第4話(2) カチカチ山の恨みがある

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 だらだらと三人がそれぞれに、漫画を読んだり、たれ目コレクションを眺めたり、新たな投資先を検討したりしていた時だ。

 岩屋の戸をめったになく叩く音がして、狸に足先で蹴とばされた青年が文句をたれながらそれを開けにいった。すると、ずんっと長身の男が立っていたのだ。


 大柄な青年と並ぶほどだが、すらりと細く――しかし重たい威圧感があった。見た目の齢は狸や狐より上の三十代ほど。きっちり着こまれた深い黒の三つ揃えのスーツを纏い、生やした口ひげと顎ひげは綺麗に整えられている。長い黒髪をひとつに結わい、前髪を後ろにすべて撫で上げたオールバックスタイルだからか、その左目の眼帯と、ぴょこんとのびている兎耳が、異様に目を引いた。


「ワァオ……新聞、間に合ってマス。オトトイ来ヤガレ」

 そういそいそと青年が閉めにかかった扉は、勢いよく突っ込まれた長い足と、ひっ掴んできた黒革手袋の手に阻まれた。


「俺はその手のアレではない。狐に用向きがあってきたので、入れてもらおうか」

「さすが狐ダヨ! その筋のお友達、いっちょご来訪ダヨ!」

「なにがさすがだ。そんな物騒な友人はいない。ウサギとキツネが仲がいいのは夢の国か童話の中だけだ。引き取ってもらえ」

「げ……兎じゃん。三つも隣の山から何しに来たの?」

「お前ら変わらんな。俺とて、来たくて来たわけではない」


 閉めようとした扉はあっけなく兎の力に敗れて開かれ、青年は床に転がった。

 どうどうと入り込んできた真っ黒な兎耳に、狐が鬱陶しげ盛大なため息をついた。が、それを気にせず、座り込む彼の真横に仁王立ちとなって兎が低い声で言う。


「俺の用向きは分かっているだろうな? うちの神霊殿からそちらの神霊殿へ、先日の死体遺棄について苦情申し立てを行わせてもらったが、一向に対応をする様子が見受けられない。こちらは《ケガレ》の討伐に苦労しているのだが?」


「え? そんな申し立て入ってたの? 聞いてないんだけど」

「狐、お前……もみ消してたのか」

「私のところで留め置いて熟考していただけだ。人聞きの悪い言い方をするな、兎」

 狸のあげた声にじろりと兎がその隻眼で狐を見やれば、彼は涼しい顔をして微笑んだ。


「それに、こちらでどうこうするよりも、とっとと人間に見つけて引き取ってもらえ。それで万事解決だろう」

「お前……上が動いているのに何もしないでいるわけにもいかないだろうが。互いの神霊殿の面目がある」

 つれなく言い捨てる狐の一言に、兎は頭を抱えて嘆息した。


「こちらの神霊殿がお前に遠慮があるのは知っているからな。また正式に申し入れしてせっつくのも申し訳なかろうと、今回は俺がこっそり、個人的に様子を伺いに来てやったんだ。なんとかしてもらおう。お前も、神霊殿に心労を理由にその座をしりぞかれては困るだろう?」


「……相変わらずそちらの神霊は、気遣いも使いの教育も行き届いておられて結構なことだ。ついでに遺棄ぐらい見逃せ」

「なにのついでだ。なにの」

 パソコン画面を眺めたままの尊大な狐に、兎耳が揺れ、だんっと右足が床を踏み鳴らした。


「オウ! ウサギの足ダン、だよ! こんな命の危険を感じる足ダンは初めて見たヨ!」

「あいつ実際、蹴り技えぐいしね……」


「にしても、狸はどうしてさっきからボクの後ろでコソコソしてるんダイ?」

「俺、あいつ苦手なんだよ。兎のくせにでかいし、くそ真面目に正論で殴ってくるし、あとついでに、カチカチ山の恨みがある」

「狸、わりと物語に感情移入しやすいタイプだよネ……」


「あいつを見てると、同族の無念に胸が締め付けられるよ」

「でもあれは、おばあさん食べた狸が悪いヨ~」

「だからって! 妖怪が人食べた程度の日常茶飯事であそこまでする? あれもう、拷問の末の殺害じゃん! お前に化け物同士の慈悲はないのか! 人間にいい顔できればそれでいいのか! さすがお釈迦様にはけなげヅラして火に飛び込んだウサギだな! このかわい子ぶりっこが……!」


「でも、彼もじゃっかん、たれ目ダヨ?」

 己の背に隠れているくせに勢いよく悪態をつく狸へ、そう青年が問えば、狸は蜜色の髪を苦しげにかきむしった。


「そうなんだよ……! くそ、どうして中身が最悪な奴らに限ってたれ目で顔がいいのか! それなのにあいつ、貴重なたれ目を片方潰しやがって! たれ目を大事にしろ! たれ目としての自覚を持て!」


「……狸は……本当に相変わらずだな」

「ああ、また特有のいつもの発作だ。放っておいていい」

 少し離れた場所で身を潜めながら、ほぼそれが無意味な様で騒ぎ立てている狸を眺め、兎と狐は冷静に言葉を交わしあった。


「ともかく、俺としては穏便に話し合いのみで済ませたい。狐、きちんと対処をしておけよ」

「……致し方ない。神霊同士のあれこれが絡む方が面倒ではあるからな……。考えておいてやる」

 重ねて言い募る兎へ、渋々狐は舌打ちした。


 こうして、遺棄した遺体を誤魔化しきれず、彼らでなんとかしなければならなくなったのである。




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