第12話 お前と同じでたいそう詰めが甘い犯人




 月夜に、「ぎゃー!」と絶叫が響きわたった。狸と狐が不快げに耳をぺたりと閉ざす。乱暴に揺すり起こされた男が、彼らの姿に怯え、取り乱したからだ。


 ごめんなさい、助けて、殺さないで、俺はしてない、と、うわ言のように繰り返して身を縮こめるばかりだ。大の男三人に取り囲まれているとはいえ、いくらでも隙はある。それなのに、走り出して逃げることすら考えられないらしい。


「駄目だな、これは。まるで使えそうにない」

「ボクは人間だから安心してくれてもイイのにナ~」

「あんまり認めたくないけど、君の思考回路はだいぶこっち側だよ。人間側だとうぬぼれるな」

「エ~」


 青年の間延びした抗議の声も、男の耳には入っていないようだ。このまま彼を警察に突き出しても、丸く犯人としておさまってくれそうにない。震えるばかりで会話にならないだろう。


「だいぶ精神の方をやられているな。しばらくすれば落ち着くだろうが……」

「そのしばらくって、キミたちスパン? ボクらスパン?」

「こちらだな」

「ワァオ、しばらく、トッテモ長いネ~」

 三百年は生きている妖狐の言葉に、青年はもろ手を挙げた。


「これでは、警察に自白をでっち上げてもらうにしても難しいな。致し方ない。本物の犯人を追うか」

「え~……まだこれ続けるの? 俺もう疲れたんだけど。それに、本物の犯人探すったって、なにも手がかりないじゃん。いいよ、適当にこいつ突き出しとこうよ」


「役を果たせる見込みもない身代わりを立てて、下手に私の山の事情まで踏み込まれると面倒だ。こいつも大なり小なり、一連の事件には関わっているんだろう? なにか犯人に繋がる情報を持っているかもしれない。狸、聞きだせ」

「君がやれよ!」

「さきほどの女に術をかけたがっていたのに、私が取ってしまったからな。譲る」

「いらないよ! こいつ、目がたれてないもん。なにもそそられない!」


 身も蓋もない主張で狸は権利を突っ返す。とがらせた唇と毛の逆立つ尾は、相当ご立腹のようだ。狐は肩をすくめた。困ったものだとばかりに、緩慢に男の前に膝をつく。


「こんなガクブルで聞きだせるのカイ?」

「問題ない。いまは夜で、ここは半分異界だ。術を施すのに労はない。催眠状態にして一時的に混乱を取り除く」


 美しい、けれど骨ばった大きな手のひらが、無遠慮に震える男の顔を引っ掴んだ。強引に合わせられた金色の瞳が、青白い月明かりに妖しく揺れる。

 すると見る間に男の身体から力が抜けていった。怯えていた強張りが消え、だらりと手足を投げ出して、ぼんやりと狐を仰ぐ。


「さて……では、お前がやった〈いけないこと〉について、話してもらおうか。昔の話はいい。兄貴分と宝石強盗を行ったあたりから、隠し立てなくすべて話せ」

 低い声が深く静かに命じるままに、しまりなく開いた唇がおぼつかなく言葉を滑らせはじめた。


 いわく、彼らはもっと自由気ままに使える金と時間が欲しかった。そこで、勝手に組から抜けて独立し、海外で詐欺事業を展開しようと目論んだそうだ。そのための軍資金として、組の金庫の金と宝石を盗み出した。

 どちらの犯行も兄貴分が計画し、準備を整え、実行に移されたそうだ。


「俺は、金庫の金だけでも十分だから、それ盗んだら、とっとと飛ぼうって言ってたんだ。でも、兄貴が……いいツテがあるって。だから宝石もかっぱらって、すぐに、逃げるはずだったのに。ぜんぜん、落ち合う場所に、来ねぇで……。兄貴置いても逃げられねぇし、そもそも金も宝石も兄貴がどっかに持ってて、俺、場所分からねぇし。だから、どうしようもなくて、組に見つかるのも、サツにばれるのも怖くて、女の家に逃げたんだ。そしたら……兄貴が、殺されてたって、ニュースで……俺、どうしたらいいか、分かんなくなって……――」

