3-2:団体さんご来場


「団体さんですか?」



 朝湯が終わって片付けを終え、お昼ご飯を並べている時だった。

 お義母様がいきなりそう話し出した。



「うむ、西の連中がこちらの様子を見に来たいと言ってな、明日明後日あたりにこちらに来るそうじゃ」


 ご飯をお茶碗に盛り付けながらお義母様に渡す。

 西から物の怪の団体さんが様子を見に来るって、どれだけの物の怪が来るのだろう?


「まあ、人の姿に化けてはおるから問題はないじゃろうが寝泊まりは高尾山の方でやってもらうとして八王子の街の様子が見たいと言っておる。勿論うちにも来たいそうじゃが儂は奴等のお守で数日の間、家を空けることになるのじゃがな」


 茄子の煮つけを食べながらお義母様は予定を言い始めた。



「銭湯の方は任せといてくれ、かなめさんもおるし大丈夫じゃよ。この手羽先の甘煮美味いのぉ~」


「そうだね、母さんは西の人たちの相手してやって。こっちは大丈夫だから」


 お父様は手羽先の安売りで大量に買って来たものをポン酢とみりん、生姜でに煮漬けた物にかぶりついている。

 守さんもおかわりのお茶碗を差し出してそうお義母様に答えている。

 私はご飯を盛り付けながら手渡してちょっと聞いてみる。



「あの、銭湯の方はいいんですけど私も西の物の怪さんたちにごあいさつした方がいいんですか?」


「なに、特に何かする必要はないのじゃ。銭湯に来た時にすました顔で番頭にでも座っておればいいのじゃよ。くっくっく、普通の人間が番頭に座っておるのを見れば蜘蛛女も驚くじゃろうて!」



 お義母様はなんか楽しそうにそう言って、おかわりのお茶碗を私に差し出すのだった。



 * * * * *



 翌日、お義母様は八王子駅まで西の物の怪さんたち御一行をお迎えに行った。

 私たちは特に出迎えも何もしなくていいと言われ普通に銭湯のお仕事に集中していた。



「はい、タンクのお湯もたまったし、湯船も張ったよ。早いとこ夕食とって営業を始めよう!」


 守さんが裏方からやってきてそう言う。

 私はお夕飯のおかずをちゃぶ台に並べながら言う。


「すみません、先にいただきます。ご飯とお味噌汁こっちですからお願いします。食べたら営業始めますね」


 私はさっさと夕食をとって、午後六時の夕の部の営業を開始する為に急いで玄関にのれんをかけて営業中の看板を出す。

 女湯から階段を上って番頭に立って、さあ営業開始だ。




「へぇ、本当に普通の人間が番頭に立ってるんだね」



 扉を開ける音もせずにいきなりそんな声がした。

 驚き声の方を見ると女性のお客さんが番頭のすぐ横にいた。



「ふぅん、あんたが湯本銭湯に嫁いだ人間かい?」


「え、ああ、はいそうです。湯本かなめと申します。よろしくお願いします」



 やたらと美人で和服で銭湯に来るなんて確実に「特別なお客さん」だ。

 営業を始めていきなり「特別なお客さん」が来るなんて珍しい。



「ほう、本当に人間が番頭に立っとる。これが東の狐の所に来た人間の嫁か!」



 今度は男湯からそんな声がしてやはり和服姿の偉丈夫がこちらを見上げていた。



「どれどれ」


「ほう、東の狐がのぉ」


「儂にも見せんか!」


「なんや普通の人間ですな、ほんまやったんやわぁ~」



 私が何か言う前に次々に「特別なお客さん」が入って来て番頭に群がる。


「え、え、ええぇっ!?」


 入ってくるお客さん全部「特別なお客さん」!?



「これこれ、うちの嫁を驚かすでないわ。さっさと風呂に行かんか。ここが東の狐である儂が人の社会でやっておる銭湯じゃ! どうじゃ、見事に人の世に紛れておるじゃろう?」


 私が驚きどう対処すればいいのか迷っていると聞き慣れた声がする。

 そちらを見ればお義母様が「特別なお客さん」を追い立てて脱衣所へと行かせる。



「ご苦労じゃなかなめよ。こ奴らが西の物の怪たちじゃ。とりあえずお代は取らんでええからこいつらを風呂に入れさせてやってくれ。何せ西の連中ときたらやたらと線香臭くていかん。今日日の都ではそんな辛気臭い匂いなど流行らんからのぉ、ここで洗って小奇麗にするのじゃ」


 お義母様はそう言って「特別なお客さん」たちを銭湯に入れさせる。

 そのまま洗い場に行ってまずはかけ湯をさせ、そして体を洗わせ湯船につからせる。

 男湯にはいつのまにかお義父様も来て同じように風呂に入る指導をしている。



「ふぅ~、温泉には入った事はあるが銭湯と言うのも悪くないのぉ」


「じゃろ? 儂もここへきて腰を落ち着かせる気になったんじゃがな、風呂はええもんじゃよ~」



 なんか男湯でお義父様が一緒になってお風呂に入ってそんな事を「特別なお客さん」に話している。

 お義父様、もしかして裏方全部守さんに押し付けているの?



