。もう少し段取りを考えるべき」

「魔法バカに言われたかぁねぇけどな」


 むっとしたロゼだがそれ以上は何も言わず、手を払う仕草をすると宙に浮いていた研究道具はどんどん定位置へ戻っていく。

 ロゼが本を閉じたとき、宙に浮いている物は無くなった。

 

「出発は明日だ、長期滞在になるだろうからテントも持って来いよ」

「長期依頼……はぁ」

 

 嫌そうにため息を吐くと、また本を開いて続きを読み始めた。

 もう話す気はないのかこちらを気にする様子はない。

 バクターは頭を掻いて、彼女の家を後にした。


 パーティメンバーに話を付け終わったバクターは冒険者ギルドへ戻る。

 そこには職員から話を聞いたトリッツが食事を取りながら待っていた。

 

「よぉトリッツ」

「バクターか」

 

 食事を全て食べ終えたトリッツが水を飲む。

 既に話は聞いているから依頼の打ち合わせはすぐに終わった。


「それにしても相変わらず急な依頼だな。もう少し老体を労わってくれや」

「何言ってんだよトリッツ。まだまだこれからだろうが」

 

 トリッツはこのパーティ最年長だが、自分は人を従える器ではないとバクターにリーダーを譲ったのだ。

 平凡ながら経験を積んだトリッツに比べて、経験の浅いバクターの戦闘能力は優秀だ。

 人柄の良いトリッツにバクターは歳は離れていても良い友人だと思っているし、ちょくちょく技の練習に付き合うこともある間柄だ。

 

 翌日の早朝。

 俺を含めたパーティの4名は、それぞれの冒険者としての証を身に着け城門の前へ集まる。

 まだ日が昇り始めたばかりの時間帯だが、すでに働き始めている人間は多い。


「バクター、遅いぞ」

「バクターさん、おはようございます」

 

 先に来ていたパーティメンバーに手を上げ、答える。

 城門傍の馬車待合場でクラルコへ向かう今日最初の馬車へ乗り込み、俺たちは依頼の塔へ向けて進み始めた。

 

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