 そこでがくりと、男は力なくうなだれ、そのまま倒れ込んだ。もう用は済んだと、狐が術を切ったのだ。


「……と、いうことらしい」

「なんも分かんなかったじゃないか」

 涼しげに腕を組む狐を狸は睨み上げる。


「もう駄目だ。時間の無駄だった。いいよ、こいつ突き出そう」

「警察が無能であることを祈るか……」

「でも、ツテってなんなんダイ?」


 無慈悲に狸と狐が意識を失った男を見下ろす中、きょとんと青年が首を傾げた。振り返る二匹の視線に、青年は眉間にしわを寄せ、トントンと指先でそこを叩きながら、「え~」ともってまわった独特の節回しでなにかを真似る。


「彼、ツテと言いましタ。これは今までになかった情報デス。ツマリ~、彼らが宝石店を強盗するにあたり、もうひとり関与する者がいた、ということデ~ス。コレハ、そのツテがダレなのかを探る必要があるのではないデショウカ? え~、以上、んむ!」

「名前は言うなよ?」

 青年の口に力いっぱい手のひらを押し付けて、狸が微笑む。そこには、絶対に口を滑らせないという強い意志が漲っていた。


「しかし確かに、強盗への関与のほどはともかく、そのツテとやらを探ってみるのはありかもしれんな」

「だとしても、そのツテってなんだよ? こいつ、君の術にかかってたのにツテについて詳細を言わなかったってことは、よく知らなかったってことだろ? なにも手がかりないじゃん。詰みだよ、詰み」


「面倒だからとすぐに諦めるな。頭を使え」

 とっととこの厄介な捜査ごっこを打ち止めにした気持ちが溢れかえりまくっている狸の態度に、狐は嘆息する。


「思い返せば、この宝石強盗、妙に引っかかるところがある。バイトで実行役を募ったものの、そいつらは即逮捕。そこまではまだしも、そいつらからすぐに首謀の男の名前が挙がっている。わざわざトカゲの尻尾を用意したにしては、始末が稚拙だ。お前と同じで、たいそう詰めが甘い犯人ということがここからわかる」


「ねぇ、そこの比較対象として俺に言及する必要あった?」

「なのに、狙いとした宝石店の選び方はなかなかに適切だった」

 狸の棘ある苦言をわざとらしく流し、狐は続ける。露骨に鳴らされた舌打ちも、狐耳には可愛い音色だ。


「運よく女性店員がひとりの時間。おまけに警察署で見た資料によれば、近々開催予定の店の催しのため、高価な宝石の仕入れが多くなっていたので被害額が膨らんだらしい。つまり、警備が手薄で実入りが多い店だと調べがついていたことになる」


「オウ! つまり、宝石店だからってたまたま適当にその店を襲ったんじゃなくて、ワザワザ選んで盗んだってことダネ?」

 押さえる力が弱まった狸の手を引っぺがし、青年が楽しげに狐の推測に割り込んだ。

「と、いうことは、まずはその宝石店関係者が怪しいヨ~。誰から調べに行くんダイ? 店長? 副店長? 自分の店を襲わせて、被害者ヅラして保険金と盗んだ金、両方ガメとるのは強盗モノの鉄板ダヨ~!」


 わくわくが収まりきらないとばかりに青年は身を乗り出す。その前のめりなやる気を、うっとうしげに狸は見やっていたが、それでもその緑のたれ目の煌めきに視線がロックオンされているあたり、本当にぶれがない。

 そんなどうでもいい観察をしながら、狐は青年へ口端を引き上げた。


「貴様の期待には悪いが、今回はもっと怪しい相手がいる」

 昼に警察署で眺めた時には関りないだろうと流していたが、ここに来てにわかに気になる情報が、狐の脳裏には浮かんでいた。


「首なし男の金銭情報。奴の金回りの確認のために、いろいろと調べられていた資料があってな。それによると、ここ数か月、ずいぶんとガラに合わない洒落た買い物が増えていた。靴だの鞄だの洋服だの――女性ものブランドのな」

「ワァオ! それはトッテモ素敵なガールフレンドがいたってコトだネ~」

「がめついだけじゃないか。どっかの狐みたいに……」


 意を得て笑う青年と同様、狸もいやでも誰が怪しいのか分からされてしまったらしい。渋々といった調子で、その不満げな綺麗な顔は狐を仰いだ。

「で? いまから行くの? その運悪く強盗のある時間帯にひとりで店番してた、宝石店の女のところ」

  更けきった夜空の月明かりが、蜜色の髪でさざめき揺れる。それに目を細め、にんまりと弧を描いた唇で、狐は楽しげに囁いた。


「いや、私に少し考えがある」








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