「かなめよ、かなめ。今日は儂のおごりじゃあ奴等に冷えた牛乳をふるまってやるぞ! 銭湯に来て風呂からあがった後はこれに限るのじゃ!!」


「え? あの、お義母様……」


 冷蔵庫にはまだまだストックあるけど、これだけの数の「特別なお客さん」が一斉に牛乳とか飲んじゃったらすぐに補充しないと他のお客さんに影響する。

 私は慌てて番頭から降りて裏方の冷蔵庫に行って牛乳を持ってくる。



「かなめさん、父さん何処行ったから知らない? 急にタンクのお湯が使われて湯釜でお湯炊くの間に合わないよ!」


「お義父様なら『特別なお客さん』と一緒にお湯につかってますけど……」


「なんだってぇ! もう父さん!!」


 守さんはちょっと怒りながらも裏方でお湯炊きをするから早くお義父様に戻ってくるよう伝えてと言ってすぐにまた裏方に戻って行った。

 私も慌てて牛乳の補充を女湯にしてから男湯へ……



「お義父様! 守さんが湯釜でお湯炊くの忙しいって言ってますよ!!」



「うん? これ飲んだら戻るよ。どうじゃい、西の。銭湯はええもんじゃろ?」


「うむ、認めざるを得んな。この湯上りのフルーツ牛乳もまた格別!」


 ああぁ、「特別なお客さん」なんか頭から生えてます!

 人の姿に戻ってもらわないと他のお客さん来たらヤバいですって!!


「あの、頭から何か出てます……」


「おおっと、これはしまった。あまりに気持ち良かったので緩んでしまったわい。失敬失敬」


 そう言って「特別なお客さん」はすぐに人の姿に戻る。

 はぁ、こんなに一度に特別なお客さんが来るなんて、初めて。


 牛乳の補充が終わって私は番頭に戻ると、新しくお客さんが来ていた。



「なんか今日はお客がいっぱいね?」


「ああ、いらっしゃいませ。団体さんが来てるんですよ」


 お代をもらってお釣りを返しながら早い時間に来る常連のおばさんにそう言う。

 すると常連のおばさんは首を傾げ脱衣所へ行きながらつぶやく。



「どこの団体さんかねぇ~今どき珍しくみんな着物着てるよ……」



 そう常連のおばさんが言った瞬間女湯にいる「特別なお客さん」が一斉にその常連のおばさんを見る。



「やめい! ここは儂の地ぞ。西とは違う、大人しくせんか!!」



 いきなりお義母様がそう言って「特別なお客さん」を制する。

 それにちょっと驚いた常連お客さんは少し首をかしげてから服を脱ぎ洗い場に行った。



「バレては…… 無いようじゃな……」


「バレればただではおかん」


「せっかく東に来たのじゃ、我らの身がバレる事だけは避けなければならん……」



 特別なお客さんは口々にそう言うも、お義母様がにらみを利かす。



「そんな事じゃから西は何時まで経っても人の世に溶け込めんのじゃ! 落ち着かんか。ここで人を襲えばこの儂が許さんぞ!」



 お義母様がそう言うと今度は男湯でもお義父様がにらみを利かし「特別なお客さん」に話しかける。



「ここは西では無い。郷に入らば郷に従えじゃ。それともこの犬夜叉と交える気があるのか?」



 お義父様がそう言うと、何時もとは全く違う雰囲気でゆらりとたたずむ。

 それに「特別なお客さん」たちはたじろいでいた。


 いやいやいや、これってどうなってんの?

 なんかすごく雰囲気が悪い。



「一体何なんだよこの妖気!! 何が始まったんだよ!?」


 男湯の玄関から守さんが慌てて入って来た。

 そしてお義父様を見て言う。



「父さんマテっ! 駄目じゃないかこんな所で殺気なんかふりまいちゃ!!」


「おお~、守か。いや何ちょっとな……」


「とにかくやめなさい! 近くの物の怪も何があったか慌てて見に来てるよ!!」



 そう言って守さんのすぐ横にあのアカナメやぬらりひょんが顔を出す。



「なんだいなんだい? 戦争でもおっぱじめる気かい?」


 そう言って女湯にも鬼女さんが顔を出す。

 なんか嬉しそうに。



「何でもないわい。西の連中が来ておるが、もう出るわい。お前さんや、そっちの連中も店から出る様言っておくれ。この後は飯を食わせてくれるわ、お前さんたちもついてくるが良い」


 そう言ってお義母様は女湯の玄関口へ向かう。


 それを聞いて西の「特別なお客さん」も口数少なくぞろぞろと出て行く。

 男湯も同じく。



「ふう~、全く何やってんだか。でもまあ母さんがいれば大丈夫か。それより父さん! お湯沸かすの手伝って!! もうタンクのお湯ほとんど無いんだから!」


「おっと、それはまずいの。すぐに行くぞ守」


 守さんとお義父様はそう言って裏方に戻って行った。



「あいつら西の連中か。話には聞いていたが、あれじゃぁ人間社会に溶け込めやしないよ…… 湯本の嫁さん、何か有ったらあたしらに相談しな。あたしらはこの地で静かに暮らすって決めてんだからね」


「は、はぁ…… ありがとうございます」


 鬼女さんは私にそう言ってニカっと笑ってから手を振ってお義母様たちの後を追って行ってしまった。

 アカナメやぬらりひょんさんたちも。




 一人残された私はどっと疲れが出て、思わずコーヒー牛乳を一本飲むのだった。   


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