第6階 秘密を知らせる者

「密偵?」


 ぽつぽつと増え始めたダンジョン挑戦者達。

 そのほとんどがダンジョンに呑まれたが、アイテムを持ち帰った挑戦者もいた。

 

 しかしその挑戦者たちも、アイテムの価値に気が付くことができずにいるのだろう。

 未だ無名のダンジョンは閑古鳥が鳴いている。

 

 そんな中、クラリスがある提案を出す。


「はい。国中でダンジョンに関する情報を集め、さらにこちらから情報を流すこともできます」

「情報を流す?」

「『あそこには不思議なアイテムがある』等、様々なうわさをこちらから流すこともできるでしょう」


 ダンジョンの情報を流して人を集めたり、逆に情報を集めたりするために誰かを忍び込ませる。

 クラリスとしては情報は最優先で集めたいらしい。


「良いと思う。どうすれば良い?」

「マスター。ドライアドの召喚及び、『従魔化』の提案いたします」

「従魔化……?」


 首をかしげるゼノ。


「従魔化とは、モンスターと魔本に接続(パス)を造り、マスターの求める願いをモンスターに与える能力です」

「なんでも?」

「マスター。モンスターの格や相性によって結果は作用されるので、必ずしも臨んだ結果を得るとは限りません」


 欲しい能力を得るわけじゃなくて、あくまで方向性。

 時を止める能力が欲しいって願って従魔化したら、時間をちょっとだけ遅くする能力になるかもしれないってことなのか。


「じゃあクラリスは?」

「マスター。現時点で私の性能はマスターの能力の限界を超えています。従魔化は不可能です」

「そう」

 

 あんまり強い相手には効かないってことなのか。

 クラリスはいてくれるだけ心強いから従魔化なんていらない。


「なんでドライアド?」

「はい。ドライアドは人に擬態し、襲う習性をもっているため人に化ける能力を持っているためです」

「襲う?」

「はい。従魔化の時点で多少知能は上がるので、その辺りは命令すれば問題ないかと」


 人に化けられるなら適任なんだろう。

 クラリスのおすすめに従ってみることにする。

 

「召喚『ドライアド』」


 魔本を取り出し、ドライアドを召喚する。


 ドライアドの見た目は緑の長髪を備え付けた、等身大の木彫りの女性。

 それも体つきがとても女性らしいというだけで、顔がついてはいない。

 つまりは大きいデッサン人形だ。


「マスター。従魔化は魔本のページを抜き取り、与えることで発動することができます」


 魔本の何も書かれていないマナが大量に籠ったページを一枚破り、ドライアドに与える。

 込める願いは『情報収集能力』。

 ページがドライアドの体に触れると、まるで水に沈めたかのようにするりと中に入ってしまった。


 それと同時に眩く光出したドライアドの体。

 光が晴れた時、そこには頭に花冠を乗っけた美しい女性が立っていた。

 

 先ほどの木人形と、今とでは見違えるほど人間の姿をしている。

 緑の長髪はより艶やかに、体は全体的に大きくなり、スタイル抜群である。

 顔は緑色の瞳とたれ目が合わさって、優しそうな雰囲気が印象付けられる。

 総評的には優しいお姉さん。人間と疑われることもない無いだろう。


 ただ惜しむべきは人間的な感情が薄いということだろうか。

 服を着ていないドライアドは、羞恥心もなくその魅力を惜しげもなくさらけ出していた。


「なんで服着てないの?」

「マスター。こちらに」


 振り向いた時には既に、クラリスがどこからともなく服を手に持って立っていた。

 ダンジョンに呑まれた挑戦者の服を今、取ってきたのだろう。

 上は男物の大きな服だった。まさか、この服の持ち主も知らないところで彼シャツになっているとは思わない。

 下は女性物のズボンではあるが、彼女のスタイルにはちょっときつそうだ。

 

 なんとかドライアドに服を着せ、ようやく直視できる姿になった。

 ボーっとしているドライアドはどこか眠そうに見える。

 ゼノは自分の顔が熱くなっていることを不思議に感じながら声を掛けた。

 

「言葉、わかる?」

「んー? あなた誰~」

「……クラリス?」


 クラリスにゼノは困っているよと視線を送る。

 ダンジョンだったり、役目だったりの説明は……1からはちょっと大変だ。

 

「うそうそ、わかってるよ。マスタ~」


 そう言ってゆったりとした動きで窓の傍に移動し、太陽の光をその肌に当て始める。

 すると、仄かに彼女の体が発光しているように見えた。


「それで~? 私は何をすればいいんですか~」

「人に紛れて情報を集めてほしい。ダンジョンに関係するもの、とか」


 この辺りの地理を知っている限り簡潔に話し、近場の王都と商業都市の情報を集めるようにお願いする。

 一度説明するだけで、全て記憶と理解する辺りのんびりしているようでもかなり優秀そうだ。

 念のため、資金としてわずかながらお金を手渡す。

 

「なにか聞きたいこと、ある? 答えられることは少ないけど……」

「ん~わかりました~。聞きたいことはないです~」

 

 よいしょっと立ち上がってそのまま窓を開けると、その窓枠に腰掛ける。

 落ちるんじゃないかと慌てるゼノにドライアドはまったりと口を開いた。

 

「あ、名前。欲しいかも~」

「名前……」


 名前か……簡単ではあるけど、これなら呼びやすいかな。


「ライア……でどうかな?」

「可愛くていいかも~。ありがと~。

「ドライアドでライアですか。安直ですね」

「だめかな?」

「ぅんーん、気に入ったよ♪じゃあ行ってくるね~」

 

 そう言ってライアは止める間もなく窓の外へ飛び降りた。

 ゼノが窓に走るが、下を見ても既に姿はない。


 そしてゼノがライアの身を案じて、しばらく経ったある日。

 クラリスに連れられて、ライアは再びゼノの前に現れた。


「ライア……死んだのかと思ってたよ」

「え~?ひどいよ~頑張って調べてきたのに~」


 えーんと口に出しながら、しくしくと泣きまねをするライア。

 なんだか楽しそう……?


「どんな情報を調べてきたの?」

「マスター。それは私の口から説明させていただきます」


 すでに、クラリスがマイペースなライアから話を聞きだしてくれていたようだ。

 クラリスが、時間をかけて聞き出したであろう報告を始める。


「まず、ダンジョンに関しては正体不明の建造物として話題にはなっているようです。しかし、アイテムに関してはそこまで認知されているわけではないようです」

「そっか」

「一応、噂程度に調査の可能性があるようですね」

「知られ始めてるぐらい、か」


 なら、時間を掛ければ人は増えるのかな。

 アイテムの良さに気づいたら我先にって取りに来るかもしれない。


「マスター、気になる情報がもう1つ。このオルトレアン王国の第1王女は病弱で、数年前から床に臥せているようです」

「そうなんだ」


 ダンジョンのアイテムにどんな病も治す薬があるとわかったら人も増えるかもしれない。

 モノはないけど、先に噂だけでもライアに流してもらおうかな。

 

「わかった、ライアもまた頑張って」

「は~い」


 クラリスが言った通り、情報は大事かも。

 このダンジョンが人でいっぱいになる日が楽しみだ。

 

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