第5階 最高を目指して


「どうやら、この程度の侵入者には十分対応できるようですね」


 冒険者2人を撃退し、ダンジョンの具合を確かめたゼノ。

 ゴブリンも数が居ればそれなりに戦えることが分かったし、宝箱もしっかり動作していることは確認できた。

 しかし、創ったダンジョンがしっかり動いていることを確認したゼノの顔は晴れない。


「マスター。既に挑戦者は無力化され、ゴブリンの支配下に置かれたようです」

「……助ける?」

「マスター」

 

 ゼノにクラリスは優しく声を掛けた。


「彼女らは侵入者。いうなれば人の家に勝手に入り込んだ盗人なのです」

「うん」

「それに、きっとこのダンジョンに侵入する者が増えれば助け出されることもあるでしょう。気にしてはいけません」

「わかった」

 

 きっと今回はゴブリンだったから連れていかれただけ、もっと別のモンスターだったらその場で命を落とすかもしれない。

 それでも、ダンジョンのアイテムをうまく使えればその窮地を脱出できるはず。

 

 実力だけでなく運も挑戦者の生死に関わる要素なのだとゼノはなんとなく察した。

 

「マスター、ダンジョンはモンスターがそれぞれの習性に従って階層特有の性質を作ります」

「性質?」

「はい。今回の場合、ゴブリンは部屋の1つを巣穴にしているようですね。先ほどの挑戦者もそこに連れて行かれたようです」

「なるほど、見てくる」

「分かりました、お気をつけて」

 

 両の手を合わせ、開くことで現れた魔本を手に取って、「1階層」と小さく呟く。

 あっという間に自分の作り出したダンジョンの1階層へ位置が切り替わる。

 薄暗いダンジョンの中でスライムが通路に悠々と蠢き、時折スライム同士がぶつかり合っては進行方向を変えていた。


「スライムは進むだけ」


 次はゴブリンが出現する4階層へ向かう。

 転移後すぐ見つけることができたゴブリン達は既に徒党を組み、ある小さな部屋に集まり群れを作っていた。

 腰蓑を巻いた緑の小人が、独自の言語を叫びながらそこかしこで歩いている。

 

「……」


 適当に見渡って、11階層へ転移する。

 レッサーウルフは茶色毛並みに鋭い牙を見せつけながら唸らせ、黄色い目がぎらぎらと輝いている。

 群れは作らない習性なのか1匹でうろついている個体しか見かけることが無かった。


 レッサーウルフと共存はできないのか、ゴブリンは出くわす度に一目散に逃げだしている。

 レッサーウルフは興味がないのか一瞥するだけで追いかけることはない。

 奇妙な共存関係がすでに出来上がっているようだ。

 

 16階層もそこまで違いはないが、キラービーはどうも迫力がある。

 人の頭ほどの大きさがある蜂はそれだけで恐怖を駆り立てるが、指一本程の長さがある巨大な針が見せつけるように腹の先から見えていた。

 体が大きい分、強く振られる羽からはより大きく耳障りな羽音が奏でられている。


 20階層のスライムキングは名前の通りスライムの王様なだけあって巨大な体をしている。

 分厚いスライムの体は高い緩衝性能を持ち、高い耐久力を持っている。

 分裂によってスライムを生み出す能力や簡単な魔法を扱うこともできる。


「まずまず」

 

 実際のダンジョンの風景も見れた、一旦マスタールームに戻ろう。

 ゼノがマスタールームに転移し、ソファーに腰かけたところでクラリスが1つ報告を始めた。

 

「マスター。塔のマナが必要分溜まったため、魔本の位が1つ上がったようです」

「魔本の位?」

「はい。現在、魔本の位はⅡとなっています。」

 

 クラリスはたくさんのことを知っている物知りだ。

 僕の知らないことをなんでも知っている。

 

「マスター。魔本で召喚できるモンスターが増えているかと思います」

「……うん。増えてる」


 確かにモンスターの書かれていたページにモンスターの名前が増えている。

 何も書かれていないページばかりの魔本をペラペラと捲り、追加されたばかりの新しいモンスターに目を通す。

 

【Ⅱ召喚可能モンスター】

 ・ハーピー 迷宮指数:180

 ・スケア―バード 迷宮指数:90

 ・イッカク兎 迷宮指数:50

 ・ドライアド 迷宮指数:200

 ・アルラウネ 迷宮指数:210

 ・オーガ 迷宮指数:480

 ・ミミック 迷宮指数:350

 ・ゴーレム 迷宮指数:1,300

 ・アラクネ 迷宮指数:1,750


 きっと、今の最前線モンスターを書き換えるモンスター達のはずだ。

 彼らがどんな習性をもって階層を作り変えるのか、気にはなるけどまぁ、現時点では階層が足りないし、今はまだ眠っていてもらおう。

 

 そういえば魔本って名前がついてるくらいだし、魔法にも関係のある本なのかな。


「僕って魔法とかって使える?」

「はい。可能性としては否定できません」

「魔法教えて」

 

 クラリスは眉を顰め、小さく首を横に振った。


「マスター。当機は魔法を扱うことはできません」

「なんで?」

「魔力を扱う構造になっていないためです。魔力を貯めることも、魔力を感じることもできません」


 そうなんだ。

 なら、クラリスはどうやって動いてるんだろ。

 

「当機っていうのはやめよう」

「……かしこまりました」

 

 頷いたクラリス。

 ゼノにとっては既にクラリスは頼れる"人"なのだと、そう思っていた。

 

「マスター、当面の目標はどうしますか?」

「100階層までのダンジョンを造ること……かな」

「マスター。100階層まではしばらくの時間がかかると思われます」

「わかってる」


 ナイルからのお願いは力が付くまでは叶えられるものではないのだろう。

 だからこそ記憶の一部が消されているわけだ。

 

 なら、今はただ面白いダンジョンを造ろう。

 波乱万丈でスリルを味わい、死の淵に立って、それでも尚手を伸ばすほどの一攫千金のお宝も用意しよう。

 僕にはこれダンジョンしかないみたいに、唯一無二の最高のダンジョンを。